第8話

文字数 3,547文字

 日が暮れ、辺りは真っ暗。

 四方八方、どこを見ても木、木、木……そして草。全くもって笑えない状況だった。

「これからどうしよう……」

「さぁな」

 髪の毛をいじりながらボーっと突っ立っているアッシュからは、なんの危機感も感じられない。慣れている、のだろうか。

「とりあえず、アタシらだけでもライ村目指すか。シーナ嬢なら一人でも大丈夫だろうし」

「ああ……」

「つーかさぁ、シーナ嬢ヤバくね? シーナ嬢がヘラクスの群れの一斉攻撃を魔法で防いだのを見た時、マジで天才かと思った。あの若さで百匹以上のモンスターの攻撃を魔法で防ぐだなんて普通はできねーよ」

 この世界の住人が認めるくらいだから、シーナは本当に凄い魔法使いなのだろう。

「でもさぁ、解せねえよなぁ。モンスターの一斉攻撃を防ぐことができる壁を立てられるのなら、逆に皆殺しにすることだってできたはずだ。防ぐよりも、そっちの方が絶対効率良いだろ。なのに、シーナ嬢はヘラクスを一匹も殺さなかった。アタシらがシーナ嬢と離れ離れになった一番の要因は

だと思うぜ」

「シーナさんはモンスターを殺さない」

「どんな奴にも弱点があるもんだが、それは

だぜ。相手がそれに気づいちまったら、殺される恐怖が無くなっちまうからなぁ」

「お前がさっき言っていたように、シーナさんは一人でも平気だ。相手に弱みを知られても、対処できる力があるから一人で冒険できるんだ」

「一人で冒険って、マジか? それっていつから? ていうか、シーナ嬢に親はいないのか?」

「ところでアッシュ。さっき、ライ村を目指すって言っていたことから考えて、お前はライ村までの道筋がわかっているんだろ。それなら、俺を殺して持ち物を奪い、ライ村を目指すことができるはずだ。それなのに、俺と一緒にライ村へ向かおうとしているのは何故だ?」

「アタシの質問無視された気がするけれど……まぁ、いいや。今、ショウにはシーナ嬢っていうヤバい味方がいるだろう。詳しいことは、ショウが何も話してくれないからわからねーけど、シーナ嬢はあんたのことを気に入っている。だから、アタシがここでショウを殺しちまったら、アタシがシーナ嬢に殺される。ただでさえ、アタシは

だ。そこにシーナ嬢も加わっちまったら面倒臭いじゃん」

「お尋ね者、か……」

 俺が生まれた世界で言うところの、アッシュは指名手配犯なのだろう。

 お前長生きできないぞ、と言ってやりたかったが、今この場でそれを言うと〈死亡フラグ〉になりかねない。

 俺だって、この状況を抜け出せなければ、長生きできないのだ。

「言っておくがな、アタシはその辺の盗賊共と違って、くぐって来た修羅場の数が違うのよ! 国が手配書をばらまくほどの大盗賊……それがこの、アッシュ様ってわけだ!」

「じゃあお前、〈ラディア〉の各地で悪い意味で有名人ってことだよな? 今の今まで、よく生き残ってこられたな」

「変装と整形! この二つを駆使すれば、一般人は勿論のこと、国王が〈ラディア〉中に配置している警備隊員や、懸賞金狙いの賞金稼ぎ共に見つからず、盗賊稼業を続けられるんだよ! どうだ、スゲーだろ!?」

「なるほど。じゃあ、金に困ったらお前を国王のところへ連れて行けばいいのか。ちなみに、お前にかかっている懸賞金っていくらだ?」

「おい! 物騒なこと言うんじゃねーよ! アタシらは今、仲間だろうが!」

 確かに、

こいつは仲間だ。

 ライ村までのルートを知っているコイツと手を組む以外に、今の俺には選択肢が無い。

 アッシュはシーナにビビって俺に手が出せないようなので、懸賞金を頂くのはシーナと合流してからの方がよさそうだ。

「そうだな。俺たちは仲間だ。協力してライ村を目指そう」

「よし来た! で、ライ村までの行き方なんだが……。どうやらアタシらは、ヘラクスたちから逃げ回っているうちに〈危険区域〉に入ってしまったらしい。ヘラクスたちが途中で追いかけるのを止めたのは、〈危険区域〉に入りたくなかったからだ。あのヤバい奴らがビビるほどの、もっとヤバい奴らの巣窟なんだよ、ここは」

「〈危険区域〉なら知っている。〈ラディア〉の王が定めた、文字通りの危険な場所……」

「そう、それだ。付け足すなら、〈危険区域〉って場所は



「ほう……」

 



 あれ。なんか、おかしいぞ。

「ていうかショウ、〈危険区域〉のこと知っていたんだな。シーナ嬢から教えてもらったのか? まさか、アタシと出会う前に

なんて言わねえよな?」

「…………」

「ショウ、まさかとは思うが」

「……聞いてない」

「は?」

「入っただけで違反なんて聞いてないんだが!?」

 アッシュの話が本当なら、俺は異世界転移したその瞬間に、犯罪者になってしまったことになる。

 だが、そんなこと、初めに出会ったヒュドラも、ヒュドラに案内された村の人たちも、シンもシーナも一言もいっていなかった。

 ヒュドラは元々、犯罪者みたいなモンスターだったから、法律について何も話さなかったことに納得できる。

 しかし、村の人たちはどうだ。流れ者が〈危険区域〉を生きて出られるのは珍しいとは言われたが、「お前は犯罪者だ」とは一言もいわなかった。

「俺はセーフだ! 俺が〈危険区域〉に入ったなんて、あの村の人たちと、お前以外、誰も知らない! 〈ラディア〉の犯罪者を取り締まる役人とか、そういった人たちに知られなければセーフなんだ! そうだよな!?」

「どうしたショウ! 何をそんなに慌てている!?」

「うるせー! 俺はセーフだ! 頼むからセーフだと言ってくれ!」

「は、入った瞬間を誰にも見られてなければ全部セーフだろ」

「よしッ!」

「け、けどよ、ショウ……。何も知らない〈流れ者〉が生きて〈危険区域〉を出られるなんて初めて聞いたぞ。〈ラディア〉に来て、今までどうやって生きていたんだ?」

「あー……。転移してすぐ、黒いスライムに出会った」

「黒いスライム?」

「ああ。ヒュドラさんっていう、良いスライムだ。俺はヒュドラさんに

まで案内してもらったんだ」

「ヒュドラ? なんか、結構前に見た掲示板の、誰かが貼り付けた

に、そんな名前のモンスターが載っていたような、載ってなかったような……」

「で、その、ヒュドラさんに案内された村で色々あって、シーナさんと一緒に旅立つことになった」

「ちょい待て。その色々ってなんだ? 省略しすぎだろ」

「シンさんに、宿を貸す代わりにシーナさんの遊び相手をしてくれって頼まれたんだよ」

「シンだって? いや、まさかな……。その村って〈危険区域〉の傍にあるのか?」

「ああ」

「ま、マジか……。あ、あのな、ショウ……。〈ラディア〉にある村の中で、〈危険区域〉の傍にある村ってのは、

んだ」

 アッシュは恐ろしい呪文を詠唱するような声音で続ける。

「そしてその村は、大昔に魔法の達人たちによって〈危険区域〉に封印された魔王〈ヴィオボロス〉が、再び姿を現すことを想定してつくられた——かつて魔王を封印した魔法の達人たちの末裔が住む村なんだ」

 なるほど。あの村の人たちはみんな普通じゃないと思っていたが、アッシュの話を聞いて確かにその通りだと再確認できた。

「ショウが出会ったシンって人は、恐らく、〈ヴィオボロス〉の封印作戦に参加した大魔法使い、シヴァ・アルシュファルレント・ディスパーダの末裔——シン・アルシュファルレント・ディスパーダだと思うんだ……」

「はぁ~、大魔法使いの末裔か。そんな凄い人だったのか、シンさん」

「凄いなんてもんじゃあねえよ! シンは〈ラディア〉の次期国王の候補に名をあげられるほどの達人だ! 魔法使いとしての実力なら、〈ラディア〉の魔法使いたちの中で間違いなく五本の指に入る!」

「マジかよ。だからその娘のシーナさんも凄い魔法の力を持っているんだろうな」

「む、娘ぇ!? シーナ嬢は、シンの娘なのか!?」

「お、おう……」

 これって、言ってよかったのだろうか。

 でも、シンには素性を隠せとは言われていないし……。

「マジかよマジかよ……! アタシ、もしかしたら

を掴んじまったのかもしれない……!」

「おい。何をぶつぶつ喋ってやがる」

「ショウ!」

 アッシュは、いきなり俺の肩を両手で掴んだ。

「絶対に、生きてライ村へ行こうな!? シーナ嬢とも、早く合流しよう!」

「あ、あぁ……。勿論、だ……?」

 何故か知らないが、アッシュのテンションが高くなった。

 俺は、何か余計なことを喋ってしまったのでは……。

 いや、とにかく今は、〈危険区域〉からの脱出と、無事にライ村へ辿り着くことだけに集中しよう。
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登場人物紹介

シーナ。本作のヒロインで、魔法使いの女の子。


モンスターと仲良く暮らせる世界を夢見ている。

アッシュ。マイペースな女性。


悪い奴ではない。

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