第61話
文字数 3,585文字
明日、死ぬかもしれない。大事なものを失うかもしれない。今、俺とシーナの思考はシンクロしていた。
唇を離し、見つめ合う。
「……?」
胸に圧迫感がきた。俺の身体にぎゅっと抱きつくシーナの力が、やり過ぎなくらい強いのだ。ぬくもりはシーナのものだが、力だけは岩石の腕のようだった。
「し、シーナさん……! ちょっと、強すぎでは……?」
「侵入された!」
叫んで、シーナは俺を突き飛ばし、走り出した。
「……え?」
思考が現状に追いつくまで、たっぷり十秒はかかった。
シーナは「侵入」とか言っていたが、誰が好きこのんでこんな危険な場所に来るだろうか。
間違いなく、俺みたいな一般人ではないだろう。考えられる可能性は、アスタが送り込んだ刺客だ。しかし、今の今まで近寄りもしなかった〈セクト島〉を、このタイミングで襲撃するのは変だ。
アスタとはまったく関係の無い、別の何かという可能性もある。だが、ミルマルカリネの城にたどり着くまでに、見張りを担当している虫型モンスターの手下に捕まるはずだ。俺が、来てすぐ、発見されたみたいに。
誰にもバレずに上陸できる裏ルートがあるのなら話は別だが——兎も角、ここにいては何もわからない。ひとまず、俺もシーナを追いかけることにした。
といっても、俺の頭にはまだ、この城の地図が無い。適当に進んでいたらどこかしらの部屋に辿り着くとは思うけれど、運悪く侵入者と出くわしたら一巻の終わりだ。
通路を数歩進んで、足が止まった。今、何か音が聞こえた気がする。
耳を澄ませた、次の瞬間、大きな揺れが起こって、俺はダルマみたいにスッ転んだ。
「な、なんだ!?」
揺れに驚いたピカピカが通路の壁を這い回った。ミラーボールのように放たれた光が、影を大暴れさせていた。
「今のは、地震!? いや、それよりもまるで——」
落雷のような轟音があちこちで鳴り、音に合わせて床が振動した。
これは地震ではない。誰かが何かしらの方法でこの城を揺らしているのだ。
さっき、シーナが言った侵入者が、この揺れの発生原因の気がした。
ズドン、と。今度はさっきよりも近い場所で音が鳴り、同時に起こった大きな揺れで俺は転びそうになった。
侵入者が揺れを起こしている犯人だとして、まだ揺れが収まらないということは、そいつはミルマルカリネやその手下たち、シーナや〈革命軍〉のメンバーの誰一人にも見つけられずに、やりたい放題していることになる。
シーナが慌てて出張るくらいだ。〈セクト島〉にいる、ほぼすべての生物が総出で捜しているに違いない。それでも揺れが止まらないということは、侵入者は隠密行動に長けた者か。或いは、複数で同じ目的の下、動いている可能性もある。
ドンッ、ドンッ、とあちこちで音が鳴り、揺れまくり、城全体がダメージ負ったのか、天井から土の欠片がパラパラと降ってきた。
身体を通路の壁にぶつけながら、俺は走った。十字路のような広場に入った途端、見たことも無い黒い虫の集団が一斉にそこへなだれ込んできた。
「うおッ!?」
俺は慌てて壁際に寄った。虫たちは六本ある脚を高速で動かし、金切り声のような音を発しながら、右往左往しだした。複数ある通路の入り口の、どこを選ぶか迷っているようにも見えるし、パニックになって泣き叫んでいるようにも見える。
虫たちは俺に攻撃してこないし、兵隊のような威圧感も無いので、多分、居住区から逃げ出してきたモンスターだと思う。まったく統率がとれていないところを見るに、上から全体に指示が行き通らないほどの非常事態が起こっているようだ。
動き回る虫たちに体当たりされながら、俺は通路に身体をねじ込ませた。
「佐藤さん!」
「無事だったか!」
少し進んだところで、〈革命軍〉の男女のペアと鉢合わせた。二人は、どうやら俺を捜していたみたいで、こちらの無事を確認するなり「こっちはダメだ!」、「外に逃げるぞ!」と俺を無理矢理、方向転換させ、少し乱暴に背中を押した。
「な、なんですか!? 何が起きているのですか!?」
「逃げながら説明する!」
ペアのうち、男の方が案内役に回った。女の方は、俺の後ろにつき、早く走れと言わんばかりに背中を押してきた。
「この城が——いや、〈セクト島〉が、アスタが送り込んだ軍から襲撃を受けている!」
こちらを見ずに、男が説明する。
「アスタはミルマルカリネを恐れ、〈セクト島〉に侵攻せず、放置していた。俺たちはここが安全地帯だと思い、気を抜いていた。そんな俺たちと違い、アスタは〈セクト島〉の攻略に必要なものを時間をかけて集めていたってことさ。まぁ、要するに、準備が整ったってことだ。〈セクト島〉にいる敵全てを一網打尽にする準備が——」
そこまで喋って、男はいきなり俺の胸ぐらをつかみ、傍の壁に叩きつけた。
「い、いきなりなんですか!?」
「ちょっとあんた! こんな時に何やってんの!?」
男の行動に、俺だけじゃあなく一緒にいた女も驚いていた。
「ここは安全地帯だったんだ。あんたが来るまではな……!」
「えっ!?」
「あんたがここへ来た日の夜にアスタがいきなり攻めて来た!
「ちょっと! 今はこんなことしている場合じゃあないでしょう!?」
女が俺から男を引き離そうと掴みかかった。
「うるせえッ!」
男は女の顔を殴りつけ、黙らせた。当たり所が悪かったのか、女は床に倒れ、動かなくなってしまった。
「お前、なんてことをするんだ!?」
「黙れッ!」
キチガイと化した男に、俺は暴行を受けた。手加減の無い、力任せの殴打が襲いかかる。このままだと殺される、と身の危険を感じた俺は、壁を這い回っていたピカピカを両手で掴み、亀の甲羅並みに硬い背中を、男の頭部に思い切り叩きつけた。
「ぐっはぁッ!?」
男は頭部を両手で押さえて、床に膝をついた。
「お、落ち着けバカヤローッ! 俺はあんたの敵じゃあないだろうがッ!」
「じゃあ、証明できるのか……! あんたが、敵じゃあないってことを……!」
「なんだと?」
ピカピカが嫌そうに暴れたので、逃がしてあげた。
俺は男から数メートル距離をとり、言った。
「あんたこそ、何を根拠に俺をアスタの仲間だと決めつけているんだ? 確かに、タイミング的に気になるところはある……。だが、俺は魔法も使えないただの人間だぞ。どうやってアスタと連絡を取り、どうやってここを襲撃させるんだ?」
「それは……」
男の視線が俺の右手に向いた。掌に描かれている〈883〉の番号。これは、保護施設で付けられたマイナンバーだ。男はこれを、アスタの仲間の印だと勘違いしているのかもしれない。
「ここに来た経緯を説明した時、この番号のことも話しただろう。あんたは騒ぎで混乱し、冷静に頭が働かなくなっているんだ」
「その番号には、特殊な魔法がかけられている。
「違う。この番号に付与された魔法は保護施設でしか機能しないものだ」
「本当にそうだと言い切れるのか? 保護施設の奴らが説明しなかっただけで、あんたのその番号には、あんたの知らない効果が付与されているかもしれない。例えば、居場所を術者に伝える、探知能力のような効果が……」
俺は、そう言われてゾッとした。それが答えかもしれない、と一瞬でも思ってしまったからだ。
男の推測が正しければ、俺の掌に描かれた番号は、脱走防止のため、いざというとき発信機として機能する。それは保護施設のみで機能するものではなく、保護施設の外に出ても継続するものだと考えたら、俺は、保護施設の連中に〈セクト島〉の場所を教えてしまったことになる。
だが、仮にそうだったとしても、攻め入る理由にはならないはずだ。これまでずっと放置していた〈セクト島〉に、今になって攻撃を仕掛けるタイミングと、俺の掌の番号(発信機)が関係しているとは思えない。
「アスタは、〈セクト島〉の場所を知っていたんだろう?」
「ああ。だからあんたが発信源として使われたんだよ。魔法の中には、生物や物体を発信源とし、周囲の大まかな地理を把握できるものがある。アスタほどの魔法の使い手なら、それが使えるはずだ」
「……え?」
魔法版GPS機能。グーグルマップならぬ、魔法マップ。そんなものがあるなんて、知らなかった。
「アスタは〈セクト島〉がどこにあるのか知っている。だが、中がどうなっているのか知らなかった。だからあんたを利用して〈セクト島〉の地図を手に入れたんだよ」
じゃあ、俺のせいなのか?
俺が発信機となり、〈セクト島〉の情報を受信元のアスタに送り、攻め込む隙を作ってしまったのか?
俺は男に言い返せなくなり、あちこちから鳴り響く爆音とともに揺れる床に視線を落とした。
唇を離し、見つめ合う。
しなければならない
、と自分自身に急かされているような気持ちで、俺たちは強く抱き合った。「……?」
胸に圧迫感がきた。俺の身体にぎゅっと抱きつくシーナの力が、やり過ぎなくらい強いのだ。ぬくもりはシーナのものだが、力だけは岩石の腕のようだった。
「し、シーナさん……! ちょっと、強すぎでは……?」
「侵入された!」
叫んで、シーナは俺を突き飛ばし、走り出した。
「……え?」
思考が現状に追いつくまで、たっぷり十秒はかかった。
シーナは「侵入」とか言っていたが、誰が好きこのんでこんな危険な場所に来るだろうか。
間違いなく、俺みたいな一般人ではないだろう。考えられる可能性は、アスタが送り込んだ刺客だ。しかし、今の今まで近寄りもしなかった〈セクト島〉を、このタイミングで襲撃するのは変だ。
アスタとはまったく関係の無い、別の何かという可能性もある。だが、ミルマルカリネの城にたどり着くまでに、見張りを担当している虫型モンスターの手下に捕まるはずだ。俺が、来てすぐ、発見されたみたいに。
誰にもバレずに上陸できる裏ルートがあるのなら話は別だが——兎も角、ここにいては何もわからない。ひとまず、俺もシーナを追いかけることにした。
といっても、俺の頭にはまだ、この城の地図が無い。適当に進んでいたらどこかしらの部屋に辿り着くとは思うけれど、運悪く侵入者と出くわしたら一巻の終わりだ。
通路を数歩進んで、足が止まった。今、何か音が聞こえた気がする。
耳を澄ませた、次の瞬間、大きな揺れが起こって、俺はダルマみたいにスッ転んだ。
「な、なんだ!?」
揺れに驚いたピカピカが通路の壁を這い回った。ミラーボールのように放たれた光が、影を大暴れさせていた。
「今のは、地震!? いや、それよりもまるで——」
落雷のような轟音があちこちで鳴り、音に合わせて床が振動した。
これは地震ではない。誰かが何かしらの方法でこの城を揺らしているのだ。
さっき、シーナが言った侵入者が、この揺れの発生原因の気がした。
ズドン、と。今度はさっきよりも近い場所で音が鳴り、同時に起こった大きな揺れで俺は転びそうになった。
侵入者が揺れを起こしている犯人だとして、まだ揺れが収まらないということは、そいつはミルマルカリネやその手下たち、シーナや〈革命軍〉のメンバーの誰一人にも見つけられずに、やりたい放題していることになる。
シーナが慌てて出張るくらいだ。〈セクト島〉にいる、ほぼすべての生物が総出で捜しているに違いない。それでも揺れが止まらないということは、侵入者は隠密行動に長けた者か。或いは、複数で同じ目的の下、動いている可能性もある。
ドンッ、ドンッ、とあちこちで音が鳴り、揺れまくり、城全体がダメージ負ったのか、天井から土の欠片がパラパラと降ってきた。
身体を通路の壁にぶつけながら、俺は走った。十字路のような広場に入った途端、見たことも無い黒い虫の集団が一斉にそこへなだれ込んできた。
「うおッ!?」
俺は慌てて壁際に寄った。虫たちは六本ある脚を高速で動かし、金切り声のような音を発しながら、右往左往しだした。複数ある通路の入り口の、どこを選ぶか迷っているようにも見えるし、パニックになって泣き叫んでいるようにも見える。
虫たちは俺に攻撃してこないし、兵隊のような威圧感も無いので、多分、居住区から逃げ出してきたモンスターだと思う。まったく統率がとれていないところを見るに、上から全体に指示が行き通らないほどの非常事態が起こっているようだ。
動き回る虫たちに体当たりされながら、俺は通路に身体をねじ込ませた。
「佐藤さん!」
「無事だったか!」
少し進んだところで、〈革命軍〉の男女のペアと鉢合わせた。二人は、どうやら俺を捜していたみたいで、こちらの無事を確認するなり「こっちはダメだ!」、「外に逃げるぞ!」と俺を無理矢理、方向転換させ、少し乱暴に背中を押した。
「な、なんですか!? 何が起きているのですか!?」
「逃げながら説明する!」
ペアのうち、男の方が案内役に回った。女の方は、俺の後ろにつき、早く走れと言わんばかりに背中を押してきた。
「この城が——いや、〈セクト島〉が、アスタが送り込んだ軍から襲撃を受けている!」
こちらを見ずに、男が説明する。
「アスタはミルマルカリネを恐れ、〈セクト島〉に侵攻せず、放置していた。俺たちはここが安全地帯だと思い、気を抜いていた。そんな俺たちと違い、アスタは〈セクト島〉の攻略に必要なものを時間をかけて集めていたってことさ。まぁ、要するに、準備が整ったってことだ。〈セクト島〉にいる敵全てを一網打尽にする準備が——」
そこまで喋って、男はいきなり俺の胸ぐらをつかみ、傍の壁に叩きつけた。
「い、いきなりなんですか!?」
「ちょっとあんた! こんな時に何やってんの!?」
男の行動に、俺だけじゃあなく一緒にいた女も驚いていた。
「ここは安全地帯だったんだ。あんたが来るまではな……!」
「えっ!?」
「あんたがここへ来た日の夜にアスタがいきなり攻めて来た!
あんたしかいない
んだよ!」「ちょっと! 今はこんなことしている場合じゃあないでしょう!?」
女が俺から男を引き離そうと掴みかかった。
「うるせえッ!」
男は女の顔を殴りつけ、黙らせた。当たり所が悪かったのか、女は床に倒れ、動かなくなってしまった。
「お前、なんてことをするんだ!?」
「黙れッ!」
キチガイと化した男に、俺は暴行を受けた。手加減の無い、力任せの殴打が襲いかかる。このままだと殺される、と身の危険を感じた俺は、壁を這い回っていたピカピカを両手で掴み、亀の甲羅並みに硬い背中を、男の頭部に思い切り叩きつけた。
「ぐっはぁッ!?」
男は頭部を両手で押さえて、床に膝をついた。
「お、落ち着けバカヤローッ! 俺はあんたの敵じゃあないだろうがッ!」
「じゃあ、証明できるのか……! あんたが、敵じゃあないってことを……!」
「なんだと?」
ピカピカが嫌そうに暴れたので、逃がしてあげた。
俺は男から数メートル距離をとり、言った。
「あんたこそ、何を根拠に俺をアスタの仲間だと決めつけているんだ? 確かに、タイミング的に気になるところはある……。だが、俺は魔法も使えないただの人間だぞ。どうやってアスタと連絡を取り、どうやってここを襲撃させるんだ?」
「それは……」
男の視線が俺の右手に向いた。掌に描かれている〈883〉の番号。これは、保護施設で付けられたマイナンバーだ。男はこれを、アスタの仲間の印だと勘違いしているのかもしれない。
「ここに来た経緯を説明した時、この番号のことも話しただろう。あんたは騒ぎで混乱し、冷静に頭が働かなくなっているんだ」
「その番号には、特殊な魔法がかけられている。
それ
が原因だろう」「違う。この番号に付与された魔法は保護施設でしか機能しないものだ」
「本当にそうだと言い切れるのか? 保護施設の奴らが説明しなかっただけで、あんたのその番号には、あんたの知らない効果が付与されているかもしれない。例えば、居場所を術者に伝える、探知能力のような効果が……」
俺は、そう言われてゾッとした。それが答えかもしれない、と一瞬でも思ってしまったからだ。
男の推測が正しければ、俺の掌に描かれた番号は、脱走防止のため、いざというとき発信機として機能する。それは保護施設のみで機能するものではなく、保護施設の外に出ても継続するものだと考えたら、俺は、保護施設の連中に〈セクト島〉の場所を教えてしまったことになる。
だが、仮にそうだったとしても、攻め入る理由にはならないはずだ。これまでずっと放置していた〈セクト島〉に、今になって攻撃を仕掛けるタイミングと、俺の掌の番号(発信機)が関係しているとは思えない。
「アスタは、〈セクト島〉の場所を知っていたんだろう?」
「ああ。だからあんたが発信源として使われたんだよ。魔法の中には、生物や物体を発信源とし、周囲の大まかな地理を把握できるものがある。アスタほどの魔法の使い手なら、それが使えるはずだ」
「……え?」
魔法版GPS機能。グーグルマップならぬ、魔法マップ。そんなものがあるなんて、知らなかった。
「アスタは〈セクト島〉がどこにあるのか知っている。だが、中がどうなっているのか知らなかった。だからあんたを利用して〈セクト島〉の地図を手に入れたんだよ」
じゃあ、俺のせいなのか?
俺が発信機となり、〈セクト島〉の情報を受信元のアスタに送り、攻め込む隙を作ってしまったのか?
俺は男に言い返せなくなり、あちこちから鳴り響く爆音とともに揺れる床に視線を落とした。