第52話

文字数 3,432文字

「ところで、マイルドはいつからシーナさんの仲間に?」

「アスタが〈ラディア〉を支配する世界に変わってからだね。彼の政治は差別的で、気に入らなかった。僕は研究者として培った能力を、アスタと敵対するシーナの役に立てられないかと思い、革命軍の門を叩いた」

「研究とは関係の無い、スパイ活動の担当にされてしまったな」

「いや、シーナの選択は的確だったよ。アスタが各地に設けた拠点や施設の仕組みは、魔法に詳しい者でなければ理解が難しい。いつか起こる革命の日に備えて、敵側の使う魔法兵器や防御システムなどに関する情報を細かく把握しておく必要があるので、潜入部隊員は、それらについて研究していた僕に適している。けれど、僕がミスを犯してしまったせいで、仲間のリディアを失ってしまった……」

 マイルドがここで集めた情報は、必ず仲間の助けになる。

 だが、情報を得るために代償を支払ったことを、マイルドは後悔している様子だった。

「保護団の拠点に潜入したのは、お前とリディア、ヒュドラさんの二人と一匹だけなのか?」

「うん。もう、仲間はヒュドラしかいない……」

 心細いのはマイルドも同じ。その気持ちに共感した俺は、彼を元気づけるために、「俺もいるだろ」と胸を叩いた。

「魔法も格闘技も使えない、ただの人間だが、調理器具の扱いは得意だ。いざという時は、包丁を振り回して暴れてやる」

「……ありがとう」

 冗談とも聞き取れるその言葉に、マイルドは真面目な顔で頷く。そして、休憩終わり、と膝を叩き、立ち上がった。

「今、作戦を思いついたよ。匠汰君とヒュドラを拠点の外へ出す方法だ」

 そう言われて、俺の中に一瞬、嬉しさが現れたが、すぐに何かおかしいことに気がついた。

 拠点の外に出るメンバーの中に、マイルドが入っていない。

 マイルドもレオニと同じことをする気がして、俺は心配になった。

「マイルド。何をする気だ?」

「モモとの対決は避けられない。匠汰君もわかっているだろう。それに……」

 マイルドは窓の方へ目をやった。

「外が騒がしくなってきた。僕たちがここにいることは、モモには筒抜けだ。彼女が他の仲間に居場所を伝え、すぐそこに集まるよう指示した可能性が高い」

「包囲されているってことか?」

「恐らくね」

 だが、マイルドの転移魔法で別の場所に移動すれば、連中の行動は無駄足で終わる。モモとの対決に比べたら、大した問題ではないだろう。

 しかし、マイルドは俺と違い、この状況を深刻に捉えているようだ。

「闘技場でのこと、覚えているかな?」

「どの場面の話だ?」

「君が初めて見た試合の話だよ。あの時、闘技者がリングから出て観客を襲わないように、魔法の結界を張り巡らせていただろう?」

 レオニとウローの試合で、今、マイルドが言った通りのことが起こった。

 マイルドが俺に伝えたいのは、あのリングみたいに、魔法の結界で逃げ道を塞がれるかもしれない、ということだろうか。

「結界が張られたら、転移魔法を使えなくなるのか?」

使えなくなる。そうなったら、僕たちは袋のネズミだ」

 確かに、それはヤバい。

「なら、早く転移魔法を使ってくれ! 逃げ場が無くなる前に!」

「わかっている。けれど、結界を張るために魔法使いがここに集められたのだとしたら、恐らく、僕たちがどこへ行っても、結界を張られてしまうだろう。敵は、僕たちの百倍は多いんだ」

 相手もこちらと同様、誰かが唱えた作戦の下、行動しているのだ。

 俺たちが逃げ回っている間に守備を固められてしまったのなら、もう、打つ手が無いではないか。

「おいッ! 俺様たちは、どうなっちまうんだぜッ!?」

 珍しくヒュドラが焦っている。

 人間もモンスターも同じだ。〈追い詰められる〉という状況は、精神的にキツイものがある。

「大丈夫だ。僕がなんとかする」

 マイルドはまだ折れていない。

 だが、気になるのは作戦の内容だ。

 俺とヒュドラだけを拠点の外へ出せる作戦とは、裏を返せば、マイルドだけ助からない作戦ということではないか。

「マイルド、

だけはダメだ」

「他に選択肢は無いよ。シーナのこと、よろしく頼む」

 説明の無いまま——いや、説明する必要が無いのだろう。

 間違いない。マイルドは、自分を囮にして、俺とヒュドラだけを逃がすつもりなのだ。

「おやおや~? ウチと戦う覚悟を決めたっぽいね~」

 マイルドの魔法で転移した場所は、ブリードとの鬼ごっこを開始したスタート地点。

 抜け道の出口で立っているモモは、余裕たっぷりの笑みを浮かべて、マイルドにひらひらと手を振って挑発した。

 先回りされていることは、マイルドの中では想定の範囲内。マイルドは驚くことなくモモに突進し、彼女の身体に触れたと同時に、姿を消した。

「……え?」

 モモとマイルドがいた場所に視線を向けたまま呆然とする俺の背に、ヒュドラがタックルをぶちかました。

「何ボーっとしているんだぜッ! 早く外に出るんだぜッ!」

 思考がまとまらず鈍い反応をする俺を、ヒュドラが無理矢理、体当たりで拠点の外へ押し飛ばした。

 人工ではない、本物の太陽の明かりに照らされ、俺は目を細めた。

 気持ちのいい風が吹く原っぱが広がっている。後ろには、網模様の結界が張られた、洞窟の出口があった。

「そ、そんな……!」

 徐々に状況を理解し、俺は震えた。

 マイルドは、モモと一緒に拠点内のどこかへ転移したのだ。

 そのあとすぐ、洞窟の出口に結界が張られたので、もしもあのまま俺がボケーっとしていたら——ヒュドラに押し出されなかったら、二度と外に出られなくなっていた。

「マイルドは、俺たちのために……」

 俺をシーナに会わせる約束を、マイルドは守れなかった。

 だが、俺が自力でシーナに会えば、マイルドの願いは叶ったといえる。

 立ち止まるわけにはいかない。俺は表情を引き締め、ヒュドラに言った。

「案内してください。シーナさんの居る場所へ」

「わからんッ!」

 ヒュドラはブルンと身を震わせた。

「シーナとその仲間たちが使っている拠点は、定期的にアスタの軍に攻撃されて、場所をコロコロ変えているとマイルドが言っていたぜッ!」

 マイルドがいないのは厳しい、とは思わなかった。

 彼が身を犠牲にして俺とヒュドラを助けたというのに、まだ頼るなんて、そんな甘えは許されない。

「なら、私たちで探し出しましょう」

 この広い世界のどこかに、シーナは必ず居る。

 俺とヒュドラが脱走したという情報が敵側に広まり、追手が現れて殺される前に、必ずシーナと会う。

 歩き出そうとした俺の背に、ヒュドラの「もしかしたら……」という呟きが聞こえ、ストップする。

「何か、思い出したのですか?」

「マイルドが、シーナの居場所について、なんか言ってた気がするぜッ!」

「本当ですか!?」

 いつ聞いた話なのかわからないが、ヒントを知っているなら話してほしかった。

「教えてください! シーナさんは、どこにいるんですか!?」

「多分、〈セクト島〉だぜッ!」

 〈セクト島〉。〈ラディア〉の〈三大危険区域〉の一つで、数ある〈危険区域〉の中で唯一、〈魔導機〉が設置されていない島だ。

「マイルドが前に言っていたぜッ! 『〈セクト島〉は、アスタも攻め入ることが難しい場所だ』ってッ!」

「モンスターだけの国を築いているんですよね。そこの王が、カスタ王と不戦の契約を結ぶほどの強者だと、十年前にシーナさんから聞きました」

「ミルマルカリネだなッ! 別名、〈モンスターの女王〉ッ! シーナはモンスターたちと徒党を組んで行動しているから、ミルマルカリネを味方に引き入れた可能性が高いぜッ!」

 モンスターに差別的扱いをするアスタを、〈セクト島〉の女王は嫌っているに違いない。

 互いの利害が一致し、アスタ政権を潰すために同盟契約を結んでいることは十分に考えられる。

 それに、アスタが警戒するほどの場所なら、〈セクト島〉は隠れ家として最適だ。

「ヒュドラさん。〈セクト島〉へ行きましょう」

「よしッ! 道案内は任せるんだぜッ!」

 俺はもう一度、保護団の拠点を見た。微かに闘争の音がする。モンスターの雄叫び、剣と剣を打ち合わせたような金属音。そして、誰のものか判別できない悲鳴。俺の頭に、マイルドとレオニの姿が浮かんだ。


 ……大丈夫だ。心配ない。きっと、マイルドは生き延びる。レオニさんも、ブリードに勝つ。


 仲間たちの無事を祈り、俺は、ヒュドラとともにシーナ捜しの旅を再開した。
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登場人物紹介

シーナ。本作のヒロインで、魔法使いの女の子。


モンスターと仲良く暮らせる世界を夢見ている。

アッシュ。マイペースな女性。


悪い奴ではない。

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