第64話

文字数 3,454文字

 アスタが使用しているのは、探知魔法の類だと思われる。魔法で具現化させた目を自分や他人と共有できるのか、詳しい方法はわからないが、アスタはその場にいるかのように王都〈フレア〉の様子を観察することができるのだ。

 現在、王都〈フレア〉は火の海と化していた。建造物が崩れ、地はひび割れ、空は煙で灰色に染まっている。人やモンスターの断末魔が耳に入るたびに、俺の胸がキリキリと痛んだ。

「お前、何をする気だ……?」

 アスタに痛めつけられた身体をゆっくりと起こし、俺は言った。

「アスタ、罠ってなんだ……? 何をする気なんだ……?」

「見ていればわかる」

 アスタの声は、祭りを楽しむ子供のように明るかった。コイツは楽しんでいるのだ。国民の命よりも、自分が楽しむことを優先する最低な王様だ。

『ねえ、お兄さんは!?』

 シーナの声が聞こえた。アスタが見せる景色の中で、シーナは向かい来る敵兵を攻撃魔法で退けながら、傍にいる仲間に俺の居場所を訊いていた。

『少し前に迎えに行った仲間は、まだ戻ってきていない!』

 〈革命軍〉の仲間の一人が答える。シーナは何か気がついたように目を大きくし、いきなり方向転換した。

『どこに行くんだシーナ! お前が引いたらマズいだろ! 俺たちだけじゃあ、アスタ軍の猛攻を防ぎきれない!』

 シーナは、もしかしたら、俺がまだ〈セクト島〉にいることに気づいているのかもしれない。だが、戦いの流れを変えたくない仲間たちに止められて、転移魔法を使えない様子だ。

「ミルマルカリネ……。やはり、奴は正真正銘の化け物だ」

 アスタが呟く。どうやら、アスタは監視カメラのようにコロコロ見る場所を変えて、戦場の全体を把握しているみたいだ。

「噂には聞いていたが、この世界で最も強固な肉体だ。打撃斬撃、火も水も雷も氷も、毒や麻痺などといった状態異常魔法さえも通じない。おまけにシーナに匹敵する魔法の使い手、か……」

 アスタの呟きから、ミルマルカリネの戦闘力を俺は知った。どうやら、ミルマルカリネを強者とする一番の理由は、絶対的な防御力にあるらしい。加えて、シーナと同じくらい魔法の力も優れているという、とんでもないチートモンスターだ。

「アスタ。シーナさんだけじゃあなく、女王様もここに来たらマズいんじゃあないのか?」

「来たら、な。だが、私にはとっておきの秘策がある。ミルマルカリネを始末するためのね」

 会話の内容はミルマルカリネについてだが、俺が見ている場面はずっとシーナとその周囲に固定されていた。

 シーナは苦い表情を浮かべたまま、アスタ軍の魔法使いたちと戦っている。まだ、俺のことが気になっているのか。戦いに集中できず、敵から不意打ちをもらわないか心配になった。

「心配するな。この程度でシーナは死なない」

 また、俺はアスタに心を覗かれたみたいだ。視界共有の魔法を使いながら読心術も使える。魔法使いは無限に魔法を使えるわけではなく、体内に溜め込まれた魔力の量で使用回数や威力が決まる。アスタも魔法を使い続ければ、最終的に魔力が枯渇して、抗えないほどの強烈な眠気に襲われると思うが、底がまったく見えない。

「私の、魔力の残量が気になるのか?」

 アスタに対して隠し事はできない。俺は頷いた。

「無限だよ」

「……は?」

「私の魔力は、絶対に枯渇しないんだ。この、父から継承した目のおかげでね」

 父親であるカスタ王と同じ輝きを持つその目には、魔力を無限に生み出す効果もあるのか。

 だが、魔力とは本来、人の体内で生み出せるものではないはずだ。

「父の話をしよう」

 別のことと両立させたくないほど、アスタにとっては大事な話なのか、見せられていた景色が消滅した。

 俺の傍に歩いて来て、アスタは話し始めた。

「この目は、はるか昔からこの世界に存在していたらしい。私の父も、そのまた父も、何代にもわたって引き継がれてきた目だという」

「遺伝、ではないのか?」

「そうだ。継承だけが、目を手に入れる唯一の手段だ。私は父を殺したことで、目の使用権を得た。次にこの目を手に入れる者がいるとしたら、それは、私を殺した者だろう」

「一体、なんなんだ? その目は一体、どこから生まれたんだ?」

「詳しくは知らない。だが、〈ラディア〉の歴史書に、この目に関する記述が残されている。もともと、この目は生物の部位としてではなく、宝玉として扱われていたらしい。空から星が地上に降り注いだ夜に、出現した宝玉だといわれている」

「空から、星……?」

 流星群が地上に降り注いだ、ということだろうか。

 だとしたら、アスタの目はこの世界ではない、別の世界から〈ラディア〉にやってきた、異世界のアイテムという風に考えられる。

「私も、そう考えた。あなたが別の世界から〈ラディア〉に転移したように、ここには幾度となく、様々な方法で異世界の物質がやってくる。あなたとともに旅をしていた、あの黒いスライムもその一つだろう」

「ヒュドラさんか……」

 思考を読まれることに慣れたのか、アスタとの会話に違和感を持たず付き合うことができるようになっていた。

「不死身の生物。ヒュドラさん以外に、同じ能力を持つ生物は〈ラディア〉に存在しないんだろう?」

「不死身の定義によっては、長寿や再生能力を持つ生物も当てはまる。だが、絶対に死なない、何をやっても死なない生物は、あのスライムしか〈ラディア〉には存在しないだろう」

「あんたの他に、似たような力を持つ生物はいないのか?」

「〈ラディア〉にはいない。対象の心を読むだけなら、訓練すればできる者も出てくるだろうが、魔力を体内で生成できるのは私だけだ」

 アスタの目が夜の星空のように煌めいた。魔力というものを無限に生み出せる異世界のアイテム、ということは、生み出される魔力自体も、もともとはこの世界の物質ではないのかもしれない。

「あなたと話をするのは楽しいよ。佐藤匠汰」

 友人に向ける笑みを浮かべて、アスタは言う。

「今からでも遅くは無い。私の仲間になって、ともにシーナを説得し、理想の〈ラディア〉で暮らさないか?」

「……悪いが、それだけは無理だ」

 卑劣で、卑怯で、冷徹な部分を除けば、アスタは普通に話せる奴だ。

 けれど、俺はいつだってシーナの味方。アスタは敵。そこだけは変えられないのだ。

「私は待つよ、佐藤匠汰。だが、時間は無限ではない。あなたが私の仲間になる機会は、永遠にあるわけではないのだ」

「死ぬまで待っても答えは同じだ」

「では待とう。砂時計の砂が、すべて落ちるまで……」

 目に映る景色が、王都〈ラディア〉に変化した。

 シーナが数人の仲間を連れて城へ続く階段を駆け上がっているのが見える。その後ろを浮遊する巨大な蝶はミルマルカリネ。モンスターたちはアスタ軍の兵たちと交戦中なのか、ミルマルカリネの傍についていない。

 勢いよく扉が開き、選ばれたものが城内へと入る。この戦争で〈革命軍〉とミルマルカリネの手下の多くが命を落としたのか、最後のステージに辿り着いたのは指でかぞえられるだけだった。

 俺に見えていないだけで、生き残りはまだまだいるかもしれないが、アスタとの直接対決に臨むのはシーナとミルマルカリネ、〈革命軍〉の数人だけのようだった。

 結局、最後までシーナは、アスタがそこにいないことに気づかないまま、突き進んでしまった。これもアスタの思惑通りの展開なのか。

『待って! なんか、様子がおかしい!』

 城内を駆けまわっていたシーナが、突然、一緒にいる仲間たちを呼び止めた。

『静かすぎる……。アスタがいるなら、警備がもっと厳重になるはず!』

 シーナは抱いた疑問を仲間たちに説明し始めた。その内容をすべて聞き終える前に、俺の見ている景色が変わった。飛行船に乗って上空から王都〈ラディア〉を見下ろしているような視点だ。

「仕上げに入ろう」

 アスタがそう呟いた後、王都〈ラディア〉を覆い隠す、謎の黒雲が出現した。ゴロゴロと異様な音を発しながら、黒雲はゆっくりと、王都〈ラディア〉を中心に時計回りに移動している。中がどうなっているのか見せてほしいが、敢えてしないのか、或いは見せられないのか、視点が変化しない。

「おい、アスタッ!」

 シーナの声も、誰の声も聞こえず、黒雲に覆われた王都〈ラディア〉を見せられ続ける。理解できないものを見せられ続ける俺の心は不安で埋め尽くされた。

「何が起きているんだッ!? おい、アスタッ!」

 俺はずるずると玉座から滑り落ち、そこにいるはずのアスタに叫び続けた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

シーナ。本作のヒロインで、魔法使いの女の子。


モンスターと仲良く暮らせる世界を夢見ている。

アッシュ。マイペースな女性。


悪い奴ではない。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み