第38話 隠していた過去

文字数 2,028文字

 僕達の高三の新学期が始まると同時に木崎は早川さんの周りをうろつきはじめ、早川さんは全く相手にしなかったのだが、木崎の態度は次第にエスカレートし、夏休みに入る頃にはもう迷惑行為の範疇を超えるくらいまとわりつくようになっていた。
 早川さんは何度も毅然とした態度を見せたのだが、それが返って彼のプライドを傷つけたのか、早川さんに直接手は出さないものの、親しい友人達にまで害が及ぶようになってくると彼女だけでは対応しきれず学校に相談したのである。

 しかし学校が生徒にしてくれることなど知れている。ましてや他校の生徒であれば、自校の生徒と同じように指導をする訳にもいかず、こんな生徒がいる程度の情報交換で済ませていた。
 その程度であの不良が改心することなど有り得ず、回数は減ったものの、相変わらず早川さんへの迷惑行為は続いていた。

 そして夏休み。僕は決心した。この夏休み中に木崎を何とかしなければ、早川さんの受験勉強に大きな支障が出る。周りが早川さんを助けられないのなら、僕が何とかしなければならない。
 では、どうすればいのか。答えは簡単だった。あいつを早川さんの周りから消してしまえば良いだけの話しである。

 その時の僕は至って冷静だった。なぜなら早川さんの周りから邪魔な人間を排除するのは僕としては当たり前の行為であり、それは僕が生きて行く為に呼吸をするように、ごく自然な行為に思えたのである。
 そして肝心なことは、早川さんに害を及ぼす人間に対してそんな行為が出来るのは、僕だけであり、僕だけに許された特権だと思ったのである。

 その気持ちの根底には、やはり早川さんは僕だけの物だという確固たるものがあったのは間違いない。だからといって彼女を束縛したり、彼女の自由を阻害したりすることは許されないことであるのは十分に理解していたつもりである。
 早川さんはいつも自由で奔放で、僕の前でキラキラ輝き続けるべきなのである。僕は彼女がそうある為に存在しているつもりだった。

 早川さんは僕の言葉を聞いて、少し首を傾げて言った。

「何とも思わないの?」
「何が?」
「だって、桐野君。木崎を殺したんでしょう」
「そうだよ。あいつは生きていちゃダメな人間だから」
「生きていたらいけないの?」
「そうだよ。あいつが生きている限り、早川さんはいつまでも困るからね」

 顔色一つ変えることなく答える僕の態度を見て、早川さんは笑ったような気がした。

「じゃあ、桐野君は私の為に木崎を殺したの?」
「そうだよ。理由はそれしかないよ」

 僕と早川さんは橋の上で、また互いの目を見つめ合っていた。どれくらい時間が経ったのか分からないが、池で魚が飛び上がった水音で僕達は我を取り戻していた。

 やがて早川さんが僕の右手を両手で包むように持って言った。

「どうやったの? 木崎って喧嘩は強かったでしょう?」

 僕は笑って答えた。

「それは誰が考えたってその通りさ。まともにあいつと喧嘩して、僕が勝つなんて考えられない。でもね、そんな強い相手でも、いつかどこかで隙を見せることがあるんだ。その時を狙えば簡単さ」

 早川さんは僕を疑うように上目で見ていた。

「狙うと言ったって……じゃあ桐野君はどうやってあいつの隙を見つけたの?」

 僕はつまらない自慢だとは思ったが、早川さんの前である。少しは胸を張ってみるのだった。

「僕の出来ることと言ったら、待つことだけ……ひたすら待つことしか出来ないからね」
「どれくらい待ったの?」
「うぅん……一ヶ月くらいかな」

 早川さんの目が、驚いて大きく開いた。

「一ヶ月も木崎を見張っていたの?」
「そうだよ。一ヶ月なんて大したことないよ。だって僕が早川さんを眺めていた三年間に比べたら、一ヶ月なんて『あっ』と言う間さ」
「そ、そうなの」

 僕はもう一度胸を張って、どうだとばかりに言った。

「八月の最後の週だったな。あいつは夜の十時頃にこの公園の入り口でバイク仲間と集まっていたんだ。そしてしばらく何かを相談していたかと思うと、他の仲間がどこかに行ってしまってあいつ独りになったんだ。そしてあいつは無防備に煙草を咥えて火を点けた。僕はその後ろにそっと近づいてハンマーを振り下ろすだけだった。ね、簡単でしょう。後は足に重りを付けて池の中に沈めるだけ」

 何でもないように話す僕を見て、早川さんはさらに驚いたのか、目が大きく開いたままだった。そしてポツポツと話し出した。

「私、その日に木崎に呼ばれていたの。どんな用なのか分からなかったけど、私とすれば今日こそあいつにはっきり言ってやろうと思って公園の入り口まで行ったんだけど誰もいなくて、そうしたら外灯の明かりに桐野君の姿が見えて、何をしているんだろうと近づいたら……」

 その時の早川さんは見てはいけない物を見てしまった驚きと、僕に対する少なくはない恐怖心があったのかもしれない。おそらく今もそうなのだろう。僕の前の早川さんの肩が僅かに震えているように見えたからだ。
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