第10話

文字数 3,458文字

 シンの家でご馳走になった料理の中に〈ギョロギョロの血液スープ〉とかいう妙な汁物があった。名前は怖いが、味は俺好みで、豆腐みたいな食感の小型の目玉が沢山入っていたのを覚えている。

 今、見ているギョロギョロと大きさが違うので、俺が食った目玉は恐らく別のモンスターの目玉で、スープに使われた出汁(血液)がギョロギョロだったのかもしれない。

「聞け、ショウ。ギョロギョロは目が良いが、耳は悪い。だから、会話だけならできる」

 俺を抱きしめるような体勢で、アッシュが言う。

 話ができるなら、アッシュに、あの時食べたスープについて質問できる。

 俺は気になっていることをアッシュに訊いた。

「なぁ、アッシュ。俺はシンさんの家で〈ギョロギョロの血液スープ〉とかいうものを飲んだんだが、今そこにいるあいつが材料で間違いないだろうか」

「え? ギョロギョロって食えるのか?」

「……ギョロギョロって食えるのか?」

「いや、アタシが知りてーよ! ……ていうか、あいつが食べられるか食べられないか、そんなこと、今はどうでもいいだろ!」

「まぁ、そうだな……」

 アッシュの言う通りだ。『ギョロギョロに食われないようにどうやって逃げるか』を真面目に考えなくてはいけない時である。

「アッシュ。さっき、あのモンスターはどうやってヒュドラさんに攻撃したんだ? 俺には何が起こったのかさっぱりわからなかった」

「自分の子供をぶつけたんだよ。ギョロギョロは袋みたいな体をしているんだ。奴の体内には沢山の子供が入っていて、それを口から吐いて、対象にぶつけて攻撃する」

「自分の子供を投擲武器に使う親がどこにいるんだ?」

「そこにいるじゃねーか」

「子供は爆発するのか? さっき、ヒュドラさんは爆発したように見えたんだが……」

「当たって弾けたんだろ。ギョロギョロが子供を口から吐き出す勢いは凄まじい。吐き出された子供には、大木に穴を開けるくらいの威力がある。だが、吐き出される子供には衝撃に耐えられる強さは無い。だから、対象に当たった瞬間、砕け散るんだ」

 ヒュドラは頑丈ではない。スライムの柔らかい体に、同じく柔らかい体のギョロギョロの子供がぶつかり、ともに砕け散ったのだ。

「ギョロギョロの子供は、当然、死ぬんだよな?」

「即死だ。ギョロギョロは体内で子供をつくる。生み出すのに手間がかからないから、あいつは残酷な攻撃法を多用できるんだ」

「ギョロギョロを殺すことはできないのか?」

「ギョロギョロは熱に弱い。火属性の魔法や、火属性が付与された武器で攻撃して仕留めるのが効果的だ。アタシらは火属性の魔法を使えないし、火属性が付与された武器も無いし、奴の攻撃をかわせるほど身体能力も高くない。つまり、アタシらには奴がいなくなるのを待つしか手は無いってことだよ」

「物理攻撃は効かないのか?」

「効果は薄い。ギョロギョロはスライム族で、再生能力を持っているから、打撃斬撃は相性が悪いんだ」

「なるほど……」

 アッシュから得た情報を整理し、出した結論は……やはり、逃げる一択だ。俺とアッシュが戦って勝てる相手ではない。

「最初に見つかったのがクソ生意気なスライムだったのは運が良かったな。奴には視界に入った生物を問答無用で攻撃し、捕食する習性があるけれど、アタシらはまだ姿を見られていない。このまま大人しくしていれば、どっかに行ってくれるだろう」

「俺たちは大丈夫みたいだが、ヒュドラさんはどうする?」

 粉々になったヒュドラの肉片を、ギョロギョロが食っている。眼球の下部が上下に開閉し、内側に生えた牙で肉片を噛んでいるのが見える。

 だが、多少体積が減ったところで、ヒュドラは死なないだろう。彼もスライム族、再生能力を持っている。残った肉片が集まって体を形成し、また元気に喋り出すはずだ。

 しかし、再生してもギョロギョロが傍にいたら、また同じことの繰り返しになってしまう。

「なんだよ、ショウ。あのスライムを放っておけないってか? 確かに、スライム族は再生能力を持っている。けれど、あそこまでバラバラになって再生できるスライムは存在しない」

「え……。じゃあ、ヒュドラさんは……」

「死んだ。ギョロギョロを撒いた後、アタシらだけでライ村まで行くしかなさそうだな」

 アッシュはあっさりしていたが、俺はかなりショックを受けていた。

 ヒュドラは良いモンスターだ。俺は一度、ヒュドラに命を救われている。彼のことを、俺は命の恩人だと思っている。

 その命の恩人に、また、俺は助けてもらった。ギョロギョロの攻撃を誰よりも先に受け、俺とアッシュが隠れる時間をつくってくれた。


 ……俺は助けてもらってばかりだ。それなのに、俺はまだ、ヒュドラに何も恩返しできていない。このままヒュドラを見捨ててライ村へ行ったら、ヒュドラが可哀想じゃあないか。


 俺は、震える両拳を見つめながら大きく深呼吸した。

 ヒュドラを再生させられるかわからないけれど、やれるだけのことはやってみようと思った。

「なぁ、アッシュ。お前、もしもギョロギョロから狙われたら、どのくらい持つ?」

「それは、やったことないし、やりたくもないからなんとも言えねえよ。……って、ちょっと待てショウ。なんか、ヤバいことする気じゃあないよな?」

「ヒュドラさんの肉片を回収する。まだギョロギョロに食われていない肉片を回収し終えるまで、お前に奴の気を引いてもらいたい」

「む、無茶言うなよ! ショウそれ、アタシに死ねって言っているのと同じことだぞ!?」

 俺はコクンと頷いた。

「いや『コクン』じゃねーよ! アタシら仲間じゃあなかったのか!? 仲間を生け贄に捧げるバカがどこにいるんだよ!?」

「ここにいるだろうが」

 アッシュはブンブンと頭を振った。

「ショウ! 考え直せ!」

「アッシュ、お前は仲間だ。そしてヒュドラさんも……。そう思っているのは俺だけかもしれないが、俺たちの仲間だ。見捨てられるわけがないだろう」

「そう思っているのはショウだけだっつーの! アタシは嫌だぞ! あんなクソスライム一匹のために死にたくない!」

 アッシュと話している間も、ギョロギョロの食事は続いている。

 この薄情者を説得することに時間を使っている間にヒュドラの肉片が全て食われてしまったら元も子もない。

「……もういい、わかった。ヒュドラさんは俺一人で助ける。お前は、肉片を回収した後の逃走ルートを考えていてくれ」

「お、おい!? 本当に止めとけって、ショウ!」

 アッシュの声を無視して、俺は草陰から出た。

 俺がやろうとしていることは、アッシュから見たらバカみたいに映るだろう。

 だが、俺はアッシュが思っているほどバカじゃない。

 俺にはあるのだ。ギョロギョロの攻撃に耐えられる防御力が……。

 いや、多少、運任せなところはあるが、アッシュの鋼のレイピアを破壊した、シンから貰ったこのジャケットがあれば耐えられるはずなのだ(多分)。

 俺はゆっくりとギョロギョロに歩み寄った。

 ギョロギョロの血走った目が、ギロリと俺の方に向いた。

「クソッ! 来るなら来いよッ! この鉄壁のジャケ——」


 ズドドドドドドドドドドドドドッ!


「ぐっふッ!?」

 マシンガンみたいな射撃音が聞こえた刹那、俺はさっきまでアッシュと一緒に隠れていた草陰に背中から突っ込み、地面に叩きつけられていた。

 俺の顔を、アッシュが焦った様子で覗き込んだ。

「おい、大丈夫か!?」

「いッ……!」

 息ができない。多分、ギョロギョロは俺の腹に子供を連射し、それらはジャケットの上から俺の腹にダメージを与えたのだろう。

 ギョロギョロの攻撃は、ほぼノーモーションだった。口を開けたところすら視認できなかった。一度目は運良くジャケットの上から食らったが、次は、ジャケットでガードしていない部分を狙われる危険性がある。もう一回、同じことをしろって言われたら、絶対に無理だ。

「スゲーな、ショウ! まさかギョロギョロの攻撃を受けて無事なんてよ! 攻撃に耐えられるなら、その調子で肉片全部回収できるかもしれねえぞ!」

 アッシュはどこをどう見て無事などとぬかしているのだろうか。

 俺はもう満身創痍だ。こちらを敵視するギョロギョロに

前に、即刻、立ち去るべきである。

「こ……殺……る……」

「なにィ!? 

だって!? ショウ、完全にやる気になったな! よっしゃ、底力を見せてやれ!」

 アッシュは俺を無理矢理立ち上がらせ、ギョロギョロの前に突き出した。

 悲報。アッシュ裏切る〈了〉。
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登場人物紹介

シーナ。本作のヒロインで、魔法使いの女の子。


モンスターと仲良く暮らせる世界を夢見ている。

アッシュ。マイペースな女性。


悪い奴ではない。

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