第23話 生々しい現実

文字数 1,288文字

 女性は僕に言った。

「もういきなりだから、台詞とか設定なんて細かなことは言わないわ。とにかく役割としたら、飛鳥の旦那の同僚が忘れ物を取りに来たってことで、この家を訪れたことにしてもらえる」
「はい」
「それで、あんたは前から飛鳥に邪心を抱いていた……そんな所ね」
「はい」

 この程度の打ち合わせで大丈夫なのだろうか。僕の頭の中は収拾がつかないほど混乱しているのに、妙に冷めた疑問を持っていた。

 女性はさらに早口で言った。

「それで、飛鳥が色々と話しかけて来るから適当に返事をして」
「はい」
「そして、こっちから合図を出すから、後ろからいきなり胸を揉むの……いい?」
「は、はい」
「後は飛鳥のリードで適当に絡んでくれたらいいわ」
「あのう……」
「何?」
「絡むって……どういう意味ですか?」

 女性は面倒臭そうに頭を掻きながら言った。

「絡むって決まっているでしょう。やるのよ」
「やる?」
「そう。飛鳥を犯すつもりでやって」
「犯す……」

 僕は頭の中で何度もその言葉を繰り返した。そして僕はこれからとんでもない罪を犯すような気分になった。何をどう考えればそんな罪悪感が生まれるのだろう。
 卑屈だと言われれば卑屈な考え方なのだろうが、まだ何も始まっていないにも関わらず、脈絡のない愚問が頭の中を駆け巡り僕は強烈な罪の意識に苛まれ始めた。

 しかし、その女性はさらに僕の理性を吹き飛ばすようなことを言った。

「今日はゴムは使わないから、そのつもりで」
「ゴムって?」

 僕がオロオロしていると、女性が鼻で笑うように言った。

「コンドームに決まっているじゃない。今日は中出しの本番よ」
「えっ」

 ここまで生々しく言われると、僕は僕の人としての大切な物が崩壊して行くような気になった。そして今まで経験したことのない後悔が僕を襲った。


 僕がただ呆然としていると、先に準備が整った早川さんがキッチンに入って来て、まず僕の前まで来て言った。

「落ち着いて、絶対に上手く行くから」

 正直、早川さんが上手く行くと言っても、何が上手く行くのか今の僕には分からない。しかし、ここまで来たのならやるしかないと思った。

 それから僕はあの女性に撮影の手順と、僕がやらなければならない最低限の動作などを教えてもらった。彼女が言うには「細かな説明をしても無駄だから、とにかく荒々しく、そしていやらしくやってくれ」という話である。
 内にこもってばかりの僕に荒々しくと言われても、何をどうすればいいのか分からない。僕は考えてしまった。すると監督がカメラ横の椅子に座って言った。

「男なんて誰でも強姦願望はあるもんさ。それをつまらない理性とか常識で押さえているだけだ。あんたも飛鳥をモノにするつもりでやってくれりゃあいいから」

 男には誰でも強姦願望がある? 本当だろうか。僕は三年間、早川さんを見て来たけれど、そんな気持ちになったことは無い。彼女を性の対象として見ていた訳ではないのだ。
 しかしあの当時同じ校内にいた男子の中には、そんな妄想に取りつかれた連中もいなかったとは言い切れない。どちらが正常な男なのだろう。

 そんなことを考えている内に時間が来た。
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