第41話 愛は無かった

文字数 1,419文字

 今の早川さんは自分を正当化しようと焦っているのがありありと分かった。僕はそんな早川さんを落ち着かせる為に、あえてゆっくりと語った。

「心配しなくてもいいですよ。僕は早川さんを責めたり、軽蔑したりなんかしませんから安心してください。第一、僕は正しいことをしたのですから、気にすることなんてありませんよ」

 早川さんは僕が怒っていないのが分かったのか、小さく深呼吸すると、いつもの口ぶりで言った。

「そう。そうならいいんだけど」

 落ち着きを取り戻した早川さんに、僕も何も無かったかのように言った。

「そうですよ。本当に気にしないでください。それにしても、早川さんは大胆な人なのですね」
「私が大胆?」
「そうですよ。こんな貧弱な僕のような男にわざわざ抱かれるなんて、大胆にもほどがありますよ。もしかすると、僕の一連の行為に対する早川さんなりの気持ちなのですか? 感謝の」

 僕の例えがおかしかったのか、早川さんはいつもの笑顔を見せていた。

「感謝の気持ちだなんて、そんな……でも、それだけのことをやってくれたのだから、あれくらいのことをしてあげても、私の中では全然平気よ」
「そうなんですか……」

 やはり僕の想像は正しかったようだ。

 十年ぶりに偶然出会った早川さんから電話を貰い、いきなり一緒にご飯を食べて、成り行きで彼女を抱いてしまい、その後も僕にしてみれば夢の世界を与えてくれていたのは、ある意味彼女からの見返りだったという訳である。そう思うと、やりきれない気持ちが込み上げてきた。
 早川さんの中には僕が彼女に持つような恋心など微塵も無かったのだ。何もかもが彼女の下心があってのことだったのだ。
 元々僕にとっては超高嶺の花だった早川さんが、そう易々と僕の物にはならないと分かってはいたが、全てが損得勘定の上の計画事だと分かると、さすがに落ち込む。僕は結局、早川さんに上手く使われただけだったのだ。

「愛は無かったのですね」

 僕が独りことのように呟くと、早川さんが僕の顔を覗き込むように尋ねた。

「え? 何、よく聞こえなかったけど」

 僕は大きく息を吸い込むと、空を見上げて思いきり吐き出していた。胸の中に溜まっていたモヤモヤした空気を全て吐きだしたつもりだった。

「ねぇ、早川さん」
「何?」
「今から、オムライスを食べませんか?」
「オムライス?」
「そうです。元々は僕の部屋で僕の造ったオムライスを、早川さんに食べてもらう日だったじゃないですか。材料はもう用意してありますから、行きませんか?」

 早川さんは僕がいつもの僕に戻ったのを確認するかのように僕の全身を一瞥した後、あのこぼれる笑顔を見せてくれた。そこには何もかもが思い通りに進んだと言う、達成感が感じられた。

「そ、そうね。そうだったわね。私の方から勝手に予定を変えてしまったのだから、ここは桐野君の言う通り、ご馳走になった方がいいわね」
「そうですよ。さぁ、行きましょう」

 僕は早川さんの前に立って、彼女を先導するかのように歩くのだった。


 早川さんは同い年の独身男性の部屋など入ったことが無いのか、部屋に入ると興味深く辺りを見回していた。

「そんなに見ないでください。大した物は無いのですから」
「そんなことないわ。綺麗に片付いているじゃない。桐野君には申し訳ないけど、もっと散らかっていると思ってた」

 僕は思わず苦笑いを浮かべてしまった。早川さんが来るので急いで掃除を済ませたなどと、わざとらしくて言えなかった。
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