第32話 僕の変化
文字数 1,554文字
二人だけになると、さすがに何とも言えない気まずさが僕達を包んだ。こんな時は何と言えば良いのだろう。「お疲れ様」なんてありふれた言葉で済まないような気がする。
僕が何を話せばいいか悩んでいると、早川さんが先に小さな声で言った。
「桐野君。今日は本当にごめんね」
「な、何がですか? 早川さんが謝るようなことは何もしていないじゃないですか」
早川さんも僕と同じように、言葉を選んでいるように見えた。
「やっぱり嫌だったかな?」
「嫌?」
「そう。突然変なお願いをして、怒っていない?」
早川さんは僕を男優の代役にゴリ押ししたことを謝っているようだ。
「とんでもない。そんなことはないです。決して……」
こんな時は普通なら「貴重な体験をさせてもらって……」などと言うのだろうが、どう考えても貴重な体験どころの騒ぎではない。僕はつい言葉に詰まってしまった。
早川さんはうつむき加減で口をモゴモゴさせている僕に、高校生の頃に戻ったかのような笑顔を見せて言った。
「私は今日、桐野君に代わりをやってもらって、本当に良かったと思っているのよ。だから桐野君もあまり深くは考えないで」
「は、はい」
この笑顔を見ると僕は本当に落ち着く、やっぱり早川さんにはこの笑顔が一番に似合うと思った。彼女はまた僕の腕を掴むと言った。
「私達もちょっと早いけどご飯、行きましょう」
「う、うん」
僕は救われた気持ちになって、早川さんと一緒に歩き出すのだった。
こんなことがあってから、僕達は頻繁に会うようになった。さすがに三日に空けずとはいかないが、少なくとも一週間に一度は会って、簡単な食事をして、早川さんが行ってみたかったとかいうカフェに行ったり、観たかったという映画を観たり、そして気分が良ければ夜を一緒に過ごすこともあった。
これだけ親しくなっていても、誘うのはやっぱり早川さんの方からだ。もし僕達の関係を知る人がいたらきっとこう言うだろう。
『今さら何を遠慮しているんだ?』
僕の方から誘おうと何度も思うのだが、どうしても口に出して言えない。今でも緊張してしまうのだ。こんな僕の性格は死ぬまで治らないという事なのかもしれない。
ただ、僕には全く気がつかなかったのだが、傍から見ると僕は少し変わったらしい。あの宮崎君がつい最近僕に言ったのだ。
「桐野さん。最近、明るいっスね。何かいいことでもありました?」
僕は全く意識してはいないのだが、彼からそう見えたと言うのなら、そうなのかもしれない。しかし僕のどこがどういう風に変わったのか、当の本人が分からないのだからどうしようもない。
他人と話す機会を意識して増やしたとか、誰もが集まる場所に積極的に顔を出すようなったとか、そんなつもりは無いのだから、宮崎君は僕のどんな姿を見てそう言ったのか分からない。
とにかく僕の中から幸せオーラが出ているのならそれでいい。生まれて初めての経験だから、出来るだけ長くそうあって欲しいと思う。
ただ、そんな良い傾向とは別に、僕の中には新しい悩みと言うか、疑問と言うか、僕としては答えの出せないモヤモヤしたものが生まれていた。
僕と早川さんは世間で言う『付き合っている』間柄になるのだろうか。僕は早川さんをずっと遠くから見ていただけで、一度も告白はしていない。早川さんにしてもそうだ。僕に対して恋愛感情を口にしたことはない。
そんな二人ではあるのだが、不自然な形であったにせよ互いに全裸で抱き合いセックスを経験した仲なのである。それだけの事実があるのなら、それは互いの気持ちを確かめたことにはならないのだろうか。
ただこれも今更なのだが、万が一にでも僕が早川さんから告白されたりなんかしたら、気の弱い僕はその場で倒れてしまうだろう。所詮は僕の勝手な考え過ぎなのかもしれない。
僕が何を話せばいいか悩んでいると、早川さんが先に小さな声で言った。
「桐野君。今日は本当にごめんね」
「な、何がですか? 早川さんが謝るようなことは何もしていないじゃないですか」
早川さんも僕と同じように、言葉を選んでいるように見えた。
「やっぱり嫌だったかな?」
「嫌?」
「そう。突然変なお願いをして、怒っていない?」
早川さんは僕を男優の代役にゴリ押ししたことを謝っているようだ。
「とんでもない。そんなことはないです。決して……」
こんな時は普通なら「貴重な体験をさせてもらって……」などと言うのだろうが、どう考えても貴重な体験どころの騒ぎではない。僕はつい言葉に詰まってしまった。
早川さんはうつむき加減で口をモゴモゴさせている僕に、高校生の頃に戻ったかのような笑顔を見せて言った。
「私は今日、桐野君に代わりをやってもらって、本当に良かったと思っているのよ。だから桐野君もあまり深くは考えないで」
「は、はい」
この笑顔を見ると僕は本当に落ち着く、やっぱり早川さんにはこの笑顔が一番に似合うと思った。彼女はまた僕の腕を掴むと言った。
「私達もちょっと早いけどご飯、行きましょう」
「う、うん」
僕は救われた気持ちになって、早川さんと一緒に歩き出すのだった。
こんなことがあってから、僕達は頻繁に会うようになった。さすがに三日に空けずとはいかないが、少なくとも一週間に一度は会って、簡単な食事をして、早川さんが行ってみたかったとかいうカフェに行ったり、観たかったという映画を観たり、そして気分が良ければ夜を一緒に過ごすこともあった。
これだけ親しくなっていても、誘うのはやっぱり早川さんの方からだ。もし僕達の関係を知る人がいたらきっとこう言うだろう。
『今さら何を遠慮しているんだ?』
僕の方から誘おうと何度も思うのだが、どうしても口に出して言えない。今でも緊張してしまうのだ。こんな僕の性格は死ぬまで治らないという事なのかもしれない。
ただ、僕には全く気がつかなかったのだが、傍から見ると僕は少し変わったらしい。あの宮崎君がつい最近僕に言ったのだ。
「桐野さん。最近、明るいっスね。何かいいことでもありました?」
僕は全く意識してはいないのだが、彼からそう見えたと言うのなら、そうなのかもしれない。しかし僕のどこがどういう風に変わったのか、当の本人が分からないのだからどうしようもない。
他人と話す機会を意識して増やしたとか、誰もが集まる場所に積極的に顔を出すようなったとか、そんなつもりは無いのだから、宮崎君は僕のどんな姿を見てそう言ったのか分からない。
とにかく僕の中から幸せオーラが出ているのならそれでいい。生まれて初めての経験だから、出来るだけ長くそうあって欲しいと思う。
ただ、そんな良い傾向とは別に、僕の中には新しい悩みと言うか、疑問と言うか、僕としては答えの出せないモヤモヤしたものが生まれていた。
僕と早川さんは世間で言う『付き合っている』間柄になるのだろうか。僕は早川さんをずっと遠くから見ていただけで、一度も告白はしていない。早川さんにしてもそうだ。僕に対して恋愛感情を口にしたことはない。
そんな二人ではあるのだが、不自然な形であったにせよ互いに全裸で抱き合いセックスを経験した仲なのである。それだけの事実があるのなら、それは互いの気持ちを確かめたことにはならないのだろうか。
ただこれも今更なのだが、万が一にでも僕が早川さんから告白されたりなんかしたら、気の弱い僕はその場で倒れてしまうだろう。所詮は僕の勝手な考え過ぎなのかもしれない。