第33話 いつも突然
文字数 1,792文字
そんな中途半端な気持ちのまま三ヶ月が過ぎた。今日も早川さんの方から連絡があって、二人で一緒に行くようになったあの焼鳥屋で、僕達は向かい合って座っていた。
早川さんはバッグの中から大きめの封筒を出して僕の前に置いた。
「これは?」
僕の問いに早川さんは、もう慣れてしまったあの髪を掻き上げる仕草で答えた。
「桐野君が出たDVDよ」
「えっ」
僕は思わず早川さんを二度見していた。
撮影の現場にいて参加してしまったのだから、いつかは世に出るものとは覚悟していたが、唐突に差し出されると躊躇してしまう。しかし早川さんはそれが当り前のように平然と言った。
「桐野君にはノーギャラで出てもらったから、それは私からのプレゼント。記念に貰っておいて」
早川さんはこともなげにそう言うが、僕にとっては大事件である。貰ったものの、それを観て良いものかどうなのか、判断に迷う所である。
早川さんが『白鳥飛鳥』として出演しているのは本業だからともかく、素人の僕が映っているとなると……そもそもこの世の男の中で、自分のセックスしている姿を好んで観たいなんて異常すぎる性癖をもつ者がどれだけいるだろうか。
僕は貧相なコミュ症男ではあるが、そんな曲がった性癖は持っていないつもりだ。僕がその封筒を凝視していると、何かを察した早川さんが言った。
「安心して。出てくる男性が桐野君だと分かるようにはなっていないから」
「そうなんですか?」
「そうよ。この手のDVDで男の顔を隠すなんてよくある話よ。それに観られるのは私達女優の方であって、男であるはずがないもの。もしそんな趣味がある人なら、このDVDは買わないわ」
「はぁ、そうなんですか」
確かにそう言われてみればその通りである。これで少なくとも僕という人間が、AVの世界に顔を出していたという事実は隠されたことになる。
僕はその封筒をそのままバッグに仕舞いこんだ。僕は家に帰っても、このDVDは観ないと思う。顔が晒されていないとは言うものの、早川さんを組み敷いているのは僕である。
毎日の入浴の時に見る鏡に映った痩せた体を思い出すと、どうにも観る気が起こらない。ましてや自分の性器が勃起している姿など、モザイク処理されていても誰が観たいと思うだろうか。僕はDVDの入ったバッグを、テーブル下の足元に隠すように置いた。
すると早川さんは焼き鳥の串を持ったまま僕に訊いた。
「桐野君は一人暮らしだったよね」
「うん」
「ご飯はいつもどうしているの?」
いつものことながら、早川さんの質問はいきなりである。高校時代は全く知る由も無かったのだが、早川さんとは本来こんな人だったのだろうか。
僕は早川さんをずっと観察するように傍観していたにも関わらず、彼女のことは何も知らないのかもしれない。高校生になるまでの早川さんはどんな暮らしをしてどんな友人達と、どんな会話を交わしていたのだろう。
高校を卒業して大学に進学し、新しい友人と出逢い、どんな学生生活を送ったのだろう。もしかするとその間に誰かと付き合っていたかもしれない。それはどんな人物だったのか、そしてその後、彼とはどうなったのか……僕は勝手に想像して勝手に不安になっていた。
僕はそんな不安な気持ちを悟られないように、わざとらしく答えた。
「ほとんどが出来合いのお弁当とか外食、デリなんかで済ませているけど」
「ふぅん。じゃあ自分で何かを造るってことはしないんだ」
「自炊ってこと?」
「そう。出来合いや外食ばかりじゃ、お金が掛かるでしょう」
「うん……まぁ」
僕が普通の人間なら早川さんの指摘も分からなくはないが、これといった趣味は無く、賭け事もやらず、飲みに行くのは誘われた時だけという生活であれば、彼女が想像する以上に金は残る。
それに僕は大食漢ではなくグルメでもないので、外食するにしても薄汚いワンコインの定食屋で充分なのである。ただ急に食べたくなる物が思い浮かんだりすると、見よう見まねで造ったりしていた。
「でも、時々、本当に時々だけど自分で造ったりするかな」
「そう。何を造るの? 桐野君の料理、気になるな」
「そんな、大したものは出来ないよ」
「教えてよ」
「教えてって言ったって……オムライスぐらいかな」
「へぇ! オムライスを自分で造るんだ」
早川さんの驚きようは尋常でなかった。大きな目をさらに大きく開いて、ぽっかりと口を開けていた。
早川さんはバッグの中から大きめの封筒を出して僕の前に置いた。
「これは?」
僕の問いに早川さんは、もう慣れてしまったあの髪を掻き上げる仕草で答えた。
「桐野君が出たDVDよ」
「えっ」
僕は思わず早川さんを二度見していた。
撮影の現場にいて参加してしまったのだから、いつかは世に出るものとは覚悟していたが、唐突に差し出されると躊躇してしまう。しかし早川さんはそれが当り前のように平然と言った。
「桐野君にはノーギャラで出てもらったから、それは私からのプレゼント。記念に貰っておいて」
早川さんはこともなげにそう言うが、僕にとっては大事件である。貰ったものの、それを観て良いものかどうなのか、判断に迷う所である。
早川さんが『白鳥飛鳥』として出演しているのは本業だからともかく、素人の僕が映っているとなると……そもそもこの世の男の中で、自分のセックスしている姿を好んで観たいなんて異常すぎる性癖をもつ者がどれだけいるだろうか。
僕は貧相なコミュ症男ではあるが、そんな曲がった性癖は持っていないつもりだ。僕がその封筒を凝視していると、何かを察した早川さんが言った。
「安心して。出てくる男性が桐野君だと分かるようにはなっていないから」
「そうなんですか?」
「そうよ。この手のDVDで男の顔を隠すなんてよくある話よ。それに観られるのは私達女優の方であって、男であるはずがないもの。もしそんな趣味がある人なら、このDVDは買わないわ」
「はぁ、そうなんですか」
確かにそう言われてみればその通りである。これで少なくとも僕という人間が、AVの世界に顔を出していたという事実は隠されたことになる。
僕はその封筒をそのままバッグに仕舞いこんだ。僕は家に帰っても、このDVDは観ないと思う。顔が晒されていないとは言うものの、早川さんを組み敷いているのは僕である。
毎日の入浴の時に見る鏡に映った痩せた体を思い出すと、どうにも観る気が起こらない。ましてや自分の性器が勃起している姿など、モザイク処理されていても誰が観たいと思うだろうか。僕はDVDの入ったバッグを、テーブル下の足元に隠すように置いた。
すると早川さんは焼き鳥の串を持ったまま僕に訊いた。
「桐野君は一人暮らしだったよね」
「うん」
「ご飯はいつもどうしているの?」
いつものことながら、早川さんの質問はいきなりである。高校時代は全く知る由も無かったのだが、早川さんとは本来こんな人だったのだろうか。
僕は早川さんをずっと観察するように傍観していたにも関わらず、彼女のことは何も知らないのかもしれない。高校生になるまでの早川さんはどんな暮らしをしてどんな友人達と、どんな会話を交わしていたのだろう。
高校を卒業して大学に進学し、新しい友人と出逢い、どんな学生生活を送ったのだろう。もしかするとその間に誰かと付き合っていたかもしれない。それはどんな人物だったのか、そしてその後、彼とはどうなったのか……僕は勝手に想像して勝手に不安になっていた。
僕はそんな不安な気持ちを悟られないように、わざとらしく答えた。
「ほとんどが出来合いのお弁当とか外食、デリなんかで済ませているけど」
「ふぅん。じゃあ自分で何かを造るってことはしないんだ」
「自炊ってこと?」
「そう。出来合いや外食ばかりじゃ、お金が掛かるでしょう」
「うん……まぁ」
僕が普通の人間なら早川さんの指摘も分からなくはないが、これといった趣味は無く、賭け事もやらず、飲みに行くのは誘われた時だけという生活であれば、彼女が想像する以上に金は残る。
それに僕は大食漢ではなくグルメでもないので、外食するにしても薄汚いワンコインの定食屋で充分なのである。ただ急に食べたくなる物が思い浮かんだりすると、見よう見まねで造ったりしていた。
「でも、時々、本当に時々だけど自分で造ったりするかな」
「そう。何を造るの? 桐野君の料理、気になるな」
「そんな、大したものは出来ないよ」
「教えてよ」
「教えてって言ったって……オムライスぐらいかな」
「へぇ! オムライスを自分で造るんだ」
早川さんの驚きようは尋常でなかった。大きな目をさらに大きく開いて、ぽっかりと口を開けていた。