第18話 監督の話
文字数 1,574文字
僕が身の置き場に困りながらソファーの端で小さくなっていると、監督が僕の隣にドサリと腰を下ろし、おもむろに煙草を咥えて火を点けた。そして大きく吸いこむと「ふぅ」と長く息を吐きながら僕に尋ねた。
「あんた。飛鳥の同窓生なんだって?」
僕は唾を何度も飲み込んでから答えた。
「はい。高校の時……クラスは別でしたけど」
「ふぅん」
監督はまた長く白い煙を吐いていた。
「高校生の飛鳥はどうだった? やっぱりいい女だったか?」
「はい……その……はい……綺麗でした」
僕としては何とも答えようがなかった。可愛いとか綺麗という表現は確かに出来たかもしれないが、『いい女か?』と問われても、何を基準に『いい女』と判断すればいいのか分からなかったのである。
しかし、たったそれだけの会話でも僕の緊張はかなり和らいだように思った。
すると監督は、今度は僕の方を見て言った。僕の中に、今和らいだばかりの緊張感がまた走った。
「あんた。こんな撮影の現場は初めてかい?」
「はい?」
僕にとって初めてであるのは当然である。監督にしてみれば、こんなケースは良くあるパターンなのだろうか。しかしどう考えても素人がこんな場面に、そう簡単に遭遇出来るとは思えない。普通の映画を撮る時にしても、ロケに出合わすなんて滅多にあることではない。
「あの……こんな撮影現場で見学なんて、よくある話なんですか?」
逆に僕が尋ねると、監督は煙草を灰皿の中でもみ消しながら言った。
「あるわけねぇよ。後にも先にもあんたが初めてだ」
「そ、そうですよね」
僕は改めて、早川さんはどうして僕をこの場に呼んでくれたのか考えてみるのだが、答えなど出るはずもなく、もやもやした感覚は無くなるものではなかった。
ただ、早川さんがどうしてこの世界に入ったのかという当初からの疑問は、今でも僕の中にあり、もしかするとこの監督に訊けば、何か手がかりになることでも聞けるかもしれないと思った。
「あのう……一つ質問してもいいですか」
監督はテーブルの上のファイルを一冊手に取ると、中に目を通しながら答えた。
「何だ?」
「あのう……監督さんは、この世界は長いのですか?」
「あぁ、そこそこな」
「じゃあ、色んな女優さんを見て来ているでしょうね」
「そりゃ、仕事だからな」
「早川さん……じゃなくて、飛鳥さんとも長いのですか?」
監督は持っていたファイルをテーブルに乱暴に投げ出すと、また煙草を咥えて火を点けた。そして腕組みをして一度天を仰いだかと思うと、答えてくれた。
「そうだなぁ。飛鳥とは三年になるかな。何本撮っただろうな。ざっと数えても十本は撮っただろうな」
「えっ! 十本もですか」
三年間で十本も撮ったということは、一年に少なくとも三本は撮っていることになる。それはつまり、早川さんはこの男の前で少なくとも十回は肌を晒していることになる。僕はやりきれなくなった。
しかし監督の話はまだ続いていた。
「俺が撮ったのが十本ってことだから、他は知らないぞ」
「じゃあ。もっとあるってことですか?」
「そうなるな。それに総集編なんかもあるからな。まぁ、この世界に五年もいればもうベテランになるから、軽く四、五十タイトルは行っているんじゃないか」
監督に言われてみれば、確かに彼女のブログには作品のタイトルが並んでいて、それは十本どころの話ではなかった。
僕は全身の力が抜けて行くようだった。これまでは早川さんがAV女優だと言っても、心のどこかでは今一つ信じ切れていなかった僕がいたのだが、こうして監督の生の声を聞くと、それは紛れもない現実なのだと思い知らされる。
そして、あの可憐な早川さんがどこの誰とも分からない男に抱かれ、その様子をこれもまたどこの誰とも分からない男に撮られているという事実も認めなければならず、僕には非現実的な世界としか思えなかった。
「あんた。飛鳥の同窓生なんだって?」
僕は唾を何度も飲み込んでから答えた。
「はい。高校の時……クラスは別でしたけど」
「ふぅん」
監督はまた長く白い煙を吐いていた。
「高校生の飛鳥はどうだった? やっぱりいい女だったか?」
「はい……その……はい……綺麗でした」
僕としては何とも答えようがなかった。可愛いとか綺麗という表現は確かに出来たかもしれないが、『いい女か?』と問われても、何を基準に『いい女』と判断すればいいのか分からなかったのである。
しかし、たったそれだけの会話でも僕の緊張はかなり和らいだように思った。
すると監督は、今度は僕の方を見て言った。僕の中に、今和らいだばかりの緊張感がまた走った。
「あんた。こんな撮影の現場は初めてかい?」
「はい?」
僕にとって初めてであるのは当然である。監督にしてみれば、こんなケースは良くあるパターンなのだろうか。しかしどう考えても素人がこんな場面に、そう簡単に遭遇出来るとは思えない。普通の映画を撮る時にしても、ロケに出合わすなんて滅多にあることではない。
「あの……こんな撮影現場で見学なんて、よくある話なんですか?」
逆に僕が尋ねると、監督は煙草を灰皿の中でもみ消しながら言った。
「あるわけねぇよ。後にも先にもあんたが初めてだ」
「そ、そうですよね」
僕は改めて、早川さんはどうして僕をこの場に呼んでくれたのか考えてみるのだが、答えなど出るはずもなく、もやもやした感覚は無くなるものではなかった。
ただ、早川さんがどうしてこの世界に入ったのかという当初からの疑問は、今でも僕の中にあり、もしかするとこの監督に訊けば、何か手がかりになることでも聞けるかもしれないと思った。
「あのう……一つ質問してもいいですか」
監督はテーブルの上のファイルを一冊手に取ると、中に目を通しながら答えた。
「何だ?」
「あのう……監督さんは、この世界は長いのですか?」
「あぁ、そこそこな」
「じゃあ、色んな女優さんを見て来ているでしょうね」
「そりゃ、仕事だからな」
「早川さん……じゃなくて、飛鳥さんとも長いのですか?」
監督は持っていたファイルをテーブルに乱暴に投げ出すと、また煙草を咥えて火を点けた。そして腕組みをして一度天を仰いだかと思うと、答えてくれた。
「そうだなぁ。飛鳥とは三年になるかな。何本撮っただろうな。ざっと数えても十本は撮っただろうな」
「えっ! 十本もですか」
三年間で十本も撮ったということは、一年に少なくとも三本は撮っていることになる。それはつまり、早川さんはこの男の前で少なくとも十回は肌を晒していることになる。僕はやりきれなくなった。
しかし監督の話はまだ続いていた。
「俺が撮ったのが十本ってことだから、他は知らないぞ」
「じゃあ。もっとあるってことですか?」
「そうなるな。それに総集編なんかもあるからな。まぁ、この世界に五年もいればもうベテランになるから、軽く四、五十タイトルは行っているんじゃないか」
監督に言われてみれば、確かに彼女のブログには作品のタイトルが並んでいて、それは十本どころの話ではなかった。
僕は全身の力が抜けて行くようだった。これまでは早川さんがAV女優だと言っても、心のどこかでは今一つ信じ切れていなかった僕がいたのだが、こうして監督の生の声を聞くと、それは紛れもない現実なのだと思い知らされる。
そして、あの可憐な早川さんがどこの誰とも分からない男に抱かれ、その様子をこれもまたどこの誰とも分からない男に撮られているという事実も認めなければならず、僕には非現実的な世界としか思えなかった。