第40話 想像
文字数 1,722文字
彼女を疑いの目で見るなど、高校の三年間も含めて、今日まで一度も無かったことである。
どうして僕が彼女の持っていた新聞に目を通したことを知っているのだろう。そして社長の失踪と、何の疑問も無く僕と結び付けられるのは何の根拠があってのことだろう。
答えは一つである。全てが早川さんの描いたシナリオだったとしたら……僕が新聞に手を伸ばすように仕向けたのも、これ見よがしに赤く丸印を付けていたのも、全てが彼女の策略だったとしたら何もかもが繋がってしまう。
そして僕が木崎を手に掛けたのを知っていて、その上僕の気持ちも知っていたのなら、早川さんが僕に期待したのは……僕はあえて尋ねてみた。
「僕が新聞を読んだことと、その社長が行方不明になったことと、何か関係があるの?」
「関係って……」
早川さんは僕から逆に質問されたことに戸惑っていた。目線は落ち着きがなく辺りを彷徨い、唇を何度も舐めている。
その様子を見て僕は早川さんが期待している答えを口にした。同時に僕の中にあった小さな小さな疑いの芽が、少しずつ大きくなって行った。
「そうだよ。僕が始末したよ。今頃は港の冷凍倉庫の中で固まっているだろうね」
「冷凍倉庫?」
「そうだよ。僕の会社は物流会社だから、冷凍倉庫を持っているんだ。しかも倉庫の管理は僕に任されているから、僕しか知らないことさ。二十年前の在庫品が今でも凍って残っているくらいだから、見つかることなんて無いと思うよ」
「そ、そうなんだ」
早川さんの動揺が手に取るように分かる。しかし彼女はそれを知られたくないようで、バッグからまた煙草を取り出して火を点けた。その手は明らかに震えていた。
「ど、どうやったの?」
僕はまた得意げに言った。
「簡単だったよ。あいつは相当の遊び人みたいだったから、十日も後を付けると、行きつけのラウンジやクラブなんてすぐに分かったよ。後はそこから家に帰る所を狙って眠らせただけさ」
「眠らせた?」
「そうだよ。何度も言うようだけど、僕の会社は物流会社なんだ。ありとあらゆる物が倉庫の中に山積みになっている。医薬品なんかもあるよ」
「そうなんだ。それで……」
早川さんの言葉がついに途切れた。きっと心の中は憎い男がこの世から消えた喜びと、長年抱いていた復讐心が満たされたことで大きく揺らいでいると思った。
しかし同時に僕は早川さんから、今感じてはいけない感覚を覚えた。彼女の微かに上向いた口角を見て少なからず達成感に浸っているように思えたのだ。僕は胸騒ぎを覚えつつカマをかけるように訊いた。
「満足した?」
早川さんは煙草の先が真っ赤になるほど吸い込んだ後に答えた。
「うん。でも、それも私の為?」
僕は躊躇なく答えた。
「そうだよ。当然じゃないか。早川さんをあんな酷い目に遭わせたのだから、罰を受けて当然さ。早川さんもそう思うでしょう」
「そ、そうね」
その時早川さんの顔に、これまで僕の前で見せたことの無い不思議な笑みが浮かんだのを僕は見逃さなかった。その笑みを見た僕は、確信した。そして何気に尋ねた。
「ねぇ、早川さん。早川さんはもしかして、僕がこうすることを予想して、わざと新聞を僕の目の届く所に置いたの?」
「えっ!」
僕はさらに畳みかけるように訊いていた。それは今まで僕の心の奥底にヘドロのように溜まっていた得体の知れないドロドロした物が、一気に舞い上がるようだった。
「早川さんは僕にこんなことをさせる為に、わざと近づいて来たのかな? きっとそうだよね。早川さんみたいに素敵な人が、僕みたいなどうしようもない男に近づいたりするはずがないもんね。何か理由があってのことじゃないの? あの撮影現場の一件にしたって、男優が来なかったのは早川さんが仕組んだんじゃないの?」
早川さんは無言だった。無言ということは僕の言ったことが正解なのだろう。
「結局僕は早川さんの思う通りに動いてしまったってことなんだよね」
「ち、違うわ。何言っているの? そんなつもりなんてないわよ」
明らかに早川さんは焦っている。少なくとも僕にはそう見えた。僕は三年間。ずっと彼女をこの目で見て来ている。言葉なんか交わさなくてもその表情で心の中の大体は理解出来るつもりだ。
どうして僕が彼女の持っていた新聞に目を通したことを知っているのだろう。そして社長の失踪と、何の疑問も無く僕と結び付けられるのは何の根拠があってのことだろう。
答えは一つである。全てが早川さんの描いたシナリオだったとしたら……僕が新聞に手を伸ばすように仕向けたのも、これ見よがしに赤く丸印を付けていたのも、全てが彼女の策略だったとしたら何もかもが繋がってしまう。
そして僕が木崎を手に掛けたのを知っていて、その上僕の気持ちも知っていたのなら、早川さんが僕に期待したのは……僕はあえて尋ねてみた。
「僕が新聞を読んだことと、その社長が行方不明になったことと、何か関係があるの?」
「関係って……」
早川さんは僕から逆に質問されたことに戸惑っていた。目線は落ち着きがなく辺りを彷徨い、唇を何度も舐めている。
その様子を見て僕は早川さんが期待している答えを口にした。同時に僕の中にあった小さな小さな疑いの芽が、少しずつ大きくなって行った。
「そうだよ。僕が始末したよ。今頃は港の冷凍倉庫の中で固まっているだろうね」
「冷凍倉庫?」
「そうだよ。僕の会社は物流会社だから、冷凍倉庫を持っているんだ。しかも倉庫の管理は僕に任されているから、僕しか知らないことさ。二十年前の在庫品が今でも凍って残っているくらいだから、見つかることなんて無いと思うよ」
「そ、そうなんだ」
早川さんの動揺が手に取るように分かる。しかし彼女はそれを知られたくないようで、バッグからまた煙草を取り出して火を点けた。その手は明らかに震えていた。
「ど、どうやったの?」
僕はまた得意げに言った。
「簡単だったよ。あいつは相当の遊び人みたいだったから、十日も後を付けると、行きつけのラウンジやクラブなんてすぐに分かったよ。後はそこから家に帰る所を狙って眠らせただけさ」
「眠らせた?」
「そうだよ。何度も言うようだけど、僕の会社は物流会社なんだ。ありとあらゆる物が倉庫の中に山積みになっている。医薬品なんかもあるよ」
「そうなんだ。それで……」
早川さんの言葉がついに途切れた。きっと心の中は憎い男がこの世から消えた喜びと、長年抱いていた復讐心が満たされたことで大きく揺らいでいると思った。
しかし同時に僕は早川さんから、今感じてはいけない感覚を覚えた。彼女の微かに上向いた口角を見て少なからず達成感に浸っているように思えたのだ。僕は胸騒ぎを覚えつつカマをかけるように訊いた。
「満足した?」
早川さんは煙草の先が真っ赤になるほど吸い込んだ後に答えた。
「うん。でも、それも私の為?」
僕は躊躇なく答えた。
「そうだよ。当然じゃないか。早川さんをあんな酷い目に遭わせたのだから、罰を受けて当然さ。早川さんもそう思うでしょう」
「そ、そうね」
その時早川さんの顔に、これまで僕の前で見せたことの無い不思議な笑みが浮かんだのを僕は見逃さなかった。その笑みを見た僕は、確信した。そして何気に尋ねた。
「ねぇ、早川さん。早川さんはもしかして、僕がこうすることを予想して、わざと新聞を僕の目の届く所に置いたの?」
「えっ!」
僕はさらに畳みかけるように訊いていた。それは今まで僕の心の奥底にヘドロのように溜まっていた得体の知れないドロドロした物が、一気に舞い上がるようだった。
「早川さんは僕にこんなことをさせる為に、わざと近づいて来たのかな? きっとそうだよね。早川さんみたいに素敵な人が、僕みたいなどうしようもない男に近づいたりするはずがないもんね。何か理由があってのことじゃないの? あの撮影現場の一件にしたって、男優が来なかったのは早川さんが仕組んだんじゃないの?」
早川さんは無言だった。無言ということは僕の言ったことが正解なのだろう。
「結局僕は早川さんの思う通りに動いてしまったってことなんだよね」
「ち、違うわ。何言っているの? そんなつもりなんてないわよ」
明らかに早川さんは焦っている。少なくとも僕にはそう見えた。僕は三年間。ずっと彼女をこの目で見て来ている。言葉なんか交わさなくてもその表情で心の中の大体は理解出来るつもりだ。