第14話 有休

文字数 1,297文字

 五日後、昼食を済ませた昼休み。僕は何をするでもなく、倉庫の脇にある花壇の縁に腰かけて空を見上げていた。五日経った今、僕の頭の中には前よりも存在が大きくなった早川さんがいる。
 こんなに気持ちが晴れやかな日が続くのは初めてかもしれない。いつまでもこんな気持ちでいられたらとは思うものの、気持ちが落ち着くとまた頭をもたげてくるのが、どうして早川さんはAV女優という道に進んだのかという疑問である。

 あくまで早川さん個人の問題なので、僕がとやかく言えるものではないことはよく理解しているつもりだ。しかしやっぱり考え出すと、何かとんでもないことが彼女に起こったとしか考えられない。
 この前尋ねた時には上手くかわされた。早川さんにしてみれば知られたくない過去なのだろうか。でも、あの時の彼女には過去の悲壮感を引きずる様子は全く感じられなかった。
  
 僕が勝手に話を深刻にし過ぎているのだろうか。だとしたら、取り越し苦労であってほしいと願うばかりだ。僕は思わず溜息をついていた。その時、僕のスマホが唸った。早川さんからだった。

「はい。桐野です」
「ごめん。お昼だったかな」
「いいえ。食事はもう終わっています」

 今日の早川さんは、この前一緒に飲みに行った時のような明るい声ではなかった。どこか沈んだ暗い感じがした。

「どうかしましたか?」
「ううん。何でもないわ。それでね、桐野君」
「はい」
「今度の金曜日ってお休みは取れる?」
「今度の金曜日ですか?」

 僕はあの焼鳥屋で、早川さんが僕に平日に休みは取れるのかと訊かれたことを思い出した。

「大丈夫です。今日中に届を出せば間に合います」
「ごめんね。無理言って」
「いいです。気にしないでください。それで、金曜日には何があるのですか?」

 少し間があった後、早川さんの妙に落ち着いた声が聞こえた。

「ちょっと付き合ってくれない?」
「どこかに行くのですか?」
「うん」
「どこですか?」
「それは会った時に話すわ」

 僕はこの前の飲み会の後、早川さんが「いい物を見せてあげる」と言ったことと関係あるのかと思った。

「それはこの前、僕に見せたいものがあるって言っていたあの件ですか?」
「そうね。関係があると言えばあるわね」
「そうですか。じゃあ、僕はどこに行けばいいですか?」

 また少し間が空いた。早川さんは何か考え事をしながら話しているのだろうか。どうもいつもと勝手が違うような気がしてならなかった。

「早川さん。本当に大丈夫ですか? 今日は何だかおかしいですよ」
「そ、そうかしら。私はいつもと変わらないけど……じゃあ待ち合わせの場所だけど、後で集合場所の地図を送るから午後一時にお願い」
 僕は彼女の『集合場所の地図』という言葉がやけに仰々しく聞こえ、ただことではない雰囲気を感じたのだが、相手はあの早川さんである。僕の勝手な思い込みなのだと思った。
「午後の一時ですね。分かりました」
 早川さんの電話が切れてしばらくしてメールが届いた。そこにはあるマンションの住所と現地までの地図が添付されていた。
 ここで早川さんは、僕に一体何を見せてくれるのだろう。期待半分、怖さ半分の中途半端な気分だった。
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