第36話

文字数 3,727文字

「——と、いう夢を見たのか」

「ショウ」

 冗談交じりで返した俺を、アッシュは睨んだ。

 アッシュの本名がアイルで、バイルとゼラルドが家族?

 わざわざひと気の無い森の中を選んで話すくらいだから、嘘ではないのだろうが……。

「そのことを知っているのって、カスタ王と、私とお兄さんだけ?」

 シーナはアッシュの話を詳しく聞きたい様子だった。

「多分ね……。バイルと父さ——ゼラルドには、バレていないと思う。カスタ王も、自分の口からアタシの正体を明かすみたいなことは言ってなかったし」

「お前の正体がバレると、何かマズいことでもあるのか?」

「殺される。〈ハルドゥイン〉の一族に……」

 家族に対してそれはないだろ。

「そんなに殺意マシマシなのか。〈ハルドゥイン〉の人たちは」 

「ショウならわかるだろ。バイルがショウやシーナ嬢に何をしようとしていたか」

 俺は〈ライ村〉での一件を思い出した。

 バイルは仲間に手を上げたシーナを罪人として扱っていた。

 あのまま話が進んでいたら、シーナは何かしらの罪を科せられ、娘が罪人にされたことに怒ったシンが、王都〈フレア〉で大暴れ。大勢の人を巻き込んだ戦争が起こっていたかもしれない。

 だが、仮にそうなったとしても、バイルを含む〈ハルドゥイン〉の一族は、シーナから罪人の焼き印を消さず、シンと衝突していただろう。

 バイルのような性格の人間が〈ハルドゥイン〉の大半を占めているとしたら、とんでもなく自己中で、頑固者の一族である。

「ヒュドラさんにも、容赦無く鉄槌を下したしな……。だが、俺が知っている〈ハルドゥイン〉は、自分たちの正義に反した者のみを攻撃の対象としている。アッシュは、家族に恨まれるようなことをやったのか?」

「アタシの肩書は〈盗賊〉だぞ」

 そういえばそうだった。

「盗みや殺人なんて、十歳の頃から繰り返している。〈ハルドゥイン〉の名を汚した悪党なんだよ、アタシは……」

 アッシュには、自分の手を汚さないといけないほどの、事情があったのだろう。

「いつから盗賊になったんだ?」

「十歳の時だ。アタシが、家を出た日からだ……」

「なんで家を出たの? 家族が嫌いだったの?」

 父親のシンを尊敬し、目標としているシーナには理解できないのかもしれない。

 〈ハルドゥイン〉は敵に回すと厄介な一族ではあるけれど、味方につけたら心強い。

 わざわざ自分から〈ハルドゥイン〉の敵に回るなんて、俺が同族だったら絶対にやらない。
 
「〈ハルドゥイン〉の長女として生まれたアタシは、物心ついた頃から、常軌を逸した肉体強化訓練を強制的にさせられていた。自由を奪われ、出していい言葉は『はい』だけだった。ゼラルドに言われるがまま、アタシは人形のような生活を強いられていたんだ。〈ハルドゥイン〉ってのは、そういう一族なんだよ」

 男だろうが女だろうが、〈ハルドゥイン〉として生まれたからには、強くならなければいけなかったのだろう。

 今も〈ハルドゥイン〉として、衛兵の仕事に勤めるバイルが強いのは、血の滲む地獄の訓練を乗り越えた猛者だからだ。

「アタシは、そんな生活が嫌で、十歳の時に逃げ出した。何年も自由を奪われた腹いせで、家を出る時、武器や道具なんかを奪って、ゴミ溜めみたいな裏の世界へ逃げ込んだ……。その後は、ショウの知るアッシュだよ。アタシは世間では死んだってことになって、アッシュとして一から人生をやり直したんだ。周りからクズ扱いされても、アタシはなんとも思わなかった。自由に生きられれば、それでよかったんだ……」

 俺やシーナと出会うまで、誰の助けも借りずに、盗賊としてアッシュは生きていた。

 〈ラディア〉で、誰の助けも借りずに生活することの大変さは、アッシュよりも持つものが少ない〈流れ者〉の俺には痛いほどわかる。

「アタシは、ずっと欲しかった自由を手に入れた。それなのに、ずっと恐怖を感じていた。いつか正体がバレて、あの、イカれた家族に殺されるんじゃあないかって……。アタシは、恐怖を取り除いて本当の自由を手に入れるために、地位を築くことにしたんだ。シンと交友関係を結び、シンが王になった後、側近として傍に置いてもらおうと考えた」

 シーナを仲介人として利用し、シンと交友関係を結びたがっていたのは、それが理由だったのか。

 だが、仮に王になったシンの側近になれたとしても、〈ハルドゥイン〉が絶滅しない限り、アッシュの恐怖は消えないのではないだろうか。

「さっき、お父さんと話した時に、頼んでおけばよかったね」

「今からでも遅くはない! シーナ嬢、アタシのためにひと肌脱いでくれ!」

「脱ぐのは、ちょっと……」

「いや、もうどうにもならないよ」

 アッシュを助けるためには、〈ハルドゥイン〉を〈ラディア〉から消し去るしかない。

 だが、俺にはそんなことをする力が無いし、できたとしても、今度は大勢の人の命を奪った罪悪感で心が病んでしまう。

「アッシュは、このままでいいよ。バレなきゃ大丈夫。そうだろ?」

「ショウ! アタシがどれだけあの一族にビビッているのか伝わらなかったのか!?」

「気持ちはわかるよ。でも、〈ハルドゥイン〉がこの世界に存在している限り、恐怖は一生、アッシュに付きまとってくるぞ」

「だったら、アタシをショウのいた世界に連れて行ってくれ!」

 アッシュは俺の両手を強く握った。

 それを見てムッとしたシーナが、俺たちの手を無理矢理引き離した。

「アッシュがそれを望むなら、手伝ってあげてもいい」

 事情を知った今の俺は、仲間のために日本に帰ることを拒否しない。

 だが、そうなると、俺との約束を果たせないまま離れ離れになるシーナが可哀想だ。

 シーナを裏切りたくはないので、俺は別の手段を提案した。

「俺は、〈ラディア〉から持ち込まれたアイテムの力で転移した。逆に、こっちの世界から俺が暮らしていた世界へ転移することができるアイテムも、どこかにあるはずだ」

「それだ!」

 アッシュはパチンと指を鳴らした。

「アイテム探しなら、私も手伝うよ」

 手を握られただけで機嫌を悪くするシーナだ。

 俺がアッシュと一緒に日本へ行く、なんて言ったら、大爆発していただろう。

「ただ、アッシュ。アイテムが見つかったとして、それで俺が暮らしていた世界へ行く……。その後はどうするんだ? 案内できる俺がいない状態で、生活できるのか?」

「大丈夫! なんとかするよ!」

 盗賊やり始めたらソッコー逮捕だぞ。

 だが、そう言ったところで、アッシュは聞かないだろう。

 日本語が達者だし、日本にさえ転移できれば、後は、なんとかなりそうな気もする。

「はぁ~! 話してよかった! 二人のおかげで、アタシの未来が明るくなったよ!」

 暗い空気を吹き飛ばすアッシュの笑顔を見て、俺もなんだか嬉しくなってきた。

「……ん? そういえばショウ。シーナ嬢も」

 まだ何かあるのか。

 日本に戻った後、とりあえずコレをしろ的な助言くらいはできると思うが……。

「アタシのこと、アイルって呼ぶのは禁止だからな」

 何だそんなことか、と俺とシーナは顔を見合わせて笑った。

「アッシュはアッシュだろ。お前は、俺たちの仲間のアッシュだ」





 話し合いが終わった後、俺たちはシーナの魔法で王都〈フレア〉に戻った。

 アッシュが早く異世界転移したい様子だったので、俺は自分のやりたかったことを後回しにして、転移に必要なアイテム探しを行うことにした。

「アッシュ。こういう時こそ、お前の出番だ。盗賊のお前なら、怪しいアイテムが売られている店の一つや二つ、知っているだろ?」

「盗賊とか、あんまり口にすんなよ……」

 城下町を行き交う人々を気にしながら、アッシュは小声で言う。

「知ってるけれども、あまり良い場所じゃあねえ。行くなら、アタシとショウだけの方がいいな」

「なんで私は行けないの?」

 二人きりになることに、シーナは慌てていた。

「シーナ嬢がシンの娘だと知っている奴に出くわしたら、誘拐目的で近寄って来る。シンに恨みを持っている奴は、そこら中にいるんだぜ」

「そうなの?」

 シンが悪事を起こすようには見えないので、多分、嫉妬がシーナ誘拐の動機になると俺は思った。

「とりあえず、シーナさんはどこかで留守番ってことになりそうですね」

「いつまで?」

「んー、明日の朝まで。集合場所を決めておこう」

 今日行くことは、アッシュの中で決定しているみたいだ。

「朝になってもお兄さんとアッシュが集合場所に来なかったら?」

「来る来る。心配すんなって。アタシは何度も行っているから大丈夫」

「ホントかなぁ……」

 ホントかなぁ、は俺のセリフだ。

 〈バスルーン湿原〉で持ち物を失った俺たちが、どうやって必要な物を手にできるというのだ。

「アッシュ。本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫だ。集合場所は、王都〈フレア〉の門前にしよう」

 思っていたよりも、近い場所に怪しい店があるみたいだ。

「店に入れる時間になるまでに、城下町の外にいよう」

 アッシュはフードを深く被って、俺たちを置いて歩き出した。

 お尋ね者は忙しい。ネズミのように建物の陰を移動するアッシュを目で追いながら、俺とシーナは「やるしかない……」と溜息交じりに呟いた。
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登場人物紹介

シーナ。本作のヒロインで、魔法使いの女の子。


モンスターと仲良く暮らせる世界を夢見ている。

アッシュ。マイペースな女性。


悪い奴ではない。

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