第13話 お願い
文字数 1,420文字
僕達は結局、ラストオーダーの時間まで延々と話し込んでしまった。話し込んだと言ってもそのほとんどは早川さんが喋っていたようなもので、僕は時折「そうだね」とか「本当?」などと適当なリアクションを取っていただけだった。
それでも僕にしてみれば特別な時間だった。そして帰り際に、何とか僕の方から声を掛けることが出来た。
「早川さん。今日はありがとうございました。楽しかったです」
「何をそんな他人行儀な……昔からの友達なんだから、そんな気を遣わなくてもいいわよ」
「でも……」
僕にしてみれば精一杯の感謝の気持ちだった。早川さんと二人だけで一緒にいられたのである。僕にとってこれほどの記念日は無いのだ。僕はもう一度、今の気持ちを伝えた。
「僕みたいな退屈なやつと付き合ってくれて、本当にありがとう。今日のことは絶対に忘れないよ」
早川さんは困り顔で言った。
「何を言い出すかと思えば……何言っているの。今日は私も楽しかったわ。今夜みたいに懐かしい話をしたのはいつ以来かな。本当に楽しかったのよ。だからそんな、これでお別れみたいな言い方はしないで」
「でも……」
本当は僕もこんな日がまた来ることを望んでいるのだが、こんな日が重なればいつか早川さんは僕に嫌気がさすのではないかと思ってしまうのである。
店を出た後、僕達は並んで駅に向かって歩いていた。すると早川さんは時計を気にしたかと思うと、口早に言った。
「あ、もう電車が来るわ。行かなきゃ。じゃあ桐野君。また今度ね」
「うん」
嘘でも再会を口にしてくれた早川さんが、今日一番可愛く見えた。
手を振りながら歩きかけた早川さんが急に立ち止まり、僕の方に小走りで戻って来て言った。
「ねぇ、桐野君。今度、見てほしい物があるの」
「見てほしい物?」
「そう。その時は一緒に来てくれる?」
「う、うん。いいけど。それって何?」
早川さんは意味有り気に笑った。
「それは内緒。後のお楽しみ。じゃあ、また連絡するね」
早川さんはそれだけ言うと、今度は振り返ることも無く足早に去って行った。僕はその後姿が見えなくなってもずっと彼女の姿を追っていた。
早川さんが最後に言った『見せたい物』というのが凄く気にはなるのだが、あえて今それを考える必要は無かった。もう一度彼女と会う機会が出来たことだけは確かなわけで、その時にはっきりする方がこれからの日々のやりがいになるような気がしたのである。
僕は早川さんと会えた時間の余韻を楽しむように、ゆっくりと駅に向かって歩いた。見慣れた夜の街だが、今夜に限っては何を見てもバラ色に見える。
僕を知らない周囲の人々は、心なしかニヤつきながら歩く酔っ払いを鬱陶しそうに見つめるのだが、僕は全く気にならなかった。
部屋に帰ると、僕はいつものように早川さんのブログを開いた。そこにはもう今日の日付で昔の友達と久しぶりに会って飲みに行ったと書かれてあった。色々と書かれた最後に『こんなに楽しかったのは久しぶり。やっぱり友達っていいよね』と綴られた言葉を見て、僕は色々な意味で嬉しくなった。
彼女は今日、本当に楽しんでくれていた。そして僕のことを『友達』と呼んでくれている。僕は、こんな僕を『友達』と呼んでくれる早川さんが今まで以上に好きになった。
しかも高校時代のようにただ憧れていた頃と違って、早川さんは僕の目の前にいたのだ。そして言葉を交わし、一緒に食事までしたのだ。僕はひたすら夢うつつになるだけだった。
それでも僕にしてみれば特別な時間だった。そして帰り際に、何とか僕の方から声を掛けることが出来た。
「早川さん。今日はありがとうございました。楽しかったです」
「何をそんな他人行儀な……昔からの友達なんだから、そんな気を遣わなくてもいいわよ」
「でも……」
僕にしてみれば精一杯の感謝の気持ちだった。早川さんと二人だけで一緒にいられたのである。僕にとってこれほどの記念日は無いのだ。僕はもう一度、今の気持ちを伝えた。
「僕みたいな退屈なやつと付き合ってくれて、本当にありがとう。今日のことは絶対に忘れないよ」
早川さんは困り顔で言った。
「何を言い出すかと思えば……何言っているの。今日は私も楽しかったわ。今夜みたいに懐かしい話をしたのはいつ以来かな。本当に楽しかったのよ。だからそんな、これでお別れみたいな言い方はしないで」
「でも……」
本当は僕もこんな日がまた来ることを望んでいるのだが、こんな日が重なればいつか早川さんは僕に嫌気がさすのではないかと思ってしまうのである。
店を出た後、僕達は並んで駅に向かって歩いていた。すると早川さんは時計を気にしたかと思うと、口早に言った。
「あ、もう電車が来るわ。行かなきゃ。じゃあ桐野君。また今度ね」
「うん」
嘘でも再会を口にしてくれた早川さんが、今日一番可愛く見えた。
手を振りながら歩きかけた早川さんが急に立ち止まり、僕の方に小走りで戻って来て言った。
「ねぇ、桐野君。今度、見てほしい物があるの」
「見てほしい物?」
「そう。その時は一緒に来てくれる?」
「う、うん。いいけど。それって何?」
早川さんは意味有り気に笑った。
「それは内緒。後のお楽しみ。じゃあ、また連絡するね」
早川さんはそれだけ言うと、今度は振り返ることも無く足早に去って行った。僕はその後姿が見えなくなってもずっと彼女の姿を追っていた。
早川さんが最後に言った『見せたい物』というのが凄く気にはなるのだが、あえて今それを考える必要は無かった。もう一度彼女と会う機会が出来たことだけは確かなわけで、その時にはっきりする方がこれからの日々のやりがいになるような気がしたのである。
僕は早川さんと会えた時間の余韻を楽しむように、ゆっくりと駅に向かって歩いた。見慣れた夜の街だが、今夜に限っては何を見てもバラ色に見える。
僕を知らない周囲の人々は、心なしかニヤつきながら歩く酔っ払いを鬱陶しそうに見つめるのだが、僕は全く気にならなかった。
部屋に帰ると、僕はいつものように早川さんのブログを開いた。そこにはもう今日の日付で昔の友達と久しぶりに会って飲みに行ったと書かれてあった。色々と書かれた最後に『こんなに楽しかったのは久しぶり。やっぱり友達っていいよね』と綴られた言葉を見て、僕は色々な意味で嬉しくなった。
彼女は今日、本当に楽しんでくれていた。そして僕のことを『友達』と呼んでくれている。僕は、こんな僕を『友達』と呼んでくれる早川さんが今まで以上に好きになった。
しかも高校時代のようにただ憧れていた頃と違って、早川さんは僕の目の前にいたのだ。そして言葉を交わし、一緒に食事までしたのだ。僕はひたすら夢うつつになるだけだった。