第28話 意外な一面

文字数 1,357文字

 丁度僕達の話が途切れた時に早川さんが戻って来た。部屋の中で頭を突き合わすように話し込んでいた僕に早川さんが尋ねた。

「何を話ししていたの? 随分と真剣そうだったけど」

 祥子さん口角を僅かに上げた微妙な笑みを浮かべていた。

「ふふ……内緒」
「何? 内緒だなんて、いやらしい」

 早川さんは持って来たレジ袋からショートホープと缶コーヒーを取り出して祥子さんに渡した。
「はい、これ。煙草ね。コーヒーは気持ちよ」
「気持ち?」
「そう。色々と迷惑かけているしね」

 僕は「はっ」とした。迷惑をかけているのは、紛れもなく僕なのである。

「すいません。僕の為に」

 僕が力無く言うと、早川さんは笑いながらも困った風に言った。

「違うわ。桐野君のことを言ったんじゃないの。気にしないで……それから、これ。適当に買って来たからサイズは微妙かもしれないけど、履いてみて」

 僕は早川さんが差し出した男性下着をぎこちなく受け取った。

「すいません。こんなことまでやってもらって」
「いいのよ。さぁ、着替えて来て」

 僕はそれを持ってバスルームに向かった。


 僕はバスルームで汚れた下着を脱ぎながら思った。僕は一体何をやっているのだろう。初恋の相手と偶然再会したまではよかったものの、いくら流れとは言え、まさか知らない人の前で裸になるとは夢にも思わなかった。
 しかも今僕は一人バスルームで、精液で汚してしまったパンツを履き替えているのである。自分の未来にそんな光景が訪れるなど、誰も考えたことは無いだろう。これは喜ぶべきことなのか、それとも人生の汚点として残るものなのか、僕は新しい下着を身に付けながらそんなことを考えてしまった。

 僕が着替えて元の部屋に戻ると早川さんはおらず、祥子さんが今日何本目かの煙草を吸っていた。

「飛鳥さんはどうしたのですか?」
「また準備しているわ。仕切り直しだからね」
「本当にすいません」
「何をここまで来て謝っているの。いくら飛び込みの素人でも、ここまで来たらとことんやるしかないわよ。そうじゃないのこっちが困るのよ」
「はぁ」

 僕が力無く答えると、祥子さんがいきなり僕の股間を握りしめた。

「な、何をするんですか!」

 祥子さんは笑いながら言った。

「やっぱり若いと回復も早いわね。もう十分に使えるわ」

 僕にはその意味がすぐに分かった。僕の股間は、たったそれだけの刺激で十分すぎるほど反応していたのである。

「あんた、見た目はひ弱な体をしているけど、結構したたかね」
「僕がしたたかですか?」
「そうよ。どんなマッチョでも、いざ初めての撮影となると全然役に立たないってのが普通なのに、あんたは立派なもんよ。もしかしたらこっちの世界でやっていけるかもね」

 僕にしてみれば、それは褒め言葉なのか、それとも単にからかわれただけなのだろうか、判断はつかなかったが、取りあえず頭だけは下げておいた。

「ありがとうございます」

 僕の答え方が祥子さんの笑いのツボにはまったのか、彼女は手を叩いて笑った。

「おかしいわ。あんた、面白いね。でも、それこそが、あんたが『したたか』な証拠よ。昔落ち込んでいた飛鳥が、嫌な過去を吹っ切った時みたいにね」
 僕には意外な言葉だった。僕にとって早川さんは純粋で素直で、そんな『したたか』などという表現は全く無縁だと思っていたからだ。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み