第2話 友人との再会
文字数 2,145文字
僕は高校を卒業すると、都内を避け他県の大学に進み独り暮らしを始めた。僕みたいな何も出来ない男が一人暮らしなど出来るのかと、初めは家族や親戚に諌められたが、僕としてはこのまま実家にいて親の世話を受けていると、いつか『ひきこもり』になってしまう気がしたのである。
実家を出て、知らない土地で知らない人達と暮らす。それは僕なりに考えた『ひきこもり』にならない為の自衛手段だった。
僕の取った行動は正しかったようで、独りで暮らすとどうしても他人との関わりが発生する。否応なくその関わりを受け入れている内に、最低限の会話と最低限の人付き合いのテクニックは身に付けられたと思う。
それでも僕はやはりこと『性』に対しては奥手で、彼女らしい彼女は出来なかった。もちろん誰とも話せなかった訳ではなかったが、ほんの挨拶程度の会話だから『話せた』と言うのは多少大袈裟かもしれない。
そんな相変わらずの僕は大学に進んでも頭を過るのはやっぱり早川さんで、他にも魅力的な女性はいたのだがどうしても僕から声をかけることが出来ず、気が付けばいつの間にかその彼女の隣には僕よりもイケてる男子学生がいるようになっていた。
そんな時の僕は自分を慰めるように『僕には早川さんがいる』などと、勝手に彼女を私物化して納得していた。情けないの一言につきるのだが、仕方が無かった。
そして僕は大学を卒業すると都内に戻り、港近くの物流会社に勤めた。
大学時代の一人身の気楽さが身に沁みていた僕は親元を離れ、会社に近いマンションを借りてこちらでも独り暮らしを始めた。大学時代の経験で少しは人と会話が出来るようになり、僕なりに自信はあったのだが、その程度で世の中の荒波など渡れるはずがなかった。
入社して初めて任されたのは営業だった。僕は毎日のように怒鳴られ、なじられ、そして挙句にはバカ呼ばわりされた。
僕はまた以前のように自分の殻の中に閉じこもり、人との関わりを避けるようになってしまった。そんな僕が早々に異動になったのは倉庫業務だった。一日中倉庫にいて、入荷と出荷の手配をするだけの地味な仕事である。
人と話す機会が少なく、ただ黙々と流れ作業で仕事をこなせばよいだけの世界は、僕にとっては好都合だった。元々出世など考えもしていないし、考えた所で僕には何も出来ないことは良く分かっていたからだ。
分相応な仕事を任されたのが正解だったのか、何事も無くいつしか高校を卒業して丁度十年が経った。十年経ったというのに、僕の外見はあまり変わっていない。
相変わらず痩せた眼鏡顔で、高校時代からは少し身長が伸びたくらいで、もし同窓会に出たなら必ず言われただろう。『お前、昔と全然変わんねぇな』と。それに内気な性格も基本的には変わらない。大学時代に克服できたと思っていたコミュ障もいつの間にか元に戻ったようだ。
つい一人でいることが多い僕の周りからは次第に人は去り、いつしか僕は『倉庫の番人』と陰口を叩かれるようになってしまった。情けないと言われれば返す言葉は無かった。
最近、昔の友人からぼつぼつ結婚式の招待状が届いたりするが、僕にはまだそんな出会いはなく、平々凡々と毎日を暮していた。そして羨ましいとも思わなかった。僕にとって結婚など、夢のまた夢の世界だったからだ。
そんなある週末、仕事が終り部屋に戻る途中、駅に向かう横断歩道で声を掛けられた。
「あれ、桐野じゃね?」
その声の方を向くと、そこに懐かしい顔があった。高校三年の時同じクラスだった山岸君だった。
彼は僕の顔を見てもう一度確認するように言った。
「なぁ、桐野だろう?」
僕も特に否定する必要も無いので、素直に答えていた。
「そう桐野だけど、もしかして山岸君?」
「そうそう山岸だよ。超久しぶりだな」
「そうだね」
「高校卒業以来だから……もう十年か。懐かしいな」
「そうだね。山岸君、元気そうだね」
「お蔭様でな。体だけは丈夫だ」
そう言って白い歯を見せる山岸君だった。
山岸君は高校時代にはバスケ部のキャプテンをしていたほどのスポーツマンで、背が高く色黒で、まさに体育系という体をしていた。顔も僕と違って彫が深く、笑った顔に白い歯が印象的で、女子の中には追っかけもいたくらいだ。
彼は僕と真逆の性格と体をしていたが僕とは不思議と気が合って、何かと同じ時間を過ごしていた。でも、今思うと僕はいつも彼に振り回されていた気がする。でもそれ自体が僕には苦痛ではなかったので、今となっては良い思い出である。高校時代、唯一まともに言葉を交わせた友達かも知れない。
山岸君は時計を見ながら言った。
「こんな所で立ち話もなんだから、ちょっと飲みに行かないか?」
僕は嬉しかった。会社帰りに飲み会に誘われるなんて滅多にないことである。倉庫に勤めるのは勤続二十年、三十年のベテランの男性社員か、近所のパートのおばちゃん達ばかりなので、僕が誘われることはまずない。
他の部署には同期もいるが、勤務時間のズレでそうそう一緒に帰ることもままならない。そもそも陰気で無口な僕を飲みに誘う奇特な人間などいないのである。
僕は二つ返事で答えた。
「いいよ。僕もそう思っていた所なんだ」
僕達は並んで近くの居酒屋の暖簾をくぐるのだった。
実家を出て、知らない土地で知らない人達と暮らす。それは僕なりに考えた『ひきこもり』にならない為の自衛手段だった。
僕の取った行動は正しかったようで、独りで暮らすとどうしても他人との関わりが発生する。否応なくその関わりを受け入れている内に、最低限の会話と最低限の人付き合いのテクニックは身に付けられたと思う。
それでも僕はやはりこと『性』に対しては奥手で、彼女らしい彼女は出来なかった。もちろん誰とも話せなかった訳ではなかったが、ほんの挨拶程度の会話だから『話せた』と言うのは多少大袈裟かもしれない。
そんな相変わらずの僕は大学に進んでも頭を過るのはやっぱり早川さんで、他にも魅力的な女性はいたのだがどうしても僕から声をかけることが出来ず、気が付けばいつの間にかその彼女の隣には僕よりもイケてる男子学生がいるようになっていた。
そんな時の僕は自分を慰めるように『僕には早川さんがいる』などと、勝手に彼女を私物化して納得していた。情けないの一言につきるのだが、仕方が無かった。
そして僕は大学を卒業すると都内に戻り、港近くの物流会社に勤めた。
大学時代の一人身の気楽さが身に沁みていた僕は親元を離れ、会社に近いマンションを借りてこちらでも独り暮らしを始めた。大学時代の経験で少しは人と会話が出来るようになり、僕なりに自信はあったのだが、その程度で世の中の荒波など渡れるはずがなかった。
入社して初めて任されたのは営業だった。僕は毎日のように怒鳴られ、なじられ、そして挙句にはバカ呼ばわりされた。
僕はまた以前のように自分の殻の中に閉じこもり、人との関わりを避けるようになってしまった。そんな僕が早々に異動になったのは倉庫業務だった。一日中倉庫にいて、入荷と出荷の手配をするだけの地味な仕事である。
人と話す機会が少なく、ただ黙々と流れ作業で仕事をこなせばよいだけの世界は、僕にとっては好都合だった。元々出世など考えもしていないし、考えた所で僕には何も出来ないことは良く分かっていたからだ。
分相応な仕事を任されたのが正解だったのか、何事も無くいつしか高校を卒業して丁度十年が経った。十年経ったというのに、僕の外見はあまり変わっていない。
相変わらず痩せた眼鏡顔で、高校時代からは少し身長が伸びたくらいで、もし同窓会に出たなら必ず言われただろう。『お前、昔と全然変わんねぇな』と。それに内気な性格も基本的には変わらない。大学時代に克服できたと思っていたコミュ障もいつの間にか元に戻ったようだ。
つい一人でいることが多い僕の周りからは次第に人は去り、いつしか僕は『倉庫の番人』と陰口を叩かれるようになってしまった。情けないと言われれば返す言葉は無かった。
最近、昔の友人からぼつぼつ結婚式の招待状が届いたりするが、僕にはまだそんな出会いはなく、平々凡々と毎日を暮していた。そして羨ましいとも思わなかった。僕にとって結婚など、夢のまた夢の世界だったからだ。
そんなある週末、仕事が終り部屋に戻る途中、駅に向かう横断歩道で声を掛けられた。
「あれ、桐野じゃね?」
その声の方を向くと、そこに懐かしい顔があった。高校三年の時同じクラスだった山岸君だった。
彼は僕の顔を見てもう一度確認するように言った。
「なぁ、桐野だろう?」
僕も特に否定する必要も無いので、素直に答えていた。
「そう桐野だけど、もしかして山岸君?」
「そうそう山岸だよ。超久しぶりだな」
「そうだね」
「高校卒業以来だから……もう十年か。懐かしいな」
「そうだね。山岸君、元気そうだね」
「お蔭様でな。体だけは丈夫だ」
そう言って白い歯を見せる山岸君だった。
山岸君は高校時代にはバスケ部のキャプテンをしていたほどのスポーツマンで、背が高く色黒で、まさに体育系という体をしていた。顔も僕と違って彫が深く、笑った顔に白い歯が印象的で、女子の中には追っかけもいたくらいだ。
彼は僕と真逆の性格と体をしていたが僕とは不思議と気が合って、何かと同じ時間を過ごしていた。でも、今思うと僕はいつも彼に振り回されていた気がする。でもそれ自体が僕には苦痛ではなかったので、今となっては良い思い出である。高校時代、唯一まともに言葉を交わせた友達かも知れない。
山岸君は時計を見ながら言った。
「こんな所で立ち話もなんだから、ちょっと飲みに行かないか?」
僕は嬉しかった。会社帰りに飲み会に誘われるなんて滅多にないことである。倉庫に勤めるのは勤続二十年、三十年のベテランの男性社員か、近所のパートのおばちゃん達ばかりなので、僕が誘われることはまずない。
他の部署には同期もいるが、勤務時間のズレでそうそう一緒に帰ることもままならない。そもそも陰気で無口な僕を飲みに誘う奇特な人間などいないのである。
僕は二つ返事で答えた。
「いいよ。僕もそう思っていた所なんだ」
僕達は並んで近くの居酒屋の暖簾をくぐるのだった。