第27話

文字数 3,864文字

 鶏の鳴き声が村中に響く早朝。

 俺たちは荷物の最終チェックを行った後、次の目的地である〈ジミー村〉を目指して〈カンキ村〉を出発した。

 〈ジミー村〉へは、ここから徒歩で二日かかるらしいが、それは休み無しで歩き続けた場合の最短日数だ。

 体力の無い俺がパーティーの足枷となるのは間違いないから、到着日は早くて四日後か五日後になると予想していた。

「……シーナさん。申し訳ないのですが、少し離れてもらえませんか?」

 村を出てからシーナはピッタリと俺の横にくっついて、邪魔とまではいかないが、身体をグイグイ押されて非常に歩き難かった。

「なんで? お兄さん、昨日の話、忘れたの?」

 シーナはハートのマークが入りそうな瞳で俺を見上げて訊いてくる。

「覚えています。

も無しにしましょう」

「……つまんない」

 シーナは溜息を吐いて、俺から離れた。

 だが、恋人である俺の傍にどうしてもいたいのか、真横で俺と歩幅を合わせて一生懸命ついて来る。

「な~んか、変だなぁ……」

 俺とシーナの後ろを歩いていたアッシュが、訝しむような口調で言う。

「アタシの気のせいかな? ショウとシーナ嬢が、昨日よりも仲良くなっているように見えるんだけど……」

「気のせいだろ」

 振り返らず、俺はさらっとアッシュに返した。

「ホントかぁ? さっき、シーナ嬢が言っていた『昨日の話』って何? アタシ、その話、知らないんだけれど」

「知らなくていい」

 別に隠すつもりは無いが——いや、アッシュには打ち明けない方がいいかもしれない。

 俺とシーナが恋人の関係になったなど知られたら最後、アッシュは四六時中、俺たちを茶化して楽しむに決まっている。

 二人だけで秘密を持ったみたいで悪い気はするが、後々面倒なことになりそうなので、俺は白を切り続けることにした。

「つまんない」

 お前もか、と俺は心の中で拗ねたアッシュに突っ込んだ。

「なあなあ、シーナ嬢。ショウの代わりに、シーナ嬢が教えてくれよ。『昨日の話』って何さ?」

 諦めたと思わせておいて、諦めてなかったアッシュ。

 シーナが本当のことを話したら、それはもう、諦めてアッシュにからかわれる覚悟を決めるしかない。

「教えない」

 シーナは恥ずかしそうに俯き、

「私とお兄さんだけの秘密だから」

 俺とは別の理由で、アッシュに話したくない様子だった。

 シーナの反応を見れば、何を隠しているのか察することができそうだが、アッシュに乙女の気持ちを理解する能力は無いようで、

「アタシだけ仲間外れとか、酷くね?」

 自分だけひいきされていると思い込み、爪先で石ころを蹴り飛ばした。

 ちょっと可哀想だな、と俺は思った。

 しかし、話した後の面倒な展開が予想できてしまい、話したくないのだ。

 ここはアッシュに開き直ってもらって、詮索を終わらせてもらうのがベストなのだが……。

「あ~あ。アタシ、なんだかムカついてきちゃった」

 背後から伸びてきた腕に首を絞められ、俺はウッと呻いた。

 締め落とすほどの力は込められていないが、そのまま歩くのは困難な状態だ。

「お、おい! 何するんだアッシュ!?」

「話してくれるまで離さないって言ったら、どうする~?」

 俺を後ろから抱きしめるような体勢で、アッシュが囁く。

 息が耳に当たってくすぐったい。頬に当たるアッシュの髪からは、牧草のような自然的な匂いがした。

「や、やめろって……。アッシュ、人の秘密を無理矢理、聞き出そうとするな……」

「だって、知りたいんだもん。三人パーティーなんだから、秘密は共有していこうぜ、な?」

 アッシュは無邪気な笑みを浮かべて、自身の顔を俺の顔に近づけてきた。

「お兄さんから離れてッ!」

「どわぁ!?」

 シーナの掌から発射された火の玉が頬をかすめ、俺とアッシュは二人揃って地面に尻もちをついた。

「そ、それは危なすぎますよシーナさん!」

「アタシらのこと殺す気か!?」

「アッシュ! 今、お兄さんにチューしようとしたでしょう!?」

 怒りの形相で睨むシーナを見て、アッシュはキョトンとする。

「な、何が? アタシがショウにそんなことするわけないじゃん!」

「嘘だッ! 今絶対にしようとしてたッ! この泥棒ッ!」

「ど、泥棒だけれど……」

「はいッ! 認めたねッ!」

 シーナの両手から炎が噴き出し、アッシュは悲鳴を上げた。

「うわぁ!? シーナ嬢が裏切った!」

「裏切ったのはアッシュでしょう!? 私からお兄さんを奪い取ろうとした! まだチューもしていないのにッ!」

「な、何を言っているの!?」

 アッシュはもう、わけがわからないといった様子で慌てた。

 このままではシーナが本当にアッシュを殺してしまいそうなので、俺は立ち上がって止めに入った。

「シーナさん。アッシュは違うんです」

「何が違うの!?」

「アッシュはただ、秘密を知りたかっただけなのです。自分だけ仲間外れにされていると思い、苛立っただけなのです」

「秘密を守ろうとすることの、何がいけないの!?」

「……な、何がいけないのでしょうね?」

 フーフーと肩で息をするシーナから、俺は一歩下がった。

 俺の方にも、飛び火が来そうな気配を感じたからだ。

「おいショウ! 助けてくれよ! このままだと死んじまう!」

 アッシュが俺に助けを求める。

 何も知らないままシーナに殺されるアッシュが不憫で仕方がない。

 できれば話したくなかったが、そんなことを言っている場合ではなくなってきたので、俺はアッシュに、シーナとの秘密を打ち明けることにした。

「アッシュ。俺とシーナさんは、昨日の夜、互いに告白し合って付き合うことになったんだ」

 シーナはギョッとして、俺の方を向いた。

「ひ、秘密だったのに! なんで喋るの、お兄さん!?」

 シーナの身体の穴という穴から火が噴き出し、人間キャンプファイヤーと化した。

 火が燃え移りそうだったので、俺はもう一歩下がって、冷静に言った。

「別に、いいではありませんか。話したところで何も変わりません。私がシーナさんを好きだという気持ちに変化は無い。でももし、アッシュが私たちの仲を小馬鹿にするような発言をしたら、その時の処遇は、シーナさんにお任せします」

「あー、なるほどね。そういうことだったのね」

 ようやく何もかもを理解してくれたアッシュは、立ち上がって尻についた土埃を払った。

「恋人になったってことね。それならそうと先に言ってくれよ。アタシはてっきり、アタシをパーティーから外すための作戦じゃないのかと……」

「そんなことしないよ」

 俺はアッシュの方を向いて言った。

「俺はもう、お前のことを嫌っていない。今のお前は、俺たちの仲間だ」

「そ、そんな風に思っていたのか!?」

 アッシュは驚きと嬉しさが入り混じった表情を浮かべ、

「じ、じゃあ! ショウはアタシのこと好きか!?」

 シーナの前でその質問はやめろ、と思ったが、肯定しないとアッシュが落ち込みそうな気がするので、俺は頷いた。

「好きか嫌いかで言ったら、好きだ」

「そ、そうなんだ……。ふ~ん……」

 アッシュの頬が赤らむのを見て、俺は嫌な気配を感じた。

 ゆっくりと横を向くと、どす黒いオーラを全身に纏ったシーナが目に入った。

「……お兄さん。私のことは好きじゃあないの……?」

 シーナは真っ赤に充血した目で、まばたきせずに俺を見つめている。

 まるで、ホラー映画の女幽霊だ。

 じっと見ていたら呪われそうな恐ろしい眼力に怯え、俺は即答した。

「好きですッ!」

「私と結婚するまで、浮気しないって誓える……?」

「誓いますッ!」

「もう二度と、アッシュとチューしようとしないって、誓える……?」

「誓いますッ!」

「やっぱりしようとしていたんだッ!」

 シーナの身体から放たれた衝撃波で俺は真後ろに吹っ飛び、地面を転がった。

 今のはズルい。ひっかけじゃないか。

 肯定しないとシーナに殺されると思って出した回答だったのに、逆に怒りを増幅させる燃料になってしまった。

「シーナ嬢! アタシも、二度とさっきみたいなことしないし、二人の邪魔もしないと誓うから! どうか、許してほしい!」

 アッシュが懇願すると、ようやく、シーナの身体からオーラが消えた。

「……じゃ、行こう」

 何事も無かったかのように言って、シーナは踵を返した。

「お兄さん」

「は、はいッ! 今行きますッ!」

 俺は慌てて立ち上がって、シーナの傍に駆け寄った。

 シーナは俺の半身にピッタリと身を寄せ、歩き出した。

 俺は、さっきのシーナの目がトラウマになってしまい、黙ってされるがままになっていた。

「……つまんない」

 後ろでアッシュが小さく呟く。

 振り返って見ると、アッシュは視線を下に向けて、妙な距離をとりつつ、俺とシーナの後をついて来ていた。

 近づきたくても近づけない。見えない壁にぶつからないよう注意している。……そんな、ぎこちない歩行だった。


 ……あいつ、今度は何を気にしているんだ?


 シーナはストレートでわかりやすいが、アッシュはわかり辛い。

 人の秘密は知りたがるくせに、自分のことはちゃんと話してくれない、謎の多い女性だ。

 けれど、今回の件で、パーティー内での秘密は無しという流れができあがった。

 アッシュにもいずれ、本当のことを話してもらうことにしよう。

 内容によってはアッシュのことを再び嫌いになるかもしれないので、話すタイミングは旅の終わりでもいいという気もするが——いや、気にしすぎない方がいいだろう。

 今の俺たちの関係は良い流れに進んでいる。

 話すべき話は、その時の流れで決まるだろう。
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登場人物紹介

シーナ。本作のヒロインで、魔法使いの女の子。


モンスターと仲良く暮らせる世界を夢見ている。

アッシュ。マイペースな女性。


悪い奴ではない。

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