第4話 おぞましい現実

文字数 2,510文字

 僕がDVDを借りる時は洋画でSF系かミステリー系が多い。だからいつもは通り過ぎるアダルト系の作品がある一画は、僕にとっては未開の地だ。そこは未成年が入りにくいように一応はカーテンで仕切られているものの、そんな物はただの気休めにしか過ぎない。
 それでも僕は、アドベンチャーマインド満載でカーテンをくぐった。そこはまさに別世界だった。その場のレイアウトは外のそれと違いは無かったが、壁に貼ってある予告ポスターであったり、特集女優の紹介であったりを目にすると、それはこれでもかと男の性を刺激する物ばかりだった。

 僕は既にそこにいた年配の客を意識しながら作品の棚を物色した。しかし、彼女の芸名は知っていても作品名までは聞いていない。
 僕は目のやり場に困りながらも端から端までを探してみたのだが、どうにもそれらしいタイトルは見つからなかった。どうしたものかと諦めかけた時、その一画の一番奥の棚に女優別に並べられた棚があることに気付いた。

 僕は心の奥底では無いことを願いながらその棚を探したのだが、ついに見つけてしまった。確かにそこには『白鳥飛鳥』の名前があった。

 僕は恐る恐るそのタイトルのケースを手にした。

『実録OL物語 汚された女神』

 タイトルだけで気が遠くなりそうな気がした。そしてそのケースのパッケージを観た時、僕は山岸君の言っていたことが本当だと分かった。

 そこには十年の年月は経っていても早川さんだと分かる女性が写っていた。数カット載せられている画像はどれもこれも複数の男達に弄ばれている早川さんであり、苦悶の表情を見せているのも早川さんだった。
 僕は体中が熱くなった。それは少し飲み過ぎた酒のせいだけではなかった。あの愛らしく健康的だった早川さんがこんな姿で……『唖然』とは、今の僕のことかもしれない。

 でもどういう訳か僕には悲しいとか空しいとか、そんな感情は無かった。そうかと言って欲情を掻き立てられる訳でもなかった。ただ……足が地に着かないと言うか、妙な浮遊感が僕にはあり、現実と非現実の境辺りを彷徨っているような不思議な感覚だった。

 僕は無意識にそのDVDを持って受付に向かっていた。

 僕は部屋に戻るとおもむろにデッキにDVDを挿入し、暗闇の中で再生ボタンを押した。見慣れたクリッピング防止のCMが流れた後、お決まりのように次作品の予告映像が流された。

 僕はいつも思うのだが、アダルト系の作品のタイトルはどこか似てしまう。『犯』『襲』『恥』『淫』などの共通する漢字が多いからだろうか。
 確かにこれらの文字が入れば、それなりのタイトルになってしまう。そしてこれらの文字を見ただけで男は淫靡な世界を連想してしまう。男とはこんなに単純な生き物なのだと、我ながら呆れるしかない。

 そんなことを考えている内に本編が始まった。そこには十年ぶりに見る『動く』早川さんがいた。もちろん今観ている彼女がリアルタイムの彼女とは限らないので、何年前の早川さんかは分からないが、僕にしてみれば十年ぶりとしか言えない。

 最初の内は昔の面影をどこかに残すような早川さんだったが、やはりものの十分もしないうちに男女の絡みになる。
 そしてその絡みは次第に激しくなり、画面の中の早川さんの悶絶する姿は加速度的に卑猥さを増して行く、そしてついに……僕は思わず停止ボタンを押していた。

 それ以上は観るに堪えなかった。これ以上彼女の乱れた姿は観たくなかった。間違いなくそんな気持ちはあったのだが、僕が停止ボタンを押したのは、そのせいではなかった。僕の股間がこれ以上ないほど反応してしまったからである。
 健康体の男が女性の裸身を観て欲情し、局部を熱くするのは自然な現象である。しかしそれは今の僕にとって許されないことなのだ。なぜなら、早川さんはあくまで僕の女神であって、決して性や快楽の対象にしてはいけない存在なのである。

 僕は男の正常な反応にもかかわらず、自分の大切な初恋の思い出に自ら汚点を付けた気になった。本来淡く、可憐な気持であったはずの初恋の思い出が、生々しい現実で無残にも粉々にされた……そんな気持ちになったのである。
 もちろん。それは早川さんが悪いわけではないし、AV女優が後ろめたい仕事だという偏見がある訳でもない。ただ僕の中にあった、大切な物が無くなってしまったという事実が僕にはすぐに受け止められなかったのである。

 そしてもう何度も考えた同じことをまた考えてしまった。彼女に何があったのだろうかと。そして昔のあの高校生の頃のようなキラキラした彼女はどこに行ったのだろうと。

 僕の中に彼女に会いたいという気持ちが生まれた。

 高校生の頃は、ただ彼女を遠くから眺めるだけで満足していた僕だったのだが、今なら彼女と話が出来るような気がしてならないのだ。
 彼女の高校生の頃からは想像出来ない今の彼女の姿を見たことで、僕の中の早川さんに対するハードルが低くなったとでもいうのだろうか。人間本来の姿を曝け出されたことで、僕の中で女神になっていた早川さんが普通の人になったのだろうか。

 それを確かめる為にも、とにかく僕は彼女に会いたくなった。

 しかし早川さんに会いたいと思ったものの、その方法が見つからない。山岸君なら何か手がかりを持っているのかもしれないが、それを訊くと彼のことである。あれやこれやと詮索して来るに違いない。
 そんな山岸君に『早川さんは僕の初恋の人だった』などと告白しようものなら、仲間内に一気に拡散するのは間違いない。僕はそれだけは阻止したかった。誰にも知られたくない僕の気持ちであると共に、早川さんに迷惑がかかるかもしれないなどと考えてしまったのである。

 借りて来たDVDの裏側に『企画・制作』として『流星企画』という社名とURLが記載されていたのでそこに連絡してみるという手もあったが、僕にはそんな勇気は無い。ブラックな会社だったらという思いが強かったのである。
 結局僕は、彼女に会いたいという気持ちを持ちながらその方法が何も思いつかず、ただパッケージの早川さんの悩ましい顔を見つめながら、どうしたものかと考えるのだった。
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