第51話

文字数 3,941文字

「これで、ブリードはなんとかできそうだな」

「どうだろうね……」

 思惑通りに事が進んでいるはずだが、マイルドは浮かない顔をしている。

「ここでブリードを止められなければ、作戦は失敗だ。モンスターたち以外に、彼を倒せる可能性があるものはいないからね」

 賭けに出たのはマイルドも同じのようだ。

 俺たちにとっては拠点が檻で、外に出るまで安心してはいけない。

「モンスターたちの戦いに巻き込まれないよう、別の場所に移動しよう」

「ああ。だが、その前にちょっと待ってくれ」

 転移魔法を発動させようとしたマイルドから離れて、俺は、壊れかけている一つの檻に近づいた。

「……起きてください。レオニさん」

 檻の中で死んだ目をしているレオニに、俺は呼びかけた。

「外に出るチャンスですよ。私たちと一緒にここを出ましょう」

「あいつを殺したオレに、生きる権利など無い……」

 レオニは俺の方を見向きもせず、小さく呟いた。

「あいつは、ウローはオレの好敵手であり、似た者同士の仲間だった……。こんなくだらない決着など、オレもあいつも、望んではいなかった……」

 俺は、思い切り檻を蹴った。

 壊れかけているので、俺でも簡単にいけるかと思ったが、想像以上に硬い。

 それでも、俺はなんとかしてレオニを外に連れ出そうと、檻を全力で蹴り続けた。

「お前、何をしているんだ?」

 ようやくレオニが俺を見た。

 相変わらず死んだような目をしているが、俺の行動で、彼の心に多少の変化が起こったことは間違いないと思う。

「檻を、壊そうと、しているんですよッ! あなたを、外に、出すためにッ!」

「オレを? なんのために?」

 檻を蹴りまくって疲れた俺は、肩で息をしながら言った。

「はぁ、はぁ……。私は、あなたと、あなたの仲間の戦いを見ていました……。あなたに、もう二度と、同じことをしてほしくない……。それが、あなたを外に出したい理由です……」

「それだけの理由で? 面白い奴だな」

「よく言われます……」

 いまだに理解できていないことだが、どうやら俺には、モンスターたちの目に面白い生物として映るみたいだ。

 ヒュドラも俺を面白い奴だと言っていたので、〈ラディア〉ではパン屋ではなく、モンスター受けを狙ったコメディアンが合っているのかもしれない。

「匠汰君、危ないッ!」

 マイルドが叫んだと同時に、背中に異様な圧を感じた。

 振り返ると、そこには、全身をモンスターの返り血で染めたブリードが仁王立ちしていた。

「お、お前ッ!?」

 ブリードに襲いかかったモンスターたちはみんなやられてしまったのか。

 まだ生きているモンスターの方が数は多いが、床に転がっている切断された部位の数はそれを超えている。

 ブリードの背後には生き残ったモンスターたちが集まっているが、みんな揃って怖気づいてしまったのか、攻撃を躊躇っている様子だ。

「匠汰君、逃げろッ!」

「させるかッ!」

 ブリードは俺の頭部を鷲掴みにして、グイッと持ち上げた。

 万力のような握力で頭部を握られ、俺は足をばたつかせて苦痛の声を漏らした。

「なにやってんだぜお前ッ!」

 俺を助けるためにブリードに飛びかかったヒュドラは、バイルに戦いを挑んだ時みたく、蹴りの一発で粉々になった。

「革命軍のスパイが……! このまま握り潰してやるッ!」

 ブリードの手に力が加えられた——刹那、謎の衝撃がブリードを襲い、俺は空中に投げ出された。

 床に落ち、慌てて立ち上がり見ると、先ほどまで檻の中で大人しくしていたレオニが傍にいた。

「れ、レオニさん!?」

 俺はレオニが収容されていた檻に目をやった。

 どれだけ蹴ってもびくともしなかった檻が、スクラップと化していた。

 体当たりしたのか、爪で引き裂いたのか。何が起こったのかはっきりしないが、レオニが檻を壊して、ブリードを吹っ飛ばしたことだけは確かだ。

「お前を助けたのは、お前が面白い奴だからだ」

 そう言って、レオニは牙をむき出して笑った。

「た、たったそれだけの理由で、私を助けたのですか……?」

「お前と同じだな」

「は、はは……」

 引きつった笑みを浮かべる俺を、マイルドが抱き起こした。

 すぐ横に、再生したヒュドラが逃げるように跳ねて来る。

「あ、あいつヤバいぜッ! バイルから受けた蹴りよりも痛かったぜッ!」

「ここはオレに任せろ」

 レオニの声に、俺、マイルド、ヒュドラは同時に反応する。

「あの男は、オレがなんとかする」

「……わかった」

 レオニだけで相手するのは厳しい相手なのでは、と心配する俺を無視するように、マイルドは転移魔法を発動させた。

「レオニさ——」

 彼だけでも一緒に連れて行きたかった。その気持ちを、マイルドの手で強引に断ち切られた。

 だが、もともとはそういう作戦だった。それしか自分たちには選ぶ道が無かった。

 レオニや他のモンスターたちを、殺戮マシンと化したブリードにぶつけてしまった罪悪感を無理やり抑えて、俺はマイルドに言った。

「次は、どうする?」

 周囲を見渡す。ここは、保護施設の俺が与えられた部屋によく似ている。置かれている家具などの配置がほとんど同じだった。

「少し、休憩しよう……」

 マイルドはそう言うと、窓際に置かれたベッドに腰を下ろした。

 ブリードから逃げたり、魔法を何度も使って疲れたのだろう。

「モモがここに来たらどうする?」

 急かしているわけではないが、万が一の可能性を考慮して、マイルドに訊いた。

「来ないと思う。彼女は僕たちを外に出さないように、出口を見張っているはずだから」

 俺たちがどこから脱出を企ててもモモが現れるなら、対決は避けられない。

 この後に行われるモモとの対決に備えて、マイルドはできるかぎり身体を休めておきたいのだと思う。

「……俺にも魔法が使えたらな」

 溜息交じりに呟き、マイルドの隣に座った。

 冷蔵庫の中身を物色しているヒュドラを横目に見ながら、俺は言った。

「何か、手伝えることは無いか? 俺も、みんなの力になりたいんだ」

「戦闘に関しては、魔法も武術も使えない君にできることは少ないだろう。けれど、君にしかできないことはある」

「俺にしかできないこと?」

「君は、十年前にシーナやヒュドラと一緒に旅をしていたそうだね。君のことは、ヒュドラから聞いているよ」

 出会った時から、俺はマイルドに嘘を見破られていたのだ。

 そうとは知らずに、初めて〈ラディア〉にやってきたかのような態度をとったことは、今思うと恥ずかしい。

「シーナは今、精神的に弱っている。アスタから、かつての〈ラディア〉を奪い返すことができるか自信が無いんだ。けれども、そこへ君が現れたら、彼女の気持ちが良い方向に変わるかもしれない。シーナがやる気を奮起させてくれたら、仲間たちの士気も上がるだろう」

 俺を助けるのはシーナのため——モンスターと人が共存していた〈ラディア〉を奪還するためだ。

 助ける理由が単なる〈優しさ〉ではないと思っていたが、では何故、俺と友達(ダチ)になるなどと言っていたのだろう。

 マイルドにとって俺は、シーナの精神力を回復させるためだけの存在で、仲良くなる必要などないはずだ。

「お前は、俺のことを使い捨ての道具のように見ている、と思っている」

「それは違うよ」

 マイルドは真っ直ぐ俺を見つめて言った。

「僕が君を助けたのは、シーナのことだけが理由じゃあない」

 意外なセリフが返ってきて、俺は目を大きくした。

「僕にとって、佐藤匠汰は

なんだ」

「……え?」

「十年前の、ある日の夜だ」

 マイルドは昔話を語り始めた。

「僕の父が、

に行くと言って家を出た。何日かして帰ってきた父は、勇者とその仲間たちが、自分に代わって友達の仇を討ったと僕に話した」

 十年前、仇討ち……。

 俺はハッとなった。

「お前が住んでいた場所って、もしかして〈ジミー村〉か?」

 マイルドは頷いた。

「父は、勇者と〈カンキ村〉で出会ったと言っていた」

 俺の中ですべてが繋がった。

 マイルドは、十年前に〈カンキ村〉で出会った剣士の男の息子だ。

 俺とシーナとアッシュ、ヒュドラのパーティーで、剣士の男の代わりに友達殺しの犯人である謎の老婆を追った。そして、辿り着いた場所で、フォル・ダオル・ヴァンピィと対決した。剣士の男は、そのことを英雄譚として息子に語り聞かせていたらしい。

「あの時のことは、よく覚えているよ。俺にとっては、最近の出来事だからな」

「俺様がマイルドの親父を呼びに行って戻ってきた頃には、もう戦いが終わっていたぜッ!」

 どこから聞いていたのか、ヒュドラが会話に参加する。

「匠汰君たちが相手をしたのが、王の候補者といわれていたフォルだったということは、ヒュドラから教えてもらった。父が一人で相手をしていたら敵わなかった相手を倒した匠汰君は、正真正銘の勇者だよ」

「いや、倒したのはシーナさんで、俺は何もしていない」

 やったことといえば、フォルの風呂を蹴り飛ばしたことくらいか。

「俺は、お前が思っているような勇者じゃあないよ」

「いや、匠汰君は勇者だ」

 過大評価しすぎだろ、と俺は苦笑した。

「どんな場所に行こうとも、何度身の危険にさらされようとも生き残る、凄い人だよ」

 マイルドの中では、勇者(イコール)しぶとい人間なのだろうか。

「僕は、本当はやりたくなかったんだ……。勇者に嘘をつき、傷つけるなんて……」

 マイルドの後悔の言葉を、俺は嘘と思わなかった。

「もう気にしてないよ」

 身の上話を聞かせてもらったことで、俺は少しだけ、マイルドに対して好感が持てた。

 イカレたサイコ野郎だと思っていた奴が、実は、仲間想いの良い奴だとわかった。

 俺を闘技場でヒュドラと戦わせ、半殺しの目にあわせた件は、水に流していいだろう。
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登場人物紹介

シーナ。本作のヒロインで、魔法使いの女の子。


モンスターと仲良く暮らせる世界を夢見ている。

アッシュ。マイペースな女性。


悪い奴ではない。

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