第31話

文字数 3,650文字

 バイルたちは横一列で、謎の威圧感をこちらに与えながら歩いて来た。

 やはり、視線は俺たちを捉えている。

 バイルがわざわざ俺たちに会いに来る理由など無いはずだ。

 別に、何か悪いことをしていないのに……。

 不意に、俺の脳裏に〈危険区域〉という言葉がよぎった。

 〈危険区域〉とは、本来、国に認められた、資格を持つ者しか入ることができない場所。

 何も知らなかったとはいえ、俺は、この世界に来て一番最初にそこへ飛び込んだ。

 資格の無い者は、入るだけで罪人となる。……その話を知った後も、何度も入った。ついさっきも、〈バスルーン湿原〉という〈危険区域〉から出てきたばかりだ。

 まさかとは思うが、バイルたちは俺たちに、侵入罪について問うためにここへやって来たのではないだろうか。

 だが、俺は一度も、〈危険区域〉に入ったことをバイルやその他の衛兵に話していない。

 それなのに知られているとしたら、それは……。

 俺は足元で跳ね回るヒュドラに目をやった。

 バイルたちはヒュドラとともにここへ来た。

 ヒュドラを追って来た、とは考えにくい。

 討伐や捕獲が目的ならば、もっと早い段階でヒュドラを好きにできていたはず。どんなモンスターでもあっさり退けられるシーナを一瞬で気絶させるほどの実力の持ち主が、ヒュドラ一匹に手こずるとは思えないからである。

 もしも、ヒュドラが自分の口からバイルに俺たちの行動について話していたとしたら、バイルが俺たちに用があってここに来た説明がつく。

 だが、本当かどうかわからないのに、ヒュドラを裏切り者みたいに扱うのは間違いだ。

 真偽を確かめるために、俺はヒュドラに訊いた。

「ヒュドラさん。私たちが〈バスルーン湿原〉に入る話をしていたことを、バイルさんや衛兵の誰かに話しませんでしたか?」

「話したぜ!」

 ヒュドラは自信たっぷりに言い放った。

「どうしてですか……? ヒュドラさんの説得を聞かず、〈バスルーン湿原〉に入る話を進めたことに怒ったからですか?」

「なんのことだ!? 俺様は、お前たちを助けようと頑張ったんだぜ!」

 やり返し、ではなく、ヒュドラは俺たちを助けようと頑張った。

 それは、どういうことだろう。

「思考が鈍くて申し訳ありません。私たちと別れた後、何をしていたのか。一から、順を追って説明をお願いできますか?」

「いいぜ! お前らが〈バスルーン湿原〉に向かった後、俺様は助けを呼びに行ったんだ! フォルの時みたいに、お前たちの助けになってくれる奴を捜して、走り回った! そしたら、なんか強そうな奴らを見つけたんだ! しかもそいつらは、〈ライ村〉でお前たちと話をしていた男たちだった! お前たちの知り合いだと思って、助けを求めてみたら、『案内しろ』って言われた! で、案内してやったってわけなんだぜ!」

 〈ライ村〉で俺とシーナがバイルと話をしている姿をヒュドラは隠れて見ていたのだろう。

 何の話をしているかまではわからなくて、ヒュドラは恐らく、仲良くしていると間違った捉え方をしてしまったのではないだろうか。

 バイルがヒュドラの案内でここへ来たことはわかった。

 ヒュドラの話がそこで終わりなら、俺たちにはまだ、助かる道が残されている。

 今のうちにシーナとアッシュと口裏を合わせて、すっ呆けるのだ。

 俺たちが〈バスルーン湿原〉に入った証拠が無いので、「入る前に怖気づいた」などと嘘をつき、逃げることができるかもしれない。

 だが、もしもヒュドラが、〈バスルーン湿原〉に入る前の話をバイルに聞かせてしまっていたら、言い逃れはできない。

「ヒュドラさん。正直に教えてください。私たちについて、バイルさんたちにどのくらい話しましたか?」

「俺様が、お前らと友達(ダチ)ってことを話した! 〈危険区域〉でギョロギョロを相手に頑張った話とかも、聞かせてやったぜ!」

 俺は天を仰いだ。


 ……終わった。バイルは何もかも知っている。


 だが、ヒュドラは裏切り者じゃあない。助っ人に、運悪くバイルを選んでしまっただけだ。

 俺様は仲間のために頑張った、と意気揚々に語るヒュドラを咎める気は起きず、俺は、バイルから何を言われるのか、ドキドキしながら棒立ちで待っていた。

「……フン。逃げない、ということは、そのスライムから何もかもを聞いたのだな」

 俺たちから二メートルほど離れた場所で足を止め、バイルは腕を組んで言った。隣の甲冑二人は、持っている槍の先端を上に向け、姿勢を正した。

「バイルさん。言いたいことはわかっています」

 バイルは頷いた。

「お前を、〈危険区域〉に資格無く侵入した罪で拘束する」

 捕らえろ、というバイルの掛け声に合わせて、甲冑二人は動き出した。

「また性懲りも無く! 今度こそ……!」

「手を出さないでください! シーナさん!」

 暴れようとしたシーナを、俺は寸でのところで制止した。

 今暴れるのは、罪に罪を重ねるようなものだ。

「お兄さん、でも……!」

 両腕に手錠をはめられた俺を、シーナは不安げな目で見てくる。

 ヒュドラは拘束されなかったが、逃げずに、その場でプルプル震えていた。

「シーナ・アルシュファルレント・ディスパーダ。お前も、この男の関係者だろう。詳しい話を聞きたいので、俺たちに同行してもらう」

 無言で頷くシーナを一瞥し、バイルの目はアッシュに向いた。

「で、お前は誰だ?」

 アッシュのことはヒュドラから教えられていないのか、バイルは首を傾げた。

「あ、アタシは……」

 通りすがりの一般人、とでも嘘をつけば逃げられたかもしれないのに、アッシュは口ごもってしまった。

 仲間を裏切ってまで助かりたくない、と思っての黙秘なら、アッシュは出会った時と比べて立派になったと言える。

 バイルはしばらく怖い顔をしていたが、「まあいい」とアッシュから視線を逸らした。

 一応、関係者として連れて行くのだろう。アッシュの隣に、甲冑が一人立った。

「おい。そこのスライム」

 バイルに呼ばれて、ヒュドラはポヨンと跳ねた。

「なんだ、お前! さっきから黙っていれば……! 俺様の友達(ダチ)に何をする気だ!?」

「報告ご苦労だったな。お前には感謝しているぞ、野良スライムよ。

だが、罪人を捕らえる手助けをしてくれた礼として、今回だけ見逃してやろう」

 ヒュドラが賞金首。

 そういえば、前にアッシュが言っていたか。

 俺がヒュドラについて話をした時、アッシュは、掲示板の〈討伐依頼書〉にその名が載っていたなどと喋っていた。

 どうやら、アッシュの記憶は正しかったようで、ヒュドラはバイルが認知するほどの、危険レベルの高いモンスターだったようだ。

 シーナは俺と出会った後にヒュドラを見たと言っていたし、彼の隠密能力は非常に高い。或いは、危険察知能力が高いのか……。兎も角、ヒュドラは賞金稼ぎから狙われの身であるにも関わらず、長く生き残っている——賞金稼ぎからしたら狩って損は無い、レアモンスターの部類に入ると思うが、衛兵にはどうでもいい存在なのだろう。

 今のバイルたち衛兵にとって、やるべき仕事は一つ。

 捕らえた犯罪者を連行する。それ以外は無視するのだ。

「この男を王都〈フレア〉へ連行する」

 歩き出したバイルに、俺たちは続いた。

 皮肉にも、俺たちの次の目的地は、そこだった。

 バイルたち衛兵が傍にいる限り、道中、安心できると思うが、着いた後のことは読めないので、複雑な気持ちだ。

「ち、ちょっと待つんだぜッ!」

 取り残されそうになったヒュドラが、突然、大騒ぎしだした。

「お前ら、俺様の友達(ダチ)に何をする気だ!?」

 バイルに見逃してもらったのだ。そのまま逃げればいいものを、ヒュドラは俺たちが悪党に捕まったみたいに思っているのか、バイルの行く手を体を張って遮る。

「なんだ? お前、俺たちの邪魔をするというのか?」

 バイルは威嚇するように、両拳の骨を鳴らした。

「なんだお前! 俺様とやろうってのか!?」

「いや、もういいです! ヒュドラさん! それ以上、その男に歯向かわないでください!」

 ここからはもう、ヒュドラは用済みだ。

 次は、「衛兵に歯向かう野良モンスターを排除する」という理由で、バイルは行動するだろう。

「お前たち! このバカ共から、俺様が助けて——」

 体当たりしようと跳ねたヒュドラの体が、バイルの蹴りで木端微塵に吹き飛んだ。

 ダンプカーが走った跡のような、蹴りで抉れた地面に足をつけ、バイルは溜息を吐いた。

「まったく、これだから馬鹿なモンスターは嫌いなんだ」

「お前……! 見逃すって言っただろうがッ!」

 この程度でヒュドラは死なない。

 わかってはいるが、仲間が蹴られたことに対する怒りを抑え切れず、俺はバイルに吠えた。

 バイルはギロリと俺を睨み、

「見逃した。俺は仕事の邪魔をするモンスターを蹴散らしただけだ」

「それが、お前ら衛兵のやり方かッ!?」

「罪人の言葉は、逃げるための言い訳にしか聞こえんな」

 バイルは俺の声が聞こえないフリをして、進行を再開した。
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登場人物紹介

シーナ。本作のヒロインで、魔法使いの女の子。


モンスターと仲良く暮らせる世界を夢見ている。

アッシュ。マイペースな女性。


悪い奴ではない。

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