第23話

文字数 3,262文字

「行くよ!」

 シーナは、自身の周りに六つの無色透明なシャボン玉に似た形の球体を魔法で出現させた。

「変色魔法で周りをコーティングした玉か。全ての玉の色は同じでも、中身は違う。火、水、氷、雷、爆破、麻痺、の六種類の属性を一種類ずつ封じ込めているようだな」

 フォルは一目でシーナの作り出した球体の持つ効果に気づいた。

 しかし、シーナに焦りはない。効果に気づかれるのは想定の内なのだろう。

 シーナが右手を掲げると、宙に浮かぶ六つの球体が、踊るようにフォル目がけて飛んで行った。

「子供騙しだな」

 フォルは一番先に飛んできた球体を、掌から放った火の玉をぶつけて壊した。次いで水色の玉、電気をほとばしらせる玉、冷気を放つ玉、爆発する玉、と次々と玉を飛ばし、飛んで来る球体を破壊していく。球体同士がぶつかり合うと、火属性なら火の粉が散り、水属性なら水飛沫が散った。

 フォルは、どれがどの属性の球体なのか完全に見切っていた。見た目を変えただけでは、フォルを騙すことはできないのだ。そのことを教えるように、フォルは同じ属性の球体で迎撃しているのだろう。

「最後は麻痺か」

 残っているシーナの球体に、フォルは無色の玉を飛ばした。

 麻痺属性の球体にも、色を変えなければ、見分けがつく色がついていたはず。それなのにフォルが無色の玉を作り出したのは、『その程度の魔法、簡単に真似ができる』という見下した意味を込めたからだろう。

 フォルはそういう奴なのだ。そうやって力量差を見せつけ、相手の精神力を削る。自称、最強魔法使いの鼻っ柱を圧し折る、性格の悪いやり方だ。

 無色と無色がぶつかり、弾ける。割れた球体の中から噴き出した灰色の煙を見て、フォルは目の色を変えた。

「ほう……」

 煙が僅かにフォルの衣服に当たった、瞬間、吹き上がった風によって煙は天井へと飛ばされていく。これは、フォルが魔法で風を起こし、煙を吹き飛ばしたのだと思われる。

「ダメだった」

 シーナは舌打ちした。

「石化の煙か。最後の球体は、麻痺属性魔法と変色魔法の二種類で周りを覆った、石化属性入りの球体だったというわけか」

 煙に当たったフォルの衣服の端が固まって、石ころみたいに床に落ちた。

「子供騙しに、騙されたね」

 シーナのセリフに、フォルは意外にも、素直に頷いた。

「今のは、そうだな。騙された。だが、当たらなければ私は倒せない」

「でも、当たれば倒せる」

「当然だ。不死身の生物など、この世には存在しない」

 ヒュドラは? というツッコミは、口に出さないでおく。

 それよりも、シーナだ。今のはかなり良かった。工夫すれば、必ず攻撃を当てられる。

「……とでも、思っているなら、馬鹿の極みだな」

 俺とシーナは同時に「えっ?」と口を開けた。

「そう何度も子供騙しが通じるわけがないだろう」

「騙されたのが悔しかったのかな? 悪いけど、次もフォルは騙されるよ」

「なら、お前は騙されない自信があると?」

 フォルはパチンと指を鳴らした。すると、広間のあちこちに、豆粒ほどの大きさの無色透明の球体が次々と出現し始めた。


 ……おい。これって、まさか……!


 これがもしも、フォルの、シーナが使用した戦法の

だとしたら、百倍返しくらい力が入っているのではないだろうか。ざっと見て、球体は数百個を超えている。

。ここの広さでは、この数と大きさが丁度良いだろう。あまり作りすぎると、広間を崩壊させる恐れがある」

 まさかの千倍返し。これにはシーナも顔を青くする。

「さて、この六千個の球体をどう使うか。お前にはわかるよな? 様々な属性が付与された無色透明の球体——騙されない自信があるのだろう?」

「お、おいよせ……! やめろッ!」

 俺が叫ぶと同時に、六千個の球体が、一斉にシーナ目がけて飛んで行った。

 シーナの周りで、花火のように様々な色の光が点滅を繰り返し、爆竹の如く爆音が連発する。

 姿が見えなくなるほどのフラッシュの連続。あんなのを食らって、無事で済むはずがない。

 咄嗟に、シーナのもとへ駆け寄ろうとした俺を、アッシュが強引に止めた。

「死ぬから! 近づくなショウ!」

「行かないとシーナさんが死ぬぞ!」

「ヒッヒッヒ! こりゃあ、骨も残らないね!」

「黙れッ! お前は風呂でも沸かしてろッ!」

 老婆に悪態をついた後、俺はハッとなった。

 そういえばフォルは、〈入浴の儀〉がどうとか言っていた。そんなに大切なものならば、

、フォルは取り乱すのではないだろうか。

 俺はモンスターの素材が入れられた大釜へ走った。そして、勢いをそのままに、全力のドロップキックで大釜をひっくり返した。

 ガランガラン、と金属音が広間に響き渡り、大釜の中身が床にぶちまけられる。その音に気づいたフォルは視線を大釜の方へ向け、

「はぅあッ!?」

 目を大きく見開いて、絶叫した。

「私の風呂ォーーーーーーッ!?」

 フォルの球体による、シーナへの集中砲火が止まった。球体は残っているが、全て、空中で静止している。作り出された球体は消えないが、対象にぶつけるためには、フォルが操作しなければいけないのだろう。

 うずくまって攻撃に耐えていたシーナは、全身から血を滴らせながら立ち上がると、今がチャンスとばかりにフォルに接近した。

「ふ、ふ、ふ、風呂ォーーーーーーッ!」

 そんなに大事なものだったのか。フォルは目の前まで来たシーナに気づいていない。 

 シーナは魔法で黄金色の光を放つ短剣を作り出し、その切っ先を、フォルの胸に勢いよく突き刺した。

「ふっ……ボフォッ!?」

 短剣は刀身の根元まで深々と突き刺さった後、光の粒を撒いて消滅した。

 シーナは力尽きたように倒れ、フォルも、短剣に開けられた傷口を両手で押さえながら、仰向けに倒れた。

「ヒッヒッヒ! そんな、フォルさ——」

 フォルに駆け寄ろうとした老婆の足をアッシュは蹴り、スッ転ばせてから、

「おいおい、どこに行こうってんだババア! 一対一だぞ! 勝負が終わるまで加勢はナシだろうが!」

「ヒッヒッヒ! じゃあ、お前の相棒はどうなんだいッ!? 汚い手で、フォル様の意識を……!」

「汚くねえよ。ショウは

だけだ。加勢してねーだろうが」

「ヒッヒッヒ! このクソガキ共がッ!」

 何かしようとした老婆に、アッシュは素早くレイピアの切っ先を突きつけた。

「死にたくなかったら余計なことするなよ」

「ヒッヒッヒ! お、お前、慣れているねぇ……!」

 アッシュから自分と同じ悪党の臭いを嗅ぎ取ったのか、老婆は大人しくなった。


 ……ナイス、アシスト! やるじゃないかアッシュ!


 心の中でアッシュに礼を言い、俺は立ち上がった。

 シーナも立ち上がっていたが、もうフラフラだ。身体中におびただしい傷痕がついている。衣服はマシンガンで撃たれたみたいに穴だらけで、俺から借りたジャケットは、ただの布切れと化していた。

 かなり、ギリギリだったようだ。俺が大釜を蹴り飛ばしていなかったら、シーナは今頃、木っ端微塵に消し飛んでいただろう。

「お、お兄、さん……」

 シーナは視線を俺に向け、数秒見つめ合った後、ちょっぴり不服そうに微笑んだ。俺のサポートがあったから勝てた、と残念な気持ちを抱いているのだろうか。

「うっ……。よ、よくも……!」

「!?」

 胸を押さえたまま立ち上がったフォルを見て、俺は驚愕した。

 老婆は「ヒッヒッヒ!」と高笑いし、アッシュは「マジで!?」と驚きのあまり、レイピアを落としそうになっていた。

「……ちょっと、これはマズいかもね」

 シーナはフォルから後退りした。回復魔法が使えないほど弱っている様子だ。

 対してフォルは、しっかりと回復魔法で胸の傷を完治させ、

「どうしてくれるんだ? 私の〈入浴の儀〉に必要な素材を、お前たちが集め直してくれるのか?」

 終わったと思った戦いは、まだ終わっていなかった。そして——

「いや……もういい。何をしようと絶対に許さん。ここからは



 希望が絶望に変わった。
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登場人物紹介

シーナ。本作のヒロインで、魔法使いの女の子。


モンスターと仲良く暮らせる世界を夢見ている。

アッシュ。マイペースな女性。


悪い奴ではない。

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