第15話 とんでもないお誘い
文字数 1,548文字
約束の金曜日。その日は朝から雲が立ち込めていて、今にも雨が降りそうだったにも関わらず、僕は早川さんに会える嬉しさからか三十分も前に約束の場所に着いていた。
そこには随分古びたマンションが建っていて、建物を遠目に見れば建てた当時は流行だった煉瓦造り風の外観がヨーロッパ調の佇まいを見せているのだが、傍で見上げれば壁のあちこちに細かな亀裂が走っている。
窓枠も元々白い塗装が塗られていたと思われるのだが、長い年月の間に剥げてしまって下地の金属が現れており、錆も浮き上がっている。どう見ても場末のボロアパートと言った方がふさわしいように思えた。
そんな建物の前だからなのかその前の人通りは少なく、一本隣の路地をたまに車が走るのが見えるだけである。こんな寂しい場所で早川さんは何を見せたいのだろう。
そんなことを考えていると向こうから早川さんが走って来るのが見えた。
早川さんはブルーのボタンダウンに黒の皮ジャン、同じくブルーのデニムに白のスニーカーと、この前とは打って変わったカジュアルな姿だった。
「ごめん。待った?」
早川さんは息を切らせていた。そんな彼女に、待ちきれなくて三十分も前に着いていたなんて、もう十分な大人としては本当のことは言えなかった。照れ隠しの為に僕は言った。
「いいえ。僕も今来た所です」
「そう。よかった」
早川さんはそう言うと、彼女の癖の髪を掻き上げる仕草をした。その甘い香りは、いつものことながら僕をまた幸せな気分にさせてくれた。
「じゃあ、行きましょうか」
早川さんはそう言っていきなり僕の腕を掴んでマンションに向かって歩き出した。僕には全く訳が分からず、どうしたものか困ってしまった。
「行くって……どこに行くのですか?」
早川さんは僕の顔をじっと見つめたかと思うと、「ふふっ」と意味深な笑みを浮かべた。その笑顔の中に、僕は唯ならないものを感じた。
上目使いで僕を見る目は心なしか潤んでいるようにも見えるし、僕に何かを訴えているようにも思える。軽く開いた唇からは熱い息が漏れだしているようで、一言で言えばエロティックな雰囲気が感じ取れた。
僕は思わず足を止めた。すると早川さんは背伸びをして僕の耳元まで唇を寄せて言った。
「今から、私の撮影現場を見せてあげるわ」
僕は一瞬耳を疑った。そして目の前まで迫っている早川さんの顔を、初めて臆することなく見つめていた。
「あの、それ、どういう意味ですか?」
僕がやっとの思いで口を開くと、早川さんは耳元から離れ表情を全く変えずに言った。
「だから、これから撮影があるから、その現場を見せてあげるって言っているの」
僕は思わず生唾を飲みこんでいた。そしてぐるぐる回る頭の中で今の状況を何とか理解しようとした。しかし、一度不規則に回りだした頭の中はそう簡単に落ち着くものでもなく、僕はただ呆然とするだけだった。
「何をしているの? 早く行きましょう」
それがさも当然のように語る早川さんに、僕はようやく話しかけることが出来た。
「ちょ、ちょっと待ってください」
「何?」
「撮影現場って、早川さんの……その」
僕が言葉に詰まっていると、早川さんは普段通りの笑みを浮かべて言った。
「ねぇ、桐野君」
「はい」
「AVの撮影現場って、見たことある?」
「い、いいえ。あるわけないです」
「でしょう? だったら見せてあげるわ。私の仕事場なんだから」
「仕事場って……」
早川さんは簡単に仕事場と言ったが、それはまさしく男との絡みであり、濡れ場であり、男の性欲を満足させる為の究極のエロスの世界である。
それは決して人に見せるものではなく、ましてや当事者から積極的に公開するものでもないはずである。僕は今初めて、早川さんの頭の中はどこかおかしいのではないかと真剣に思った。
そこには随分古びたマンションが建っていて、建物を遠目に見れば建てた当時は流行だった煉瓦造り風の外観がヨーロッパ調の佇まいを見せているのだが、傍で見上げれば壁のあちこちに細かな亀裂が走っている。
窓枠も元々白い塗装が塗られていたと思われるのだが、長い年月の間に剥げてしまって下地の金属が現れており、錆も浮き上がっている。どう見ても場末のボロアパートと言った方がふさわしいように思えた。
そんな建物の前だからなのかその前の人通りは少なく、一本隣の路地をたまに車が走るのが見えるだけである。こんな寂しい場所で早川さんは何を見せたいのだろう。
そんなことを考えていると向こうから早川さんが走って来るのが見えた。
早川さんはブルーのボタンダウンに黒の皮ジャン、同じくブルーのデニムに白のスニーカーと、この前とは打って変わったカジュアルな姿だった。
「ごめん。待った?」
早川さんは息を切らせていた。そんな彼女に、待ちきれなくて三十分も前に着いていたなんて、もう十分な大人としては本当のことは言えなかった。照れ隠しの為に僕は言った。
「いいえ。僕も今来た所です」
「そう。よかった」
早川さんはそう言うと、彼女の癖の髪を掻き上げる仕草をした。その甘い香りは、いつものことながら僕をまた幸せな気分にさせてくれた。
「じゃあ、行きましょうか」
早川さんはそう言っていきなり僕の腕を掴んでマンションに向かって歩き出した。僕には全く訳が分からず、どうしたものか困ってしまった。
「行くって……どこに行くのですか?」
早川さんは僕の顔をじっと見つめたかと思うと、「ふふっ」と意味深な笑みを浮かべた。その笑顔の中に、僕は唯ならないものを感じた。
上目使いで僕を見る目は心なしか潤んでいるようにも見えるし、僕に何かを訴えているようにも思える。軽く開いた唇からは熱い息が漏れだしているようで、一言で言えばエロティックな雰囲気が感じ取れた。
僕は思わず足を止めた。すると早川さんは背伸びをして僕の耳元まで唇を寄せて言った。
「今から、私の撮影現場を見せてあげるわ」
僕は一瞬耳を疑った。そして目の前まで迫っている早川さんの顔を、初めて臆することなく見つめていた。
「あの、それ、どういう意味ですか?」
僕がやっとの思いで口を開くと、早川さんは耳元から離れ表情を全く変えずに言った。
「だから、これから撮影があるから、その現場を見せてあげるって言っているの」
僕は思わず生唾を飲みこんでいた。そしてぐるぐる回る頭の中で今の状況を何とか理解しようとした。しかし、一度不規則に回りだした頭の中はそう簡単に落ち着くものでもなく、僕はただ呆然とするだけだった。
「何をしているの? 早く行きましょう」
それがさも当然のように語る早川さんに、僕はようやく話しかけることが出来た。
「ちょ、ちょっと待ってください」
「何?」
「撮影現場って、早川さんの……その」
僕が言葉に詰まっていると、早川さんは普段通りの笑みを浮かべて言った。
「ねぇ、桐野君」
「はい」
「AVの撮影現場って、見たことある?」
「い、いいえ。あるわけないです」
「でしょう? だったら見せてあげるわ。私の仕事場なんだから」
「仕事場って……」
早川さんは簡単に仕事場と言ったが、それはまさしく男との絡みであり、濡れ場であり、男の性欲を満足させる為の究極のエロスの世界である。
それは決して人に見せるものではなく、ましてや当事者から積極的に公開するものでもないはずである。僕は今初めて、早川さんの頭の中はどこかおかしいのではないかと真剣に思った。