第21話

文字数 3,861文字

 雄叫びを上げながら、俺は、これまで何度も命を救ってくれたジャケット(シンから貰ったやつ)を盾に突進した。

「なんとも、奇妙な奴だ。お前からは一切、魔力を感じ取れない。魔法の才の無い、無能か。それとも、あえて魔力を隠し、隙を見計らっているのか……」

 フォルは、「魔法が使えないただの人間が特攻してくるわけがない」と俺の行動に裏があると勝手に考察している様子だ。

 警戒心が俺に向いている今が、逃げ出すチャンス。なのにシーナは何もしない。

 俺が、仲間を助けるための犠牲になることに納得できないのだろうか。

 いや、すんなり「はい」と言う方が難しい問題だ。逆の立場——例えばシーナが今の俺と同じ役割を請け負ったとして、俺は、その行動、考えに猛反対する。

 気持ちはわかるのだ。けれども、そこをなんとか納得してもらって、仲間たちには、生きてそれぞれの夢を叶えてもらいたい、というのが俺の想いなのだが……。

「無茶だ! ショウは魔法が使えない〈流れ者〉なのに!」

 アッシュの叫びを聞いたフォルの口元が、くにゃっと嫌らしく曲がった。

 絶対、気づかれた。アッシュのせいで、俺の作戦がパーになった。

「いや、バラしたら意味無いやないかいッ!?」

 俺は突進を止めた。

 今、はっきりわかった。アッシュを俺たちのパーティーに加えたのが、一番の過ちだったのだ。

「馬鹿な仲間を持つと苦労するな」

 作戦を知られたうえ、同情までされてしまった俺は、ショックでその場から動けなくなってしまった。

 そんな俺に、フォルはゆっくりと右の掌を向ける。

「私が解放してやろう。苦労も何も無い、無の世界へと一瞬で連れて行ってやる」

 掌を向けられた、それだけで俺は全身に焼けつくような痛みを覚えた。

「骨も残さん。跡形も無く消え去れ」

「させないッ!」

 背後から聞こえたシーナの声。同時に俺は、今度は背中に圧力を感じた。

 気がつくと俺は床にうつ伏せに倒れ、全身、水浸しになっていた。

 身体中にあった、焼けつくような痛みは消えている。

 何が起こったのかわからず呆ける俺に、シーナが叫ぶ。

「お兄さん下がって! 私がやる!」

 やるって、何をだ。俺の頭の中に「(はてな)」が浮かぶ。

「全身を魔力の爆発で吹き飛ばそうとしたのだが、邪魔が入ったな。その男の全身に付着させた魔力の起爆粉が、綺麗に洗い流されてしまったよ。炎ではなく、爆破を選んだことに気づくとは、さすがは

の娘といったところか」

 フォルがシーナを認めるような発言をする。

 どうやら、シーナは魔法で生成した水を俺にぶっかけて、フォルが発動させようとした爆破魔法を封じたみたいだ。

 身体についた爆破の素を洗い流した、と俺は簡単に考えたが、実際に魔法で行うのは、かなりの技量が必要とされるらしい。フォルが「さすが」と発言するくらいだから、並みの魔法使いには実行の難しい芸当なのだろう。

「お父さんが、とか。私のお父さんが

だから、とか。そういう言い方されるの嫌いなんだよね……!」

「シーナさん……」

 この子は、これまで何度も多くの人たちから、シンの娘だという理由で強者扱いされてきたのだろう。自分がまるで、父親がいなければ何もできない弱者だと言われているようで、何度も悔しい思いをしたはずだ。

 コンプレックスに触れたフォルに対して、シーナは怒っている。しかし、今この状況で、シーナの怒りスイッチが入ってしまうのはマズい。

「ダメです、シーナさん!」

 我に返った俺は、すぐにシーナの説得にかかった。

「相手の強さは、同じ魔法使いであるあなたが一番わかっているはずです! 戦って、勝ち目が無いことも……」

「うっさい!」

 シーナに怒鳴られ、俺は口を閉じた。

 ダメだ。これは本当にマズい。このままでは全員が死ぬ。

「どうした。何をそんなに怒っている?」

 シーナを不思議そうに見つめながら、フォルは言う。

「私は事実を言ったのだが、何か間違いがあるのか? お前は父親よりも弱い、事実だろう? 〈ディスパーダ〉というだけで周りから大きく見られている、それも事実。違うか?」

 火に油だ。シーナを怒らせる気が無かったとしても、ちょっと考えれば言ってはいけない言葉の区別くらいできるだろう。フォルには、思いやりという感情が無いのか。

「確かに、今の私はお父さんよりも弱い……! けれど、いつか必ず、お父さんよりも強い魔法使いになってみせる! どいつもこいつも、お父さんのことを、〈シーナの父親〉って言わせてみせるッ!」

 シーナはムキになって言い返す。

 そうだ、と俺は頷いた。

 魔法を扱う力も優れているが、俺は、この子が持つ〈本当の強さ〉を知っている。

 シーナには目標がある。その目標へ向かって努力できる心の強さを持った子がシーナなのだ。父親を超えるという目標も、シーナなら絶対に達成できると信じている。

「お前のような大きな夢を持つ者たちを、私は腐るほど目にしている。その大半が、夢半ばで命を落としているという現実も、私は知っている」

 フォルはシーナの言葉を笑わず、ただ淡々と事実のみを語った。

「〈ラディア〉の次期王の候補……。そう呼ばれるようになってから、自称〈最強魔法使い〉を名乗る輩や、私を倒して王の候補者の肩書を手に入れようとする自称〈ベテラン〉が、幾度となく私の前に現れた。奴らは皆、現実を知った後に、この世を去って逝ったぞ。私は、そういった連中を〈馬鹿共〉と呼んでいる。奴らは頭が悪いから、自分が優秀だと勘違いして、超えられない壁を無理に越えようとする。無能であることに気づかず、私のような天才に勝ち目のない勝負を挑む。何故、自分が特別な存在でもないのに、夢を叶えられるという発想ができるのか。私には、まったくもって理解できない」

 戦争を知っている者と、

の語る話の違いがはっきりしているように、フォルの言い分にはリアリティがあった。

 だが、前途ある若者に対して、そんなリアルを真正面からぶつけるのは酷じゃあないのか。

 大人なら、夢を追う若者を応援してあげるのが正しい対応なのではないのか。

「う、うぅ……うるさいッ! 黙れッ!」

 シーナが、今にも泣きそうな声で叫ぶ。

 勢いに任せて放った光の球体は、フォルの指で弾かれ、空中で砕け散った。

「ほら見ろ。この程度だ。世の中には根性だけではどうにもならない問題がごまんとある。お前の夢も、その一つだ」

「う、うぅ……」

 シーナはついに涙を流した。

 フォルの精神攻撃によって、心を折られてしまったのだろう。

「何故、嘆く? 弱者が弱者であることを自覚するのは当然だろう? お前はたった今、自分が弱者だということに気づいた。自分が何者なのか、知ることができてよかったじゃあないか」

 フォルがパチパチと拍手をした。

「おめでとう。お前は私に挑んできた〈馬鹿共〉とは違う。自分が無能であることに気づくことができた、馬鹿より少し上の馬鹿だ」

「ヒッヒッヒ! ちょい馬鹿♪ ちょい馬鹿♪」

 老婆の癇に障る声と、乾いた手拍子の音に呼応するように、俺は立ち上がった。

 もう、目の前にいる連中には恐怖など感じない。

 俺は今、人生で一番、キレていた。

「ふざけるな……! お前らは馬鹿よりも格下のクズだッ!」

 老婆は俺の大声にビクッとし、フォルは大きく目を見開いた。

「天才だろうが凡人だろうが、夢を追うのは個人の自由だろうがッ! お前らに他人の夢をどうこう言う資格はないッ!」

「……何を言っているんだ。この男は?」

 フォルは呆れた様子で言う。

「お前が何故、怒っているのか理解できん」

「だろうなッ! お前は相手の立場に立って考えられない、想像力の乏しい馬鹿だからなッ!」

「……? いや、本当にわからんぞ。想像力が無いのはお前の方だろう。私にそうやって啖呵を切ったところで、私に殺されるという未来は変わらない。お前がそうすることに、なんの意味があるのか教えてくれ」

「お前、人としての心を失ったモンスターかッ!?」

「……モンスター?」

 フォルの深紅の目に、ギラリと光が点いた。

「今の発言は不愉快だ」

「え、えぇ? な、ななな、何? ふ、不愉快だって?」

 フォルから浴びせられた殺気に、俺の勢いが殺された。

 冷静に考えると、俺は今、怒りに任せてとんでもなくヤバい相手に暴言を吐きまくっている。

「私は、モンスターなどという野蛮な生物ではない。モンスターと人の個性を受け継いだ、神に選ばれた存在なのだ」

「……何言ってんだ、お前?」

 フォルは俺のことが理解できないみたいだが、俺はフォルのことが理解できない。

 何やらお怒りモードに入った様子だが、怒りの火種はなんだったのか。

「ショウ……。今のは、あの人に対しては禁句だぞ」

 アッシュがコソコソと俺に説明してくれた。

「フォルは、生物の体液を吸う〈ブラド族〉のモンスター〈ヴァンピィ〉と人の間に生まれた、人間とモンスターの半人半魔物(ハーフ)なんだ。あいつは、そんな自分を〈特別な存在〉だと思い込んでいる。だから、モンスターだけとか、人間だけ、みたいな扱いされると機嫌を悪くする」

「人間とモンスターって子供作れるのか!?」

「ああ。……ってことで、あとは頼んだ」

 アッシュは俺を盾にするように後ろへ下がった。

 フォルは両手に見たこともない色の光を纏い、恐ろしい目で俺を睨みながら、

「黙っていれば楽に死なせてやろうと思っていたが、気が変わった。お前は、生きたまま虫に食われるような、恐怖と激痛を伴う方法で殺してやる」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

シーナ。本作のヒロインで、魔法使いの女の子。


モンスターと仲良く暮らせる世界を夢見ている。

アッシュ。マイペースな女性。


悪い奴ではない。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み