第32話

文字数 3,326文字

 俺、シーナ、アッシュは、王都〈フレア〉まで徒歩で行くことになった。

 転移魔法をバイルが使ってくれたら一瞬なのだが、それは難しいらしい。

 バイルは肉体強化や防御魔法など、戦闘で役立つ魔法を多く習得していて、転移などの特殊な魔法は分野が違うため扱い辛いと語っていた。

 魔法力だけ見たら、バイルよりもシーナの方が上らしい。

 互いの得意とする分野でマウントをとり合うかと思ったが、シーナもバイルも大人しかった。

 バイルは仕事に徹している様子で無駄口が少ない。

 シーナの方は、一度、痛い目を見ているから警戒しているのか、バイルに対して挑発的な言動はとらなかった。

 旅人用に均された道を、俺たちは無言で進んだ。

 左右に草原が広がる場所に入ると、肌に暖かさを感じ始めた。

 〈ラディア〉も地球と同じように、場所によって気温が異なる。

 北に行くほど気温が低下し、南に行くほど気温が上昇する。

 今は北と南の中間あたりではないかと俺は思った。

 無言で歩いていると、思考の時間が増え、色々なことが頭に浮かんでくる。

 一つ、気になったことがあったので、俺はそれを口にした。

「バイルさん。質問があります」

「なんだ?」

 無視されるかと思ったが、バイルは俺の声に返してくれた。

 答えられる質問には答えてあげるスタンスなのだろう。

 とはいえ、あまりにも騒がしかったら、さすがに注意か、実力行使が入るはずだ。

「〈ライ村〉で私たちと話した、〈エルヴェイン〉の件は、どうなったのですか?」

 俺の傍を歩いていた甲冑二人が、揃ってバイルを見た。

 何故、話したのですか? ……そう言いたげな反応だ。

 バイルは甲冑二人には何も答えず、俺に質問の答えをくれた。

「〈エルヴェイン〉は、罠に誘導して捕らえた。尋問の結果、〈エルヴェイン〉には人やモンスターに対する敵意も悪意も無く、飼い主に見捨てられた悲しみしか抱いていないことがわかった。飼い主は引き取る気が無いようなので、奴には今後一切、人に手を出さない契約の下、解放の決が下った。……とはいえ、奴の能力は人だけじゃあなく、モンスターにも有害な効果がある。だから、同じく危険なモンスターが多く住む、〈セクト島〉に放された」

「〈セクト島〉って、〈三大危険区域〉の一つですよね?」

「そうだ。〈ラディア〉で最も危険な場所だ」

「支配者がいるって聞きましたが……」

「無論。〈セクト島〉の女王、〈ミルマルカリネ〉とは交渉済みだ。交渉の内容に関しては、俺もよく知らないがな」

 捕らえるまでがバイルの仕事だったのだろう。

 その後は、別の誰かが後始末を担当したようだ。

「俺からも一つ、訊いていいか?」

 バイルにそう言われて、実は自分も、無言の時間が嫌だったのでは、と思った。

「どうぞ」

 頷く俺を見て、バイルは首を横に振った。

「お前じゃあない。お前だ」

 バイルは最後尾を歩くアッシュに顎をしゃくった。

 いきなり話しかけられたアッシュは、ビビったウサギみたいに目を大きくした。

「な、なんでしょうか?」

「お前、俺と、どこかで会ったことがあるか?」

 手配書に載っている似顔絵をおぼろげに思い出しているのではないだろうか。

 ヒュドラのことを認知していたバイルなら、お尋ね者のアッシュのことも知っていて不思議はない。

 だが、バイルの聞き方は、犯罪者に対するものではなく、古い知人と再会したかのような穏やかなものだった。

 そういえば、と俺は思い出す。

 〈ライ村〉でバイルと別れた後、アッシュと再会した際、妙な質問をされた。

『アタシについて、バイルが何か言っていなかったか?』

 何も言っていなかったので簡単に終わらせた話だったが、今思うと、アッシュは以前からバイルと面識があったかのような聞き方だった。

 アッシュは変装と整形を駆使して、賞金稼ぎたちから逃げ続けた、と以前、語っていたので、今現在使われている手配書の似顔絵は古いものである可能性が高い。

 そう考えると、バイルがアッシュを気になった理由は、変装や整形をする前の、完全オリジナルの彼女の雰囲気や性格などの隠しきれない細かな特徴を覚えていたからではないだろうか。

 そしてアッシュの方は、バイルが誰で、どこでどのように関わったのか、覚えている。

 もしかしたら、アッシュと出会う前の話が聞けるかもしれない、と思い、俺は黙って二人の会話に聞き耳を立てた。

「お、覚えていないですねー……」

 そっぽを向きながら、アッシュはバイルに答えた。

「お前の仕草が、俺の知っている人物と似ている」

「へー、そうなんですねー……」

 すっ呆けて口笛を吹くアッシュ。

 わざとらしい反応だ。やはりコイツ、絶対に何か知っている。

 だが、アッシュはバイルの質問に白を切り続ける気のようだ。

「俺の勘違いか……」

 バイルはしつこく訊かず、会話を終わらせた。

 アッシュの過去には興味があったので、ちょっと残念だ。

 俺と出会う前、アッシュは盗賊として本格的に活動していたらしいが、国を敵に回すほどの大事はしていないと俺は思っていた。

 シンから貰ったジャケットを着ただけの俺を倒せないほど戦闘力は低いし、魔法力もシーナの足元にも及ばない。

 悪運が強いのは認めるが、ステータスの総合値的に、大盗賊と呼ばれるほど危険視される存在ではなく、チンピラかコソ泥レベルだろう。

 話してみると、結構、良いところもあるし……。根っからの悪党ではないとは思う。

 だが、知らないというだけで、本当のアッシュは——整形して姿を変える前のアッシュは、バイルが動くほどの危険人物だったのかもしれない。

 やはり、アッシュは謎の多い女性だ。

 無理に知りたいわけではないが、知りたくないと言ったら噓になる。

 
 ……アッシュ。お前は何者なんだ?


 背後に目をやると、バイルを睨むアッシュが見えた。

 何か、恨みでもあるのだろうか。

 それとも、過去の自分を知られてしまうことを警戒して、険しい表情を浮かべているのか。

「よし。ここで一旦、休憩にしよう」

 バイル指示に従って、同行していた他のメンバー全員が、傍の草原で足を休めた。

 俺、シーナ、アッシュが草の絨毯に腰を下ろし、軽くストレッチしている様子を、バイルは腕を組んで監視していた。

 逃げる気は無いが、逃げようとしてもすぐ止められそうだ。

 彼と因縁があるとおぼしきアッシュも、バイル相手に逃走は不可能と判断してか、目を合わせないようにしながら足を伸ばしていた。

「……よし。行くぞ」

 休憩時間は十秒しかもらえなかった。

 もうかよ、と呟き、俺は立ち上がった。

「王都に着いたら、王が自ら、お前の罪と罰を決める。どんな決が下されるのか、俺にもわからない。今のうちに、言い残すセリフでも考えておくことだな」

 だったらもっと休憩時間をよこせ。

 バイルに心の中で文句を言いながら、俺は歩いた。

 王都の話をした、ということは目的地が近いのかもしれない。

 俺たち以外の通行人の姿が目立つようになり、その中には人間のような格好をしたモンスターの姿もあった。

 二足歩行するトカゲや、ライオンの顔をした大男が、バッグを背負って歩いている。

 その様子を眺めながら、俺はシーナに訊いた。

「あの方々は、人と呼んでいいのか、モンスターと呼んだ方がいいのか。どっちなんですかね?」

「どっちでも、好きな方で呼んだらいいと思うよ。ただ、モンスターの中には自分を人と同じように扱ってほしいタイプもいるから、その質問は本人たちにはしない方がいいかも」

 外国生まれ、日本育ちの人間の中にも、似たようなタイプがいる。

 それに、

も……。

 シーナと激闘を繰り広げたフォルも、人間として扱ってほしそうな言葉を遺していた。

 どんな見た目だろうと、自分勝手に相手を分類してはいけない。

 失礼なことを口に出したな、と俺は反省した。

「おい。私語は慎め」

 バイルに叱られて、俺は思わず「はぁ?」と不機嫌に返してしまった。

 さっきは話していても何も言ってなかったのに、シーナとの会話はダメなのか。

 それとも、失礼なことを口にした俺に怒って、注意してきたのか。

 バイルもアッシュと同じくらいわかり辛い奴だ、と改めて思った。
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登場人物紹介

シーナ。本作のヒロインで、魔法使いの女の子。


モンスターと仲良く暮らせる世界を夢見ている。

アッシュ。マイペースな女性。


悪い奴ではない。

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