第7話 来た!

文字数 2,063文字

 翌日、僕は目が覚めるとすぐに早川さんのブログを開いて、僕のコメントに彼女の言葉が返って来ていないか確認したのだが、残念ながら僕の期待は裏切られた。昨日と全く変わらないサイトしか目に入らなかった。
 それから僕は昼食後、夕食後、変わらない画面に肩を落とした。そして僕はいつしか、朝目覚めたすぐに彼女のブログを確認することが日課になった。しかし何日経っても彼女の僕のコメントに対する返信は無かった。

 そんな僕が気落ちしたかと言えばそうではなかった。今まで朝起きて会社に行って、帰って来て寝る。その繰り返しの単調な毎日に、何か一つアクセントが付いたようで、ただ彼女のブログを開くだけの行為にも生き甲斐のような感覚を持ってしまった。

 それからさらに数日後、いつものように彼女のブログを開けると、僕へのコメントはなかったが、日記が更新されていた。

 女優仲間と食事に行った時の画像と共に、楽しい時間が過ごせたと書き込まれていた。
 僕はAV女優が複数人集まって食事会をする姿を想像してみた。もし彼女達の作品を目にした人間が近くにいたら、思わずのけぞるのではないだろうか。画面の中の彼女達は現実であって現実ではない世界の人間だからだ。

 ストーリーそのものは間違いなくフィクションなのだが、演じている彼女達は実在する人間である。そして、男優の下でのた打ち回る姿は現実だが、それが演技だとすればそれもまたフィクションとも言える。
 僕はそんなつまらない想像をしながら、こうも思った。日記が更新されたということは、彼女は僕のコメントを目にしているはずだ。一日に彼女にどれだけコメントが来るかは想像するのも難しいが、テレビで歌い踊るアイドル達に比べれば絶対に少ないと思う。

 ではなぜ返信してくれないのか。僕は『その他大勢』の中の一人なのかもしれない。僕のような書き込みをする人間などこれまで何百人、何千人もいたのかもしれない。
 そう思うと何か切なくなるのだが、ここで折れてしまうと彼女に会いたいという僕の究極の目標も折れてしまうことになる。

 僕はもう一度コメントを書いた。

『楽しそうですね。そんな貴女の笑顔が大好きです』

 自分で書いて変質者っぽいなとは思ったが、この手のDVDを好んで視聴する人間は、どこかに変質者っぽいものを持っていると思う。僕はそう自分に言い訳して送信ボタンを押した。そして翌日からまた彼女のブログを確認する日々が続くのだった。


 初めてコメントを書き込んでから一カ月が経った。未だに僕のコメントに彼女からの返信は無い。めげそうになる僕の唯一救いだったのは、この一か月間、他のコメントにも返信が無かったことである。
 彼女はきっと忙しいのかもしれない。もしかすると海外にでも行っているのかもしれない。しかし、彼女が忙しいということは、新作を何本も撮っていることに他ならず、それはつまり誰かに抱かれ続けていることを意味する。
 そして海外に行くということはもしかして外国人と……僕は自分自身の妄想に疲れてしまった。もうこんな考え方は止めた方が精神的に良いかもしれない。

 そんな日々が続いたある日。昼休みに何気なくスマホを覗くと『不在通知』が残っていた。確認してみるのだが、全く知らない番号である。
 僕はきっとまた投資の勧誘や、詐欺まがいの商品の押し売り電話だと思い無視した。しかし二日後、その番号からまた掛かって来ていた。

 今度も僕は仕事中だったので不在の案内が残っていただけだったのだが、二度も掛かって来るとはもしかすると古い友人という可能性はあるかもしれない。何しろ僕は中学二年の時に携帯を持ってから機種は何度も変更しているが、番号やメールアドレスはずっと同じだからである。
 では一体誰から……しかし、最近では詐欺まがいの電話を掛けてくる方もノルマがあるらしく、しつこく何度も掛けてくるケースもあると聞く。僕はやっぱり無視することにした。

 それからしばらくは何事も無く過ぎたのだが、ある日曜日の午後、僕が部屋でゴロゴロしているとスマホが唸った。着信画面を見るとあの番号からだった。
 どうしたらいいだろう。出ても良いものだろうか。このまま無視した方が良いのだろうか。しかしこれで三度目である。いくらしつこい勧誘電話でも、三度も掛けて来るだろうか。そんなことを考えているとスマホの唸りが止まった。同時に留守録が始まっていた。

 僕はそれでも迷っていた。今出ればまだ間に合う。しかし出てはみたものの古い友人なら良いのだが、勧誘電話だったら一方的な話を長々と聞かなければならなくなる。僕がどうしたものかとあたふたしている間に、留守録も終わってしまった。
 僕は内心良かったと思う反面、いつまで経ってもこの優柔不断な性格は変わらないと、そして改めて自分自身がつまらない人間だと思わずにはいられなかった。

 しかしそんな後ろ向きの僕の目を覚ましてくれたのは、その留守録だった。何気なく再生した時、聞こえてきた声を聞いてすぐに分かった。早川さんだったのだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み