第43話

文字数 3,689文字

 マイルド、ブリード、モモの三人と並んで、俺は門をくぐった。

 初め、魔力で開く魔法の扉を見た時、分厚い壁に囲まれた天井の無い広場を想像したのだが、全然、違っていた。

 〈流れ者〉を保護する〈保護団〉の拠点は、半円型の屋根のある、太陽に似た光を放つ巨大な球体が天井付近に浮かぶ、広大な施設だった。

 壁の至る所に小部屋が設置されており、その中で、人々がライフルに似た得物を手に、動き回っている姿が見える。小部屋には四角い穴が開いており、そこから顔を出して、双眼鏡で拠点内を見回している人の姿もあった。多分だが、あの小部屋は見張り台だ。中で異常が起きていないか、担当に選ばれた大勢の人々が監視しているのだろう。ライフルに似た得物の使い道は、狙撃しか思い浮かばないが、見張り台を大量に設置するほど、ここでは問題の発生率が高いのだろうか。

 地上には、高層マンションに似た、縦長の建物がいくつも存在した。王都〈ラディア〉もここと同じくらい広かったが、建物にはもっと華があった。あそこから娯楽的要素を取り除き、地味な見た目の建物を並べたら、ここ、〈保護団〉の拠点みたいな光景が出来上がるかもしれない。

「君の住んでいた世界に、ここと同じ景色は無かったかい?」

 マイルドは、立ち止まって周囲を眺める俺を急かさず、自分も足を止めて話しかけてきた。

「そう、ですね……。少なくとも、私が住んでいた町には、この景色はありませんでした」

「良いところだよ。〈流れ者〉の九割が、ここの居住区に住むほど、魅力的なものが詰まっている」

「そうなんですね」

 〈流れ者〉を惹きつけるものとは、一体なんだろう。

 同じような見た目の建物ばかりだが、中身はそれぞれ違っていて、生活に必要な施設——例えば、ショッピングセンターや、飲食店などがあることは予想できるが……。

「君の世界には無いものがここにはある。ちなみに、それが何かわかるかい?」

 なんだろう。俺の世界に無くて、この世界にはあるもの。 

「魔法を使った娯楽、とかですかね?」

「それもある。魔力を操って空中に描いた絵を眺める、芸術鑑賞などが存在する。でも、一番人気ではない」

「なんですか?」

 マイルドはニコリと笑った。

「それは、見てのお楽しみだ」

 気になるので、自由行動が許されたら探してみることにする。

「行こうぜ」

「お腹空いた」

 いつの間にか、俺とマイルドの傍から離れていたブリードとモモが、こっちに手を振る。

 俺の見張りとマイルドのボディーガードを担当しているはずだが、離れたら意味がないのではないか。

 拠点の中は警備がしっかりしている様子なので、自分たちは働く必要が無いと気を抜いてしまったのだろうか。

「武器を持っている人たちは気にしないでくれ。人に向かって発砲されることは、ほぼ無いから」

 ライフルを持った人たちに向いていた俺の視線が気になったのか、マイルドが言う。

「それに、もし仮に撃たれたとしても、睡眠魔法の付与された柔らかい弾だ。当たっても痛くないし、死にもしない。猛烈に眠くはなるけれどもね」

「なるほど……」

 銃があるってことは、当然、実弾を撃てる銃も存在するはず。

 マイルドは俺を安心させるために、ああ言っていたが、皮一枚の情報で中身は隠している気がした。

 植物が一本も生えていない、アスファルトのような道を四人で進んでいると、突然、マイルドが立ち止まった。

「着いたよ。ここが〈流れ者〉を保護してくれる施設だ」

 指差された建物は、高層マンションに似た造りをしていた。見上げると、壁のあちこちに一定の間隔をあけて窓がついている。拠点にある建物はどれも似たような見た目だったので、一人でどこかへ行き、一人でここへ戻って来いと言われたら、迷いそうな予感がした。

「中に入ってすぐ右側に受付がある。そこにいる職員に、この世界に来た経緯を伝えれば、保護してもらえるだろう」

「ありがとうございます」

 丁寧に説明してくれたマイルドに、俺は頭を下げた。

「僕たちの役目はこれで終わりだ。近いうちに、また会おう」

 マイルド、ブリード、モモの三人は俺を残して、門のあるの方へ向かって歩いて行った。

「……近いうちに、か」

 三人の背中を見つめながら、俺は呟く。

 まるで、近いうちにまた、あの三人の世話になるような言い方だ。

 ブリードとモモは、まったく絡んでいないので、どのような性格の持ち主なのかわからないのは当然だが、マイルドとは何度も言葉を交わしているのに、イマイチ彼の性格を把握できなかった。

 真面目な男で、悪い奴ではない、と直感したが、時々出てくる

が、彼を謎の多い人物に思わせてしまう。こちらを探るような質問攻めや、反応を窺うような目つきも、彼に裏の人格があるのではないかと邪推させる要因となっている。

 俺は苦笑した。

 マイルドの疑り深さが移ったのかもしれない。余計なことを考えるのはよそう。

 そんなことよりも俺は、シーナを捜しに行かないといけないのだ。

 こんなところに長居する気など無いが、この施設を見張る連中に不審者だと思われ、絡まれるのは避けたいので、ひとまずは、マイルドの言う通りに行動する。

 保護施設に入り、すぐ右にある受付に近づいた。

 そこにいた年配の女性に、ここへ来るまでの経緯を伝えると、手続きが始まった。

 ペンを握って紙に個人情報を記載する面倒な作業をやらされる、と思いきや、変な透明な球に触れさせられただけで、書き物の類は一切無かった。

 年配の女性が言うには、俺が触れた球は、触れた者の身体的特徴を一瞬で記憶する効果が付与された魔法のアイテムらしい。

 球に特徴を覚えられた〈流れ者〉は、簡単な話、逃げられなくなる。俺がこの世界のどこにいようと、球が記憶している情報を頼りに、見つけ出すことができるそうだ。

 一通り説明された後、年配の女性は、掌を見るよう言ってきた。

 言われた通り自分の掌を見て、俺はギョッとした。

 右手の小指から人差し指にかけて、ラメのように光る数字が描かれていたのだ。

 これは何かと慌てる俺に、年配の女性は事務的な口調で答えた。

「〈エンチャントボール〉に触れたと同時に登録された、あなたの個人番号です」

 さっき触れた変な球は、〈エンチャントボール〉というらしい。

 身体的特徴を記憶したり、掌に数字を描いたりなど、色々な効果が付与されたボールのようだ。

「ここ以外にも、様々な施設を利用する時にその番号が使われます」

 俺に与えられた番号は〈883〉。覚えやすかった。

「自分の部屋に入る時は、番号が描かれた掌をドアにかざしてください。すると、ドアにかけられた魔法が解除されます。各施設の利用時は、その都度、担当の者の指示に従ってください」

 何かする時、俺自身が鍵の役割を果たすみたいなので、身体を乗っ取られでもしない限り、マイナンバーを悪用される心配はなさそうだった。

 年配の女性は受付から出ると、俺を連れてフロアの奥にあった扉の前へ歩いた。

 俺が迷子にならないように、この人が部屋に行くまで付き添ってくれるみたいだった。

 年配の女性が壁に描かれている〈↑〉という絵に手をかざすと、目の前の扉が開き、俺たちは中に入った。窓一つない、滑らかな壁に囲まれた小部屋だ。まさかとは思うが、これは俺の居た世界でいうところの、エレベーターみたいな乗り物だろうか。

 扉が自動で閉まり、開くと、そこは通路だった。

 先ほど入った小部屋は、やはり、エレベーターだ。矢印の模様に手をかざすことで、好きな階層まで移動させられる仕組みなのだろう。

 年配の女性に連れられて通路を進んで行くと、〈883〉と部屋番号が付けられたドアが見えた。

「あなたの部屋です。中にあるものは好きに使ってもらって構いません」

 ドアに近づき、受付で説明されたように俺が手をかざすと、内側からカチャリとロックが外れる音が聞こえた。

「何か困ったことがありましたら、お気軽にお申し付けください」

 事務的にお辞儀をし、年配の女性は来た道を戻って行った。

 俺はロックを解除した部屋に入り、ドアを閉める。サムターンも鍵穴も無いのに、カチャリと施錠された音が鳴った。手をかざさずに押し開けようとしたら、溶接されたみたいにびくともしなかった。

 なんだか、一方的に住むことを決められた感じだったが、屋根がある部屋で生活できるのはいいことだ。料金が発生する等の話は一つも聞かされなかったので、ここにある物は全て、無料で使っていいのだろう。

 シーナに関する情報集めが済むまで、しばらくはここを活動拠点とする。

 俺は靴を履いたまま部屋の中を歩き回った。五畳ほどの部屋にキッチンが付いた、一人暮らし用の狭い部屋だ。窓はあるが、ベランダは無い。風呂とトイレは共用。洗濯機っぽい見た目の物体が玄関のすぐ傍に設置されている。この部屋にある物で一番大きいのは、窓の傍に置かれたベッドだった。

 眠気は無い。こんな地味な部屋に引きこもっていてもシーナの手がかりは得られないので、俺はまた、外に出ることにした。
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登場人物紹介

シーナ。本作のヒロインで、魔法使いの女の子。


モンスターと仲良く暮らせる世界を夢見ている。

アッシュ。マイペースな女性。


悪い奴ではない。

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