第12話 告白
文字数 1,478文字
僕は嬉しかった。早川さんは僕のことを覚えていただけではなく、僕のことを友人の一人……いや、僕の考え過ぎかもしれないけど、それ以上の友達として見ていてくれたのかもしれない。
だとしたら、なおさら彼女がどうして今の仕事を選んだのか気になる。簡単に話せない黒い歴史が早川さんの過去にあったのだろうか。僕は彼女の返事を待った。
早川さんはハイボールを一口飲むと、口元を軽く拭いながら言った。
「桐野君だから言うけど」
「うん」
僕は早川さんの口から、どんな過去が語られるのかと身を固くしていた。
「色々あったのよ」
「へ?」
僕は思わず早川さんの顔をまじまじと見てしまった。何が起こったのか分からない僕を、早川さんは優しい目で見ていた。
「だから、色々あったってことよ」
「はぁ」
究極の肩すかしだった。心のどこかでは軽くいなされた方が気は楽だとは思ってはいたものの、こうもあっさりと逃げられると、不完全燃焼も甚だしい。僕は無意識のうちに頭を掻いていた。
「そうですか。色々あったんですか」
「そう。この答えじゃ不満?」
「いいえ。不満とか、そんなんじゃなくて……」
僕はやはり不満げな顔をしているのだろう。早川さんは僕の反応を確かめるように、下から僕の顔を見上げている。そして、僕の方に身を乗り出すように言った。
「桐野君は、平日にお休みは取れるの?」
「へ?」
僕は何の脈絡も考えられない、早川さんの唐突な質問に面食らっていた。
「だからぁ、有給とか普通に取れるの?」
唐突な質問だからと言って、今ここで適当な嘘をつく必要も無かった。
「うん。有給はまだ一日も使っていないから」
「そう。分かったわ」
僕には早川さんが何を知りたいのか分からなかった。僕が有給休暇を取ることが、早川さんとどんな関係があるのだろうか。それとも突然話を変えるのが早川さんの癖なのだろうか。
そんな風に考え出すと他の邪念がつい浮かんでしまう。今の僕が置かれている現実を改めて考えてしまうのだ。どう考えても上手く行き過ぎなのである。
高校時代に声も掛けられなかった初恋の相手と、偶然会えた。それは百歩譲って、僕以外でも有り得る話だと思う。しかし、そんな二人が会っていきなり飲みに行くなんて、偶然にしては出来過ぎではないだろうか。
なにしろ早川さんにしてみれば、相手は貧相な『やせめがね』でコミュ障、取り柄なんて探しても見つからない男である。しかも言い様によってはストーカーなのである。
並んで歩くと美女と野獣ならず、美女と貧乏神と言った方がいいかもしれない。そんな僕が高校時代は男子生徒の憧れの的であった早川さんを独占しているなんて、誰に話しても絶対に信じてもらえないと思う。
もしかして僕はからかわれているのだろうか。早川さんは今日帰った後に親しい誰かと会って、こんな僕と飲みに行ったことをネタに笑いながら話すのではないのだろうか。僕は負のスパイラルに陥ったようだった。
僕が小さくなってそんなことをウダウダ考えていると、早川さんがいきなりグラスを持ち上げて言った。
「さぁ、桐野君。せっかく十年ぶりに会えたんだから、もっと飲もうよ」
「え?」
「時間はまだあるわ。桐野君も大丈夫でしょう?」
高校時代と同じ、こぼれるような笑顔だった。僕はたった今まで頭の中でモヤモヤとしていたものが一気にどこかに吹き飛んでしまい、ぎこちなく笑っていた。
「そ、そうだね」
彼女の笑みを見る限り、早川さんが僕を嫌っていようが、どう思おうが、どうでもよくなってしまう。僕は負のスパイラルを、僕の思い込みなのだと勝手な解釈をするのだった。
だとしたら、なおさら彼女がどうして今の仕事を選んだのか気になる。簡単に話せない黒い歴史が早川さんの過去にあったのだろうか。僕は彼女の返事を待った。
早川さんはハイボールを一口飲むと、口元を軽く拭いながら言った。
「桐野君だから言うけど」
「うん」
僕は早川さんの口から、どんな過去が語られるのかと身を固くしていた。
「色々あったのよ」
「へ?」
僕は思わず早川さんの顔をまじまじと見てしまった。何が起こったのか分からない僕を、早川さんは優しい目で見ていた。
「だから、色々あったってことよ」
「はぁ」
究極の肩すかしだった。心のどこかでは軽くいなされた方が気は楽だとは思ってはいたものの、こうもあっさりと逃げられると、不完全燃焼も甚だしい。僕は無意識のうちに頭を掻いていた。
「そうですか。色々あったんですか」
「そう。この答えじゃ不満?」
「いいえ。不満とか、そんなんじゃなくて……」
僕はやはり不満げな顔をしているのだろう。早川さんは僕の反応を確かめるように、下から僕の顔を見上げている。そして、僕の方に身を乗り出すように言った。
「桐野君は、平日にお休みは取れるの?」
「へ?」
僕は何の脈絡も考えられない、早川さんの唐突な質問に面食らっていた。
「だからぁ、有給とか普通に取れるの?」
唐突な質問だからと言って、今ここで適当な嘘をつく必要も無かった。
「うん。有給はまだ一日も使っていないから」
「そう。分かったわ」
僕には早川さんが何を知りたいのか分からなかった。僕が有給休暇を取ることが、早川さんとどんな関係があるのだろうか。それとも突然話を変えるのが早川さんの癖なのだろうか。
そんな風に考え出すと他の邪念がつい浮かんでしまう。今の僕が置かれている現実を改めて考えてしまうのだ。どう考えても上手く行き過ぎなのである。
高校時代に声も掛けられなかった初恋の相手と、偶然会えた。それは百歩譲って、僕以外でも有り得る話だと思う。しかし、そんな二人が会っていきなり飲みに行くなんて、偶然にしては出来過ぎではないだろうか。
なにしろ早川さんにしてみれば、相手は貧相な『やせめがね』でコミュ障、取り柄なんて探しても見つからない男である。しかも言い様によってはストーカーなのである。
並んで歩くと美女と野獣ならず、美女と貧乏神と言った方がいいかもしれない。そんな僕が高校時代は男子生徒の憧れの的であった早川さんを独占しているなんて、誰に話しても絶対に信じてもらえないと思う。
もしかして僕はからかわれているのだろうか。早川さんは今日帰った後に親しい誰かと会って、こんな僕と飲みに行ったことをネタに笑いながら話すのではないのだろうか。僕は負のスパイラルに陥ったようだった。
僕が小さくなってそんなことをウダウダ考えていると、早川さんがいきなりグラスを持ち上げて言った。
「さぁ、桐野君。せっかく十年ぶりに会えたんだから、もっと飲もうよ」
「え?」
「時間はまだあるわ。桐野君も大丈夫でしょう?」
高校時代と同じ、こぼれるような笑顔だった。僕はたった今まで頭の中でモヤモヤとしていたものが一気にどこかに吹き飛んでしまい、ぎこちなく笑っていた。
「そ、そうだね」
彼女の笑みを見る限り、早川さんが僕を嫌っていようが、どう思おうが、どうでもよくなってしまう。僕は負のスパイラルを、僕の思い込みなのだと勝手な解釈をするのだった。