第21話 絶対に無理!
文字数 1,605文字
すると早川さんが僕の肘を引っ張って言った。
「ねぇ、桐野君」
「はい」
「桐野君。やってみない?」
「はい?」
「だから、男優の代わりをさ」
僕は早川さんが何を言い出すのかと、彼女の顔をまんじりと眺めた。そこには洒落や冗談ではないぞと、真剣な眼差しの早川さんの瞳があった。
「早川さんは、何を言っているんですか?」
「何をって……そのままよ。桐野君に代役を頼んでいるのよ」
僕と早川さんの会話が話し込んでいる三人の耳にも聞こえたのか、監督が僕達の前まで来て声を荒げた。
「馬鹿言ってんじゃねぇよ。素人に代役が出来る訳ねぇだろう。飛鳥もいい加減なことを言うんじゃねぇ」
さすがに現場の責任者である。言葉の端々に苛々する気持ちと、何とかしなければならないという気持ちが表れていた。監督はあの女性に訊いた。
「すぐに来られる男はいねぇのかよ」
「さっきから手配しているけど、皆出払っていて……」
「ったく! 何で今日なんだよ」
監督は大きく舌打ちをしていた。
さすがにその場の緊張感は僕にも伝わり、情けないことに僕は早川さんの影になるように身を小さくしながら彼女にそっと訊いた。
「男優さんの代わりって……そんなにいないのですか」
早川さんも声を落として、三人には聞こえないように答えた。
「そうよ。女優は星の数ほどいても、男優は全然少ないのよ。誰だって出来る仕事じゃないからね」
僕には意味が分からなかった。下世話な考えだけれど、女優相手の演技とは言え、それなりに魅力的な女性とセックスが出来てそれで稼げるなんて、ある意味男の仕事としては最高ではないだろうか。
それを誰でも出来る仕事ではないと言うには、何か特別な意味があるような気がした。
「どうして誰でも出来る仕事じゃないのですか?」
僕は何の下心もなく、素直な気持ちを早川さんに尋ねたつもりだった。しかし、それを小耳にはさんだあの女性が、厳しい目つきで僕に言った。
「あのね。何も知らないあんたを責める気はないけどさ。この世界の男優ってのは『立って』なんぼなの。撮影中にあそこが使い物にならなかったら話にならないの。それくらいはあんたでも分かるでしょう」
僕にもようやく理由が分かった。僕は今まで女性が自分の身を晒すことに抵抗は無いのかなどと、女性中心で考えていたが、AV作品には男性も不可欠なのである。当然のことだが、男性も自分の全てを曝け出すわけで……しかもそれを見ず知らずの人間のいる前でやるわけだから、そのプレッシャーは相当なものだろう。そしてプレッシャーが大きければ大きい程、肝心な時に股間が機能しないという理屈も分かる。
そんな重圧には耐えられない僕には到底できない仕事だと思った。しかし早川さんはそんな風には全く思っていないようで、また僕を誘ってきた。
「ねぇ桐野君、お願い。考えてみて」
「でも、そんな……だったら監督さんとか、あの若いスタッフも男じゃないですか。あちらに頼んだ方がいいんじゃないですか?」
「それはダメ。スタッフが女優と係わったらいけないの。これはルールなの」
「そんな風に言われても……」
監督達は僕のことなど全く眼中に無く、三人でまだ話し込んでいた。
すると早川さんがいきなり僕の手を握りしめた。
「ねぇ桐野君。私は桐野君なら抱かれてもいいと思っているの」
「えっ!」
これは早川さんなりの告白だろうか。いきなり聞こえてきた言葉に僕は耳を疑った。
「な、何を言うんですか。そんな冗談はやめてください」
しかし早川さんは握りしめた手にさらに力を込めて言った。
「AV女優なら相手が誰でもいいと思っていたなら、それは大きな間違いよ。桐野君に嫌いな上司や同僚がいるように私達にも気が向かない相手はいるのよ。そんな相手が来たとしても私達は撮らなきゃならない。これって凄いストレスじゃない?」
「それは、まぁ……」
「だから桐野君に頼んでいるの」
何とも凄まじい会話だと思った。
「ねぇ、桐野君」
「はい」
「桐野君。やってみない?」
「はい?」
「だから、男優の代わりをさ」
僕は早川さんが何を言い出すのかと、彼女の顔をまんじりと眺めた。そこには洒落や冗談ではないぞと、真剣な眼差しの早川さんの瞳があった。
「早川さんは、何を言っているんですか?」
「何をって……そのままよ。桐野君に代役を頼んでいるのよ」
僕と早川さんの会話が話し込んでいる三人の耳にも聞こえたのか、監督が僕達の前まで来て声を荒げた。
「馬鹿言ってんじゃねぇよ。素人に代役が出来る訳ねぇだろう。飛鳥もいい加減なことを言うんじゃねぇ」
さすがに現場の責任者である。言葉の端々に苛々する気持ちと、何とかしなければならないという気持ちが表れていた。監督はあの女性に訊いた。
「すぐに来られる男はいねぇのかよ」
「さっきから手配しているけど、皆出払っていて……」
「ったく! 何で今日なんだよ」
監督は大きく舌打ちをしていた。
さすがにその場の緊張感は僕にも伝わり、情けないことに僕は早川さんの影になるように身を小さくしながら彼女にそっと訊いた。
「男優さんの代わりって……そんなにいないのですか」
早川さんも声を落として、三人には聞こえないように答えた。
「そうよ。女優は星の数ほどいても、男優は全然少ないのよ。誰だって出来る仕事じゃないからね」
僕には意味が分からなかった。下世話な考えだけれど、女優相手の演技とは言え、それなりに魅力的な女性とセックスが出来てそれで稼げるなんて、ある意味男の仕事としては最高ではないだろうか。
それを誰でも出来る仕事ではないと言うには、何か特別な意味があるような気がした。
「どうして誰でも出来る仕事じゃないのですか?」
僕は何の下心もなく、素直な気持ちを早川さんに尋ねたつもりだった。しかし、それを小耳にはさんだあの女性が、厳しい目つきで僕に言った。
「あのね。何も知らないあんたを責める気はないけどさ。この世界の男優ってのは『立って』なんぼなの。撮影中にあそこが使い物にならなかったら話にならないの。それくらいはあんたでも分かるでしょう」
僕にもようやく理由が分かった。僕は今まで女性が自分の身を晒すことに抵抗は無いのかなどと、女性中心で考えていたが、AV作品には男性も不可欠なのである。当然のことだが、男性も自分の全てを曝け出すわけで……しかもそれを見ず知らずの人間のいる前でやるわけだから、そのプレッシャーは相当なものだろう。そしてプレッシャーが大きければ大きい程、肝心な時に股間が機能しないという理屈も分かる。
そんな重圧には耐えられない僕には到底できない仕事だと思った。しかし早川さんはそんな風には全く思っていないようで、また僕を誘ってきた。
「ねぇ桐野君、お願い。考えてみて」
「でも、そんな……だったら監督さんとか、あの若いスタッフも男じゃないですか。あちらに頼んだ方がいいんじゃないですか?」
「それはダメ。スタッフが女優と係わったらいけないの。これはルールなの」
「そんな風に言われても……」
監督達は僕のことなど全く眼中に無く、三人でまだ話し込んでいた。
すると早川さんがいきなり僕の手を握りしめた。
「ねぇ桐野君。私は桐野君なら抱かれてもいいと思っているの」
「えっ!」
これは早川さんなりの告白だろうか。いきなり聞こえてきた言葉に僕は耳を疑った。
「な、何を言うんですか。そんな冗談はやめてください」
しかし早川さんは握りしめた手にさらに力を込めて言った。
「AV女優なら相手が誰でもいいと思っていたなら、それは大きな間違いよ。桐野君に嫌いな上司や同僚がいるように私達にも気が向かない相手はいるのよ。そんな相手が来たとしても私達は撮らなきゃならない。これって凄いストレスじゃない?」
「それは、まぁ……」
「だから桐野君に頼んでいるの」
何とも凄まじい会話だと思った。