第6話 一大決心

文字数 2,225文字

 その日の仕事も終わり、僕は部屋に帰るとコンビニで買った弁当を広げ、箸を動かしながらスマホで『白鳥飛鳥』を検索した。僕はそこに出て来た画面を見て愕然とした。彼女が出演している作品のタイトルが、ズラリと並んでいるのである。
 もちろん重複している物もあるが、ざっと見た所、五十本近くは軽くあるように思えた。早川さんはいつからこの世界に入ったのだろう。

 僕はAV業界のことは全く知らない。だから彼女がどれくらいのペースで新作を出しているかは想像の域を出ないのだが、普通の映画女優のように一年に一本とか二本のレベルではないような気がする。

 僕は自然と溜息をついていた。そして何度も何度も思ったことをまた考えてしまった。一体何が早川さんに起こったのだろう。彼女はこの仕事を天職と思って続けているのだろうか。高校生の頃の早川さんを思い出すと、どうにもやりきれなくなった。
 そんな刺激的なタイトルが並ぶ中に、僕は『飛鳥の部屋』という言葉を見つけた。彼女はブログを開設していたのだ。僕は宮崎君のアドバイスに感謝するしかなかった。

 そのサイトに飛ぶと、彼女のプロフィールから最新作の案内、過去の作品紹介、そしてイベント情報やコメント欄があった。
 プロフィールを開けると、彼女はどうやら大学を卒業して一時はOLをやっていたという風に書いてある。しかし五年前、いきなりAVデビューとなっている。五年前と言えば大学を卒業して社会人となり一年目である。どこに就職したかまでは書いてないが、たった一年でこの世界に入っているようだ。
 その一年の間に早川さんには、こうならなければならない何かが起きたことになる。僕は今まで全く見えていなかった早川さんの人生の、ほんの一部分に近づけた気がした。

 次にイベント情報を開けると、僕は今の今まで知らなかったが、AV女優のイベントというのは結構あるようだ。ここに書いてあるだけで月に二回から三回の催し物への参加情報が載っている。
 パチンコ店の開店記念であったり、飲食店の周年記念だったりが主だが、実際に彼女と会える機会があることが分かった。
 しかしそれが分かった所で、僕にはわざわざ出かけようという気にはならなかった。会いたい気持ちは強いのだが、どうしても躊躇してしまう。僕の性格的なものと、もう一つは、仮にその現場で彼女に会えたとして、どんな顔でいればいいのか見当もつかなかったのである。

 結局僕は宮崎君の言う通り、コメント欄に今の気持ちを書くことにした。

 コメント欄は不定期ではあるが、彼女が書き込む日記に対して何某かの感想を書くという形なのだが、その冒頭にある注意書きが生々しかった。

『公序良俗に反する書き込みは削除します』

 おそらく相当数の卑猥な書き込みが多いということだろう。仕方がないと言えば仕方がないのだが、それを思うと、彼女がこんな世界に身を置くことが果たして正しいことなのか考えてしまう。
 並んでいる言葉を読むと確かに当たり障りのない言葉が連なっている。そしてその中の何通かには、早川さん自身が書いたと思われる返信文が載っていた。

 ある書き込みに『いつまでも僕の女神でいてください』とあった。それはこっちが言いたいセリフだ。どこの誰が書きこんだものかは知らないが、彼女を女神と思ったのは僕の方が早いはずだ。
 他にも『飛鳥のことは僕が守ります』などと書いてあるものもあった。これに対して早川さんが『ありがとう。無理しないでね』などと返信してあった。

 このコメントを書き込んだコメ主は、彼女の映像をどんな気持ちで観ているのだろう。どう考えても清い心でなんて状態ではないと思う。おそらく一人の部屋でティッシュを片手に息も荒く、目を血走らせて集中している姿の方が容易に想像はつく。たまらなく嫌になった。その姿を想像しただけで僕は吐き気すら覚えた。

 僕は一番新しい彼女の書き込みにコメントを付けることにした。
 ハンドルネームは『やせめがね』にした。これは高校時代の僕のあだ名である。名付け親は他でもない山岸君である。その当時の僕の姿が痩せた体に眼鏡をかけていたのでそう付けたという話だ。そしてこのあだ名は山岸君やごく一部の友達しか知らない。とにかく友達自体が少なかったのだから、仕方がない。

 しかし僕はいざ書きこもうとした時困ってしまった。何を書けばいのか分からないのである。本名は出さなくても、いきなり『高校時代、同じ学年でした』なんて書ける訳がない。それを読んだ彼女が困るのは見えているからである。

 いくらなんでも昔の友人に自分の裸を見られたと思えば、早川さんでなくとも誰だって困るはずだ。どう対処してよいか分かるはずもないからである。
 しかも、そう書いた所で同学年は二百人ほどいたわけだから、彼女にしてみれば二百人全員を疑わなければならなくなる。そんな惨いことは僕には出来なかった。

 いろいろ考えた挙句、僕は『ずっとファンです。これからも頑張ってください』などと、全く害の無い文章を打ち込んで送信してしまった。
 僕は送信ボタンを押してから後悔した。これでは彼女に会うどころか、僕の存在を知らせることにもならない。僕は一体何をしているのかと頭を抱えてしまった。

 ただ十六歳の時からずっと憧れていた早川さんに、ついに僕の方から近づいてしまったという満足感はあった。そして微かな淡い希望として、彼女が返信してくれることを願うのだった。
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