第11話

文字数 3,690文字

「ショウ! 何棒立ちしてんだ、危ないぞ!」

 アッシュが叫ぶ。

 うるせえ、と叫び返したいが、俺にはもうそんな気力は無い。

 次またギョロギョロの攻撃が飛んで来たら、ジャケットでガードしても死ぬと思う。異世界でパンブームを起こす野望は、ここで〈了〉だ。

 短い異世界生活だった。

 そしてアッシュ。お前だけは一生恨んでやる。

「コノヤローッ! よくもやりやがったなッ!」

 ドンッ、と。突然、ギョロギョロの体が真横に吹っ飛んだ。

 子供の弾丸は発射されず、俺はトドメを刺されずに済んだ。

「なんだって!?」

 アッシュが悲鳴のような声を上げた。

 俺も内心、「そんな馬鹿な!?」と驚いていた。

 完全に粉々になったはずのヒュドラが……。アッシュが復活不可能と言っていたヒュドラが、復活してギョロギョロを体当たりで吹っ飛ばしているのは、どうしてだろうか。

「俺様があの程度で死んだと思ったか、マヌケがァ! 俺様はなぁ、不死身なんだよ!」

 吹っ飛ばしたギョロギョロに、ヒュドラは追撃。弾丸のような速度でぶつかり、ギョロギョロの体をサッカーボールみたく地面の上で転がした。

「お前、なんで生きている!?」
 
 アッシュがヒュドラに訊いた。

「言っただろ! 俺様は不死身——」

 ドグシャァ、と泥みたいな音をたてて、ヒュドラの体が砕け散った。

 アッシュが話しかけてヒュドラがよそ見をした隙を狙って、ギョロギョロが攻撃を仕掛けたのだ。

「うわッ!? あの目玉野郎、まだ生きていやがる!」

 ビビったアッシュは慌てて俺を盾にする。

 仲間を盾にしたり、ヒュドラの邪魔をしたり、ガチで裏切ったんじゃあないかと思える行動ばかりするこのクズのせいで、完全に助かった気でいた俺の心が、またしても絶望色に染まった。


 ズドドドドドドドドドドドドドッ!


 聞こえるのは射出の音だけ。出るところはまったく見えない。

 音が聞こえた瞬間、対象は、自分がギョロギョロに狙われていたことに気づく。

 ギョロギョロ。恐ろしいモンスターだった。

 さようなら。

「…………?」

 グッと目をつぶった俺に、ギョロギョロの吐き出した子供が直撃するはずだったのだが、衝撃が来ない。

 ゆっくりと目を開けると、正面にいたギョロギョロと目が合った。バッティングマシンのボール射出口と向き合っている気分になった。

 しかし、放たれる子供は一発も俺にヒットしなかった。透明な板があるかのように、ギョロギョロの口から放たれた子供たちは次々と俺の目の前で砕け散っていくのだ。

「危なかったね。お兄さん」

 その声を聞いて、俺は心の底から安堵した。

 アッシュでも、ヒュドラでもないその声の主は、〈危険区域〉に入る前にはぐれた、シーナだった。

「結界を張った。ギョロギョロの攻撃は、私たちには一発も届かないよ」

 そう言いながら、シーナは傍らに膝をつき、右手を俺の胸に当てた。すると、みるみるうちに俺の身体から痛みが消えていき、楽に呼吸ができるようになった。

 今のは、回復魔法だろうか。原理はわからないが、シーナは魔法で俺の身体の傷を治したのだ。

 俺は大きく息を吐いた後、シーナの方を向いて頭を下げた。

「ありがとうございます。でも、どうやって私たちの居場所を?」

「一度出会った人やモンスターを見つけ出す魔法を使ったの」

「探索魔法の応用だな」

 アッシュが補足する。

 そういえば、シーナは〈スズリン〉というモンスターを見つける時も、まるで初めから居場所を知っていたかのような迷いの無い動きをしていた。

 もしかするとあの時も、シーナはこの魔法で

スズリンを見つけ出したのかもしれない。

「じゃあね」

 シーナが指をパチンと鳴らすと、ギョロギョロは足元から吹き上がった強風に持ち上げられ、森の奥へと吹っ飛んで行った。

「コノヤローッ! ……って、あれ? さっきの目玉野郎はどこに行った!?」

 復活したヒュドラが、怒った顔でギョロギョロの姿を探している。

「ヒュドラさん。ギョロギョロはシーナさんが追い払いました」

「シーナって誰だ!?」

「私だよ」

 ひょい、と手を上げたシーナを見て、ヒュドラは「お前か! 俺様はヒュドラ、よろしくな!」と挨拶した。

 さっきまでギョロギョロに対して怒っていたのに、ヒュドラはそのことを忘れているかのような態度を見せた。

「よろしく。で、あんた誰?」

「俺様はヒュドラだって言っているだろう!」

「知っているよ。さっき聞いたもん。じゃなくて、お兄さんたちとどういう関係?」

「佐藤の友達(ダチ)だ! ライ村まで連れて行ってやろうと思っていたところに、さっきの目玉野郎が現れて邪魔されたんだ!」

 俺はいつの間にか、ヒュドラに友達認定されていたらしい。

 仲間だと思っていたのは自分だけではなかった、と俺は嬉しくなった。
 
「そうなんだ。お兄さんを助けようとしてくれたんだね。ありがとう」

「いいってことよ! そう言うお前は、佐藤の何だ!?」

「試食担当だよ」

「なんだそれ!?」

 なんだそれ、は俺のセリフだ。

 シーナは俺のことを仲間だと思っておらず、〈パンを食べさせてくれる人〉だと見ていたみたいで、内心、ガッカリした。

「お兄さんは私に本物のパンを食べさせてくれるって約束したの。だから、パンを食べるまで私が全力で守る。……ついでに、王都〈フレア〉まで案内する」

「えっ!? じゃあ、パンとかいうものを食べたらサヨナラなのか!?」

 アッシュが焦った様子でシーナに詰め寄った。

 何を考えて俺たちの傍にいることにしたのか。コイツの目的だけは、いまだにはっきりしない。

「お父さんが心配するからね。ずっと一緒にはいられないよ」

 シーナは元々、シンに遣わされた案内人。パンを食べて、俺を王都〈フレア〉まで連れて行ったら今の関係は終了だ。

 別れる場面を想像したら、俺は少し、寂しい気持ちになった。

「なるほど。じゃあ、アタシがショウの代わりにシーナ嬢についていくわ」

「はぁ!? なんでだお前、バカかお前!?」

「実はアタシ、魔法の勉強をしているんだよね。シーナ嬢の魔法の腕を見込んで、是非とも弟子にしてもらえないかと……」

「冒険者だったり盗賊だったり魔法使いだったり、お前設定変わりすぎだろ!」

「人は……変わるものさ☆」

「黙れッ!」

 アッシュにどや顔で良いこと言った風な態度をとられて俺はキレそうになった。

「弟子? 私は無理だから、そういうのはお父さんに言って」

 シーナは、アッシュの頼みを否定せず、父親に丸投げした。

「シーナ様。そのことに関して、あなたに仲介役になってもらえませんか? ワタクシ一人だと、お父様と話し辛いので」

「お前そんな礼儀正しいキャラじゃあなかっただろう!? 設定を変えるな、コロコロと!」

「なんだショウ、嫉妬か? アタシがシーナ嬢と仲良くしても別にいいじゃねーか。シーナ嬢はお前だけのものじゃあないんだぜ?」

「嫉妬してねーし言い方がキモい!」

 アッシュはどう足掻いてもシーナを使ってシンと接触する気でいる。

 何か、良からぬことを仕出かす気でいなければいいのだが……。

「まぁ、詳しい話はお父さんとしてよ」

「そうだぜ! お前らいつまで難しい話をしていやがる気だ! ライ村に行くんじゃあねーのか!?」

 シーナはクールに話を進め、ヒュドラは退屈になったのか俺たちを急かしてくる。

「……もういいです。わかりました。私はもう、これ以上、何も言いません」

 切り替えは大事だ。俺の目的は異世界でパンブームを起こすこと。他の皆にも、それぞれやりたいことがある。

 だが、今だけは、俺たちの目的は一致している。俺、シーナ、アッシュ、ヒュドラのパーティで、ライ村を目指す。

「ライ村までの道案内をお願いします」

「それは俺様の仕事だな! よし、お前ら! 俺様について来い!」

 ヒュドラが先陣切って歩き出す。

「ヒュドラが道案内を担当するなら、私は護衛役に回るよ」

 シーナがすぐ、自分の役目を決めた。この子は頭の回転が速い。

「じゃあ、アタシは

だな」

 アッシュがわけのわからない担当に名乗り出た。

「物拾いって、なんだよ?」

「シーナ嬢はショウが作るパンとやらを食べることを一番の目的にしている。となれば、さっさと作って食べてもらって、アタシの目的のために動いてもらうよう、ショウに協力する」

「じゃあ、物拾いって要するに、材料集めってことか?」

「そういうこと。この辺には色んな木の実や薬草が生えている。それらがパン作りの役に立つかもしれねえから、集めておくんだよ」

「お前、そういうジャンルに詳しいのか」

「まぁな。遭難して飢え死にしないように、その辺の知識は勉強しているんだ」

「なら、何か拾ったら俺に解説してくれ。今後の生活で役に立つかもしれない」

「いいよ。じゃあ、パンを作るまではアタシの弟子ってことで。よろしくな、



 見下した言い方の後、ほっぺを指でぷにぷにされて、ブチィ、と俺の中で何かが切れそうになったが、寸でのところで堪えた。

 アッシュがシーナを利用する気でいるのなら、俺もアッシュを利用してやろうと決めた。
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登場人物紹介

シーナ。本作のヒロインで、魔法使いの女の子。


モンスターと仲良く暮らせる世界を夢見ている。

アッシュ。マイペースな女性。


悪い奴ではない。

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