第5話 どうする?

文字数 2,755文字

 週明けの月曜日、僕は仕事場の倉庫に行くと、ある決意を持って宮崎君を探した。
 宮崎君は今年採用になった新人で本来は営業部の人間なのだが、新人研修の一環で全ての部所を経験することになっており、今週末までは倉庫での研修だった。

 僕が彼を探したのは彼が自己紹介の時に、自分はあるアイドルグループのファンだと公言し、追っかけをやっていると自分を偽ることなくカミングアウトしていたからだった。
 アイドルの追っかけをやっているくらいだから、目当てのメンバーへのアクセスの仕方を知っているのではないかと思ったのである。
 相手が分からない制作会社にいきなり連絡するよりは、宮崎君に訊く方が僕にとっては遥かに気が楽だった。

 宮崎君は今入荷したばかりの荷物の検品作業を行っていた。

「あのぅ……宮崎君。おはよう」
「あ、桐野さん。おはようっス! 今日もよろしくお願いします」

 宮崎君は驚いていた。それはそうだと思う。彼が研修に来てから僕が彼と会話を交わしたのは最初の挨拶と、倉庫内の説明だけである。そんな僕が声を掛けたのだから、誰だって驚くと思う。

「うん。こちらこそよろしく。倉庫研修もあと少しで終わりだから、頑張って」
「はい。あザーっス!」

 さすが営業志望の新人だけあって、言葉の端々や態度の一つ一つにもメリハリがあって、何とも清々しい。僕の新人の頃は毎日毎日、いつ怒られるのかとビクビクしてばかりだったので、今の宮崎君は宇宙人のように見えた。

「それで宮崎君さぁ、ちょっと尋ねたいことがあるんだけど、いいかな」

 彼は持っていた端末機を操作する指を止めて僕の方を不思議そうに見た。

「何ですか? 改まって」

 僕は誰かに聞かれたらまずいと思い、早々に目的を彼に告げた。

「うん。まぁこここじゃ何だから、お昼一緒にどうかな。ご馳走するよ」
「えっ!」

 宮崎君はさらに驚いていた。『倉庫の番人』から声を掛けられたばかりでなく、食事に誘われたのだから、当然の反応かもしれない。しかし、驚いていたのは彼だけではなかった。
 何しろ僕が誰かを食事に誘うなど、生まれてから今日まで一度あったか、どうかくらいのものである。僕自身がよく彼を食事に誘えたなと、自分自身に驚いていたのである。早川さんに会う為に、それだけ必死だったということだろう。

 宮崎君はどこか照れた感じで言った。

「そ、そうですかぁ? じゃあお言葉に甘えて……でも、桐野さんの尋ねたいことって何んスか? 気になるんスけど」
「そんな……大した話じゃないから、安心して」

 僕はまさかアイドルに近づく方法が知りたいなどと問われるなど、考えもしないであろう宮崎君に申し訳ない気持ちだった。しかもそのアイドルというのがAV女優なのだからなおさらである。僕はどう訊きだしたらよいのか考えるのだった。


 昼休み。僕達は近くのファミレスでランチを取った後、食後のコーヒーを飲んでいた。
 さすがに交わす会話も少ない殺伐とした食事に、げんなりしている宮崎君に僕はおもむろに尋ねた。

「み、宮崎君はアイドルの追っかけをやっているんだってね」
「そうです。銀嶺少女隊のアッキー……桐野さんも知っているでしょう」

 彼は一瞬にして目を輝かせ、それだけで自分の世界に入ったように思えた。
 宮崎君とはそんなに年齢は変わらないのだが、彼のアイドルに対する熱量は僕の理解の範疇を超えている。そこまで入り込める宮崎君が羨ましかった。

「あ、そぅ。そうなんだ。それで訊きたいんだけど、君は彼女達にアクセスする時、どうやって近づくのかな」
「アクセス? それはどういう意味スか?」
「深い意味は無いよ。例えば、その子に会いたいと思ったらどうするのかな」

 宮崎君はコーヒーにミルクをさらに足すと、スプーンで回しながら言った。

「そうですね。俺だったら、グループがいつどこでライブをするかをネットのスケジュールで確認しますね。後はそこに行くだけです。握手会だったら整理券が必要ですからCD買ったり、ファンクラブのポイントを集めたり……そんな感じスかね」
「そうかぁ、そういう手もあったなぁ」

 しかしAV女優が、いつどこで撮影なんて公表するとは思えないし、握手会があったとしても、堂々と名乗り出るには相当な勇気がいる。もう少し簡単で手軽な方法は無いものだろうか。僕はさらに尋ねた。

「でも、それじゃあ随分と君自身の負担になっているんじゃないの? 金銭的な問題もあるだろうし、時間的な問題もあるだろうし、もっと気軽にコミュケーションが取れる方法はないのかな」

 僕はそう言いながら、なんとつまらない質問をしたものだと、激しく後悔した。彼は『大ファン』だと口にしてはばからないのである。そんな人間が金や時間を惜しむはずがないのである。
 案の定宮崎君はそろそろ僕が何を知りたいのか気になりだしたようで、やけに目付きが疑いのそれになってきた。

「そりゃ、無いこともないスすけど……桐野さんの会いたい人って誰なんスか?」
「あ、いや、それは……」

 いきなり来た直球に、僕は焦った。

「まぁ、アイドルってほどじゃないけど、そこそこ有名人なんだよ。でも多分宮崎君は名前を聞いても知らないと思うけど」
「本当ですか? 教えてくださいよ」
「いや、だから、それは今度……上手く会えたらね」
「滅茶苦茶気になるな。仕事一筋の桐野さんに、そんな人がいるなんて」

 仕事一筋? 僕はそんな風に見られていたのだ。しかし考えてみればそうかもしれない。普段はほとんど誰とも会話せずにパソコンの管理画面ばかり眺めているのだから、新人の宮崎君にそんな見られ方をされても仕方がないだろう。

 僕は半分すがる思いでもう一度尋ねていた。

「だから、手っ取り早く会おうとするなら、どうすればいいのかな」

 宮崎君はコーヒーを一口飲んでから答えてくれた。

「そうですねぇ。手っ取り早くってことになると、やっぱSNSですかね」
「SNS?」
「そうです。今じゃアイドルは勿論ですけど、ちょっとしたタレントなら大抵はSNSをやっていますからね。ブログとかインスタとか、調べれば出てくると思いますよ。そうしたらコメントでも入れたらどうです? もしかすると返信してくれるかもしれませんよ。そして会える会えないはそれからですよ」
「本当? 返信してくれるの」
「本当ですよ。まめなアイドルは必ず返してくれますよ。まぁ、それが彼女達の営業と言えば営業なんでしょうけどね」

 宮崎君はそう言って笑った。

 僕は確かにその手はアリだと思った。この方法なら直接顔を見ることも無いのだから、僕のような暗い人間には最適かもしれない。ただ問題は、彼女がネット上に自分のサイトを開いているかどうかである。

 僕は宮崎君と会社に戻る途中ずっとスマホを握りしめるのだった。
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