第18話

文字数 4,235文字

 〈ガッチャ〉という名のモンスターの特殊能力で全財産を奪われた俺たちは、一文無しの状態で〈カンキ村〉に到着してしまった。

 カンキ村、と表記された立て看板の横で、俺は村をざっと見渡した。木造の家が一定の間隔をあけて立ち並んでいる。雑貨屋、宿屋、道具屋、その他民家……。必要最低限の施設だけを置いた、地味な村だった。

 村人たちは皆、暖かそうな毛皮の服を着ている。俺たちも、あの人たちみたいに厚着しなければ、この先に進むのは困難だろう。だが、ここへ来るまでの道中で金を失った俺たちは、防寒具を購入することはおろか、宿に泊まることすらできない。

「なんとかしないとな……」

 俺は雑貨屋へ向かって歩き出した。金は無いが、道具や食べ物は色々持っている。それらを売って金に換え、なんとしてでも必要な物を手に入れなければならない。仲間たちは誰も俺の交渉をあてにしていない様子だが、結果を見せれば、皆の目の色も変わるだろう。

 ドアを開け、俺は会釈しながら雑貨屋の中に入った。





「それで、どうだったの?」

 店から出て来た俺に、シーナが訊いた。

 俺は、腐ったパンみたいな酷い表情を無理矢理笑顔に変え、

「他にも、方法はありますよ」

 シーナと、その隣にいるアッシュは二人して溜息を吐いた。

「やっぱり、ダメだったんだ……」

「アタシは初めから、ショウなんかに期待してなかったけどな」

 いや、ちょっとは期待していただろう。二人の落ち込みようから、そうだと察せられる。

「ヒュドラさんは、村には入らない……。というか、入れないのですね」

 俺は話題を変えた。雑貨屋の店主が、「ウチは物を売るが、買取はやっていない」ときっぱり言い放った話をするよりは、多少は気が紛れると思ったからだ。

「ヒュドラさんは、私たち以外の人たちにとっては危険か否か判断の難しい野良モンスターですからね。彼もそれを自覚していて、騒ぎを起こさないよう、村の外で待機しているのだと思います」

 自分で話を振って、自分で話を終わらせてしまった。

「普通、雑貨屋は売ったり買ったりできるはずなんだけれどなぁ……。お兄さん、何か変なこと言ったんじゃあないの?」

 シーナが疑うような目を俺に向けた。

「シーナさんがおっしゃった通り、私が入った雑貨屋も、以前は売買を行っていたようです。しかし、最近この辺りで盗品を金に換える泥棒が多く出没しているらしく、店側はその対策で、物の買取を止めたそうなのです」

「マジで!? 泥棒とか最低だな!」

「お前が言うな」

 同業者を批判するアッシュに俺は突っ込んで、

「とにかく、この村では、どの店に誰が入っても結果は同じでしょう。今日は近辺の森で野宿し、できる限り身体を休ませたのち、〈バスルーン湿原〉へ向かうことが、今の私たちにできることかと……」

 喋っているうちに、俺はなんだか悲しくなってきて、後半は囁くような声になってしまった。

「ヒッヒッヒ! あんたたち、お困りのようだねぇ!」

 後ろから聞こえた声にドキッとして、俺は振り返った。

 そこにいたのは、黒いローブを羽織った一人の老婆だった。尖った鼻に、吊り上がった目という、典型的な悪役みたいな容姿の老婆に、俺は無意識のうちに警戒の態度をとってしまった。

「何か用ですか?」

「ヒッヒッヒ! アタシは通りすがりの魔法使い。ちぃっとばかし魔具や魔草に詳しい、非力な魔法使いさね」

「はぁ……。それで、どういったご用件で?」

「あんたたち——いや、あんただね。あんた、

持っているだろう? そいつをアタシにくれないかい?」

「良い物?」

 パンの材料と、モンスターの素材しか持っていないが、そんなものが欲しいのだろうか。

「ヒッヒッヒ! 勿論タダとは言わないよ。アタシが欲しい物をくれたら、見返りとしてその物に見合った

をお渡しするよ」

 老婆が懐から掴み出した大量の金貨を見て、俺はアッと口を開けた。

「ヒッヒッヒ! まだまだあるよ!」

 老婆は次々と懐から金貨を掴み出し、地面に落として山を作った。シーナが持っていた金貨の、数百倍の量はあった。これだけの数の金貨をローブのどこに仕舞っていたのか——そんなことよりも、気になるのはその額だ。

「これは、百万ゴールドはあるね。家を一軒買えるくらいの額だよ」

 シーナのその声で、俺の心臓がドクンと跳ねた。

「そんな大金を、私たちに譲ってくれると言うのですか!?」

「ヒッヒッヒ! あぁ、そうだよ。あんたがアタシに、アタシの欲しい物をくれたらね」

 家を買えるほどの大金があったら、今欲しい物は全部ここで手に入る。今後の旅も、大分楽になるだろう。仲間たちに帰りの手間賃を与えてもまだ余るくらいだ。信じられないほどの大金を前にして、俺の心が激しく揺らいだ。

「やめとけやめとけ」

 アッシュが俺と老婆の間に割り込んで来て言う。

「雑貨屋の店主から聞いた話、もう忘れたのか? この辺には悪い奴が多い。そのババアも、悪い奴の一人かもしれねえぞ」

「ヒッヒッヒ!」

「『ヒッヒッヒ!』じゃねーよ。その金も、あんたも、アタシから言わせりゃあ全部怪しいぞ」

「アッシュ……」

 盗賊の勘が働いているのだろうか。アッシュは老婆を完全に悪者と認識している様子だった。ムカつくことばかり言う奴だが、今回ばかりは、奴の言い分が正しいと思える。

「それはどうかな」

「シーナさん?」

 アッシュと俺の間に入り込んで、シーナは言う。

「私が見た感じだと、そのお婆さん、弱いよ。人に化けたモンスターでもない、ただの人間だよ」

「そうなのですか?」

「魔法使いっていうのも、本当だよ。同じ魔法使いの私にはわかる。身体を覆う魔力の薄さから考えて、魔法の力は私の足元にも及ばない」

 老婆よりシーナの方が強いことはわかったが、そんなことは、取引とあまり関係が無い気がする。

 シーナは続けた。

「それに、嘘も言っていない。魔法使いはね、魔力の揺らぎで吐いた言葉の真偽を確かめることができる。……まぁ、私ほど強くないと、そのスキルは使えないけれど。とにかく、そのお婆さんは後ろめたい気持ちを持たず、純粋にお兄さんと取引したいみたいだよ」

「そうなの!?」

 自信満々に疑っていたアッシュが、俺よりも驚いた反応を見せた。

「シーナ嬢がそう言うなら、大金、手に入れちゃえば?」

「お前、さっきと言っていることがえらい違うじゃねーかよ!?」

 アッシュの切り替えの早さに驚く俺の耳に、老婆の不気味な笑い声が聞こえてくる。

「で、どうするんだい? 嫌だって言うんなら、アタシはこのまま立ち去るよ」

「何が欲しいのか教えてください」

 老婆が欲しいのは、〈スズリンの尻尾〉の粉末だった。何に使うのか教えてもらえなかったが、取引に応じたことで、俺たちは家一軒買えるほどの大金をあっさり手に入れることができた。

 老婆が去った後、俺たちは手に入れた大金で三人と一匹分の防寒具を買い、シーナのための魔力回復アイテムと、アッシュの武器(細身のレイピア)を各店で買い揃え、それでもまだ有り余る金を使って、整髪や服の汚れ落としなどの身だしなみのセットを行った。

 見た目が清潔になってさっぱりした俺たちは、宿屋で一番金がかかる、一番良い部屋を借り、一番豪華な夜食を注文してそれを平らげ、上々気分でベッドに潜り込んだ。

「……うぅん」

 物音がしなくなった深夜。俺は尿意で目を覚ました。

 眠りに落ちる前の、豪遊の記憶がまだはっきりと頭の中に残っている。

 左右に目をやって、俺は思わず笑ってしまった。多分、シーナとアッシュも俺と同じ気持ちなのだろう。左側に設置されたベッドで眠るシーナは、気持ち良さそうな笑みを浮かべて、よだれを垂らしている。右側のベッドで眠るアッシュは、余程楽しい夢を見ているのか、ニヤニヤしながら寝言を呟いていた。

「二人とも、良い寝顔しているな」

 思えば俺たちは、ここまで多くの困難を乗り越えて来た。モンスターに殺されかけたり、衛兵に捕まったり……。こうやって、まともなベッドで眠る日が無かった。もしかしたら、今贅沢できるのは、ここまで頑張った俺たちに、神様がギフトを送ったからなのかもしれない。

「さて、と……。さっさとトイレ行って、俺ももうひと眠りするか」

 二人を起こさないように部屋を出て、トイレがある方へ向かって歩く。宿屋のフロントの傍を通過しようとした時、出入口のドアが音をたてて開いた。


 ……この宿屋は、二十四時間営業なのだろうか。大変そうだな……。


 そんなことを考えながらトイレを目指して歩く俺の耳に、先ほどドアを開けて入って来た、腰に物騒な得物を差した剣士らしき見た目の男と、受付の男の会話が聞こえて来る。

「いらっしゃいませ。一名様でよろしいですか?」

「違う。泊まりに来たんじゃあない。ちょっと人捜しをしている」

「その方は、この宿屋に?」

「わからん。しらみつぶしで捜している」

「ふむ……。あなたが捜している人物とは、どういった方なのでしょうか?」

「わからん。だが、大金を持って移動していることは間違いない」

 俺は足を止めた。


 ……ちょっと待て。大金って、まさかとは思うが……。


 宿屋を支える数本の木柱の、一本の陰に隠れて、俺はフロントから聞こえる男たちの会話に耳を澄ませた。

「その金持ちが、何か、良からぬことを仕出かしたのですか?」

「〈バスルーン湿原〉。俺の友達が

。友達は俺と同じ〈ジミー村〉出身で、王都〈フレア〉で店を開くために、全財産を持って旅立った。……その矢先の出来事だった」

「〈ジミー村〉は、ここ〈カンキ村〉から〈バスルーン湿原〉を抜けた先にある村ですね」

「ああ……。友達(あいつ)は、魔具職人を目指していた。王都で魔具製造の店を開き、多くの魔法使いの手助けをする夢を、ガキの頃から持っていた奴だった。あいつは牧場の肉体労働で必死になって金を貯め、やっと夢を叶えられる一歩手前まで来ていたんだ。それなのに……!」

 ダンッと剣士の男が受付台を台パンした。

「どっかのクズが

ッ! あいつの夢を奪ったクズを見つけ出して、必ずこの剣で叩き斬ってやるッ!」

 剣士の男は得物の柄を握り締め、近所迷惑な叫び声を上げた。

「わ、わかりました……。私も、できる限りあなたに協力します……」

 剣士の男に怯え切った受付の男は、ゆっくりと、俺たちが借りた部屋を指差した。

「あの部屋に、大金を持った人たちがいます……」 
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登場人物紹介

シーナ。本作のヒロインで、魔法使いの女の子。


モンスターと仲良く暮らせる世界を夢見ている。

アッシュ。マイペースな女性。


悪い奴ではない。

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