第24話 大失敗
文字数 1,810文字
監督が煙草に火を点けながら言った。
「取りあえずリハってことで、最初の絡みの所をやってみて」
僕の体に緊張が走った。
早川さんはキッチンのシンクの前に僕に背を向けて立っている。僕はその背後から彼女を抱きしめ、胸を揉みながら首筋を舐め上げるシーンである。僕の鼓動は次第に早くなっており、全身が火照るような感じだった。
「じゃあ、行くよ。ヨーイ、ハイ!」
僕は大きく深呼吸すると静かに早川さんの後ろに回り、監督やあの女性の視線を感じながら機会をうかがった。
早川さんの肩が一瞬ピクリと動いた。それが合図であったかのように、僕は早川さんを背後から抱きしめた。彼女の女優としての声が聞こえた。
「な、何をするんですか!」
僕はもう必死だった。とにかく彼女の胸を……三年間ずっと憧れ続けた早川さんの胸を揉みあげた。すると早川さんが僕だけに聞こえる小さな声で言った。
「もっと激しく、もっと揉んで!」
僕はロボットのように揉みあげる手に力を込めた。薄いシャツを通して早川さんの胸の柔らかさが伝わって来た。
やがて早川さんの口から「ああ……」などと、艶めかしい声が聞こえたかと思うと、彼女はカメラの方からは見えないように僕の手をスカートの中に導くと、小さな声で言った。
「私の下着の中に手を入れるのよ」
その一言で僕の体中の血液が逆流したような感じだった。そして次の瞬間、僕は思わず呻いていた。
「う……」
僕の動きが止まってしまった。早川さんも同じように止まっていた。
数秒ほどの間があった後、監督が言った。
「どうした?」
僕は力無く早川さんから離れた。僕は射精してしまったのだ。
早川さんがまた小さな声で訊いた。
「どうしたの?」
僕はぎこちなく彼女から体を離すと、今にも泣きそうになってしまった。ことも有ろうに、肝心な所で早川さんに恥をかかせてしまったようで申し訳ない気持ちと、男として務めを果たせなかった気恥ずかしさが一度に僕を襲ったのである。
「ごめん」
僕はそう言うのがやっとだった。しかし、早川さんは僕に何が起こったのか分かったようで、思わずうな垂れてしまった僕に優しく言った。
「気にしないで。よくあることだから」
「でも……」
よくあることだから……そんな風に言われても、僕には何の慰めにもならない。少なくとも僕の人生の中で、まさに初めての経験をしたのだから。
早川さんは落ちこむ僕を気遣ってくれた。
「本当に気にしなくてもいいの。桐野君はプロじゃないんだから、落ち込むことなんてないのよ」
早川さんにそんな風に言われると余計に悲しくなる。本当に僕は何をさせても、期待に応えられない男だ。
気まずい空気が部屋の中に流れた。すると監督が僕にも聞こえるような大きな溜息をついて投げやりな口調で言った。
「やっぱ無理だったんだ。いくら飛鳥の頼みでも素人にゃ出来ないってことじゃねぇか? もう今日は諦めようぜ」
監督が撤収を指示しそうになったのを聞いて、早川さんが両手を合わせ、拝むように監督に言った。
「もう一度、もう一度だけチャンスをくれない?」
「もう一度だと?」
今度は監督の言葉に、明らかに怒りの気持ちがこもっていた。
「お前は何を考えてんだ? いいか。ここは遊びの場じゃねぇんだからな。いきなり同窓生だか何だか知らねぇけど連れ込みやがって、それだけでも異例中の異例だってのに……それを男の代わりまでさせろなんて。お前は何を考えてんだ」
監督は語気も荒く一気にまくしたてた。さすがに早川さんは小さくなって聞くばかりだったのだが、あの年配の女性が割って入って来た。
「まぁ、まぁ監督。そう目くじら立てないで。今日一日を棒に振るとどれだけ赤字が出るかは監督がよく知っているじゃない。だったらノーギャラで使える男がいるなら、もう一度ぐらいチャンスがあったっていいんじゃないの?」
監督はまだ納得できない様子だったが、やがて傍にあった上着を肩に背負うように掛けるとカメラの男に向かって言った。
「おい。コーヒー行くぞ」
「そうですね。ちょっと時間を潰しますか」
さらに監督は若い男にも言った。
「お前も行くか?」
若い男はこんな状況には慣れているのか、「ウッス」と一言うと監督の後に続いた。監督は部屋を出る時に、僕達に言った。
「しばらくは使い物になんねぇだろううから、休憩な。そっちの準備が出来たら連絡をくれ」
「はぁい」
年配の女性が茶化すように答えていた。
「取りあえずリハってことで、最初の絡みの所をやってみて」
僕の体に緊張が走った。
早川さんはキッチンのシンクの前に僕に背を向けて立っている。僕はその背後から彼女を抱きしめ、胸を揉みながら首筋を舐め上げるシーンである。僕の鼓動は次第に早くなっており、全身が火照るような感じだった。
「じゃあ、行くよ。ヨーイ、ハイ!」
僕は大きく深呼吸すると静かに早川さんの後ろに回り、監督やあの女性の視線を感じながら機会をうかがった。
早川さんの肩が一瞬ピクリと動いた。それが合図であったかのように、僕は早川さんを背後から抱きしめた。彼女の女優としての声が聞こえた。
「な、何をするんですか!」
僕はもう必死だった。とにかく彼女の胸を……三年間ずっと憧れ続けた早川さんの胸を揉みあげた。すると早川さんが僕だけに聞こえる小さな声で言った。
「もっと激しく、もっと揉んで!」
僕はロボットのように揉みあげる手に力を込めた。薄いシャツを通して早川さんの胸の柔らかさが伝わって来た。
やがて早川さんの口から「ああ……」などと、艶めかしい声が聞こえたかと思うと、彼女はカメラの方からは見えないように僕の手をスカートの中に導くと、小さな声で言った。
「私の下着の中に手を入れるのよ」
その一言で僕の体中の血液が逆流したような感じだった。そして次の瞬間、僕は思わず呻いていた。
「う……」
僕の動きが止まってしまった。早川さんも同じように止まっていた。
数秒ほどの間があった後、監督が言った。
「どうした?」
僕は力無く早川さんから離れた。僕は射精してしまったのだ。
早川さんがまた小さな声で訊いた。
「どうしたの?」
僕はぎこちなく彼女から体を離すと、今にも泣きそうになってしまった。ことも有ろうに、肝心な所で早川さんに恥をかかせてしまったようで申し訳ない気持ちと、男として務めを果たせなかった気恥ずかしさが一度に僕を襲ったのである。
「ごめん」
僕はそう言うのがやっとだった。しかし、早川さんは僕に何が起こったのか分かったようで、思わずうな垂れてしまった僕に優しく言った。
「気にしないで。よくあることだから」
「でも……」
よくあることだから……そんな風に言われても、僕には何の慰めにもならない。少なくとも僕の人生の中で、まさに初めての経験をしたのだから。
早川さんは落ちこむ僕を気遣ってくれた。
「本当に気にしなくてもいいの。桐野君はプロじゃないんだから、落ち込むことなんてないのよ」
早川さんにそんな風に言われると余計に悲しくなる。本当に僕は何をさせても、期待に応えられない男だ。
気まずい空気が部屋の中に流れた。すると監督が僕にも聞こえるような大きな溜息をついて投げやりな口調で言った。
「やっぱ無理だったんだ。いくら飛鳥の頼みでも素人にゃ出来ないってことじゃねぇか? もう今日は諦めようぜ」
監督が撤収を指示しそうになったのを聞いて、早川さんが両手を合わせ、拝むように監督に言った。
「もう一度、もう一度だけチャンスをくれない?」
「もう一度だと?」
今度は監督の言葉に、明らかに怒りの気持ちがこもっていた。
「お前は何を考えてんだ? いいか。ここは遊びの場じゃねぇんだからな。いきなり同窓生だか何だか知らねぇけど連れ込みやがって、それだけでも異例中の異例だってのに……それを男の代わりまでさせろなんて。お前は何を考えてんだ」
監督は語気も荒く一気にまくしたてた。さすがに早川さんは小さくなって聞くばかりだったのだが、あの年配の女性が割って入って来た。
「まぁ、まぁ監督。そう目くじら立てないで。今日一日を棒に振るとどれだけ赤字が出るかは監督がよく知っているじゃない。だったらノーギャラで使える男がいるなら、もう一度ぐらいチャンスがあったっていいんじゃないの?」
監督はまだ納得できない様子だったが、やがて傍にあった上着を肩に背負うように掛けるとカメラの男に向かって言った。
「おい。コーヒー行くぞ」
「そうですね。ちょっと時間を潰しますか」
さらに監督は若い男にも言った。
「お前も行くか?」
若い男はこんな状況には慣れているのか、「ウッス」と一言うと監督の後に続いた。監督は部屋を出る時に、僕達に言った。
「しばらくは使い物になんねぇだろううから、休憩な。そっちの準備が出来たら連絡をくれ」
「はぁい」
年配の女性が茶化すように答えていた。