第6話

文字数 4,469文字

「そういえば自己紹介がまだだったな。アタシはアシュリー。アッシュでいいよ。よろしくな」

 冒険者の女性——アッシュはそう言って俺に握手を求めてきた。

 俺はその手を握り返し、離して、言った。

「先ほどの話……。悪いけれど、お断りします」

「え、なんでだよ!? 〈ヴィエビ〉五十匹の討伐、三人なら楽勝だろ! 終わったらちゃんと報酬半分やるから、手伝ってくれ! その子にも、この話を聞かせてさ!」

 アッシュは、シーナの方に顎をしゃくった。

「その子、いつになったら目を覚ますんだ?」

「わかりません」

「わからないのかよ。いつもこうなのか?」

「ええ、まぁ……」

「う~ん……。アタシが見た感じだと、その子、ただ疲れたってだけじゃあ、なさそうだな。呼吸と同時に、空気に含まれる魔力を吸い込んでいる。もしかしてその子、何らかの理由で大量に魔力を失ったんじゃあないのか? 魔法使いは、魔力の底が尽きると強烈な眠気に襲われると聞く。だから、魔法使いは自身が持つ魔力の残量を考えながら戦わないといけないんだ」

「そう、ですね……」

 さすが、本物の冒険者。アッシュは見ただけで、シーナの精神状態を理解した様子だった。

「あんたからは一欠片の魔力も感じ取れねえ。武器も所持していない。……ってことは、あんたは魔法に頼らない、生粋の格闘(ファイター)タイプってことになる。あんた、これまでずっと一人で戦って来た口だろう? パーティーで行動する時、仲間に魔法使いがいた場合の知識とかあった方がいいぜ。じゃないと、メンバーの中からこの子みたいな状態になる奴が出てしまうぞ」

「……ご推察の通り、私、パーティーで行動するのは、今回が初めてなんですよ」

 話の流れに沿って、俺は嘘で答えた。

「ここを生きて出られたら、魔法使いについて勉強しようと思います」

「それ、死ぬ奴のセリフだぞ? ……ま、いいや。とりあえず、その子は今、魔力が回復するまで動けない、と。だったら、その子を野生のモンスターが出ない場所まで連れて行った方がいいぜ。ここからだと、北にある〈ライ村〉が一番近い。人が住む場所に近づくにつれて野生モンスターの数も減るし、アタシがあんたの立場だったら、そうすると思う」

 助言してくれるのはありがたいのだが、俺には、旅において致命的ともいえる問題がある。それはある意味では、戦闘能力よりも必要とされる大事な知識だ。それが、俺には無い。

「すみません。北ってどっちですか?」

 冒険初心者(実際そうだが)みたいな質問をすると、アッシュは呆れ顔で頭を掻いた。

「いや、嘘だろう? あんた、本当に一級冒険者か? あんたは魔法使いじゃないから、当然、地理をある程度把握できる探索魔法も使えないだろうし、方角がわからないって言っていることから考えて地図も持っていない。戦闘不能の仲間をそのままにしているってことは、魔力を回復させるアイテムも持っていないんだろ? 装備だけ見たら一級だが、知識は初心者レベルだぞ」

 ボロクソ言われたが、言い返す言葉が出てこない。俺の嘘がバレるのも時間の問題だろう。

 アッシュは良い人そうなので、真実を話すことにした。

「アッシュさん。すみません」

「え?」

「実は私、冒険者ではないんですよ。私は別の世界からこの世界に転移して来た流れ者で、訳あってこの子と旅をしているのです」

「……マジで?」

 どこか納得した様子で、アッシュは歯を見せて笑った。

 それにつられて、俺の表情も自然と笑顔になった。

「道理でな。初心者みたいなことを言うわけだよ。流れ者なら仕方がねえな」

「ええ……。先ほどは、初対面の相手に警戒し、嘘をついてしまって申し訳ありませんでした」

「いやいや、誰だってそうするよ。気にすることはない。アタシだって、あんたと同じ立場だったら嘘をつくよ。相手が、信用できる相手かわからねえもんなぁ……」

 ニコニコ、ニコニコ。アッシュは笑いながら、腰に差しているレイピアを引き抜き、その切っ先をシュッと俺の顔前に突き出した。

「持ち物全部出せ」

「…………はい?」

「聞こえなかったのか? お前が着ている高級装備と所持品、それから、そこで寝ているガキの持ち物全部アタシによこせって言っているんだよ」

 俺の笑顔が、冷凍庫のバターみたいに凍りついた。

 これは、どういうことだろう。唐突すぎてわけがわからない。

「お前がどんな理由でそのガキと旅をしているか、なんてそんなことはもうどうでもいい。お前はこの世界のことを何も知らないカスで、何もできないザコだ。ザコカスは、この世界では淘汰される存在なんだよ、わかるか? よそ者は泣いても、この世界の誰にも認知されない。アタシがよそ者を泣かせても、誰もアタシを裁けないってことだ、わかるか?」

「ちょ、ちょ、ちょっっっっと待って! う、うう、嘘をついたことは謝ります! れ、れれれ、冷静になって話し合いましょう!」

「アタシは至って冷静だよ」

 皿みたいな目をして、アッシュは落ち着いた声で言う。

「アタシは冷静に、ザコカスから搾取しようとしているんだ。……まぁ、安心しろよ。命までは奪わねえ。運が良ければ、

生きて村まで行けるかもな」

「あ、あんた正気か!? 冒険者がそんなことをしていいのか!?」

「ごめん。アタシもあんたに嘘ついてた。実はアタシ、冒険者じゃなくて

なんだよね。このレイピアも、着ている服も、第一級冒険者証も、

なんだ。依頼を受けてるっていうのも、冒険者っぽく見せるための嘘なんだよね」

「なにぃ!?」

 最悪だ。アッシュは良い奴なんかじゃあない。モンスターよりタチの悪い、人間のクズだった。

「さぁて、

が済んだところで、まず、あんたが着ている高級そうなジャケットから頂こうか」

 俺はシンから頂いたツートンカラーのジャケットに両手を当てた。

 持ち物を全部差し出せば、アッシュは命だけは助けてくれると言った。……が、こいつは人間のクズ。その言葉も嘘である可能性が高い。

 俺のビビり切った態度を観察し、楽しんだ後、レイピアでグサッと刺される展開が想像できる。


 ……ちくしょう、最悪だ。最悪な展開になってしまった。


 だが、こうなったのは俺の責任だ。俺がこのクズに本当のことを話してしまったのが事の原因。百歩譲って、俺一人だけ犠牲になるのはいいとしても、シーナも身包みを剝がされるのは許せない。

 俺には、シーナを無事、シンのもとへ帰す義務がある。シーナに本当のパンを食べさせると約束もした。だから……。

「できません」

「はぁ?」

「あんたみたいなクズに渡す物なんて、一つも無いって言っているんだよ!」

 俺はシーナの盾になるように、アッシュの正面に立った。

 両足が震える。というか全身が、俺の全細胞が恐怖し、ブルブル震えている。それでも、俺はここで退くわけにはいかない。

 俺の強気な態度を見てアッシュはカチンときたのか、真顔になってレイピアを構えた。

「……そうかよ。だったら、死体から奪い取るだけだッ!」

 アッシュは足元の石ころを吹っ飛ばして突進した。右手に握り締めたレイピアの切っ先を俺の胴体目がけて勢いよく突き出す。

「ひぃッ!? 死にたくないッ!」

 俺は生まれて初めて受けた殺意に怯え、本能的に背を向けてしまった。

 そして、俺の背中に、ドンッという強い衝撃がぶつかった。

 同時に、バキバキバキバキッと何かが砕ける音が背後から聞こえた。

「うぉおおッ!? アタシのレイピアがッ!?」

「うぎゃあッ!? 俺の背骨がぁあッ!?」

 アッシュは砕け散ったレイピアの刀身に驚愕し、俺は背中に食らった衝撃の痛みに悶絶した。

「は、鋼のレイピアだぞ! 何しやがんだテメエッ!」

「こっちのセリフだ、このボケッ! 背骨が痛ぇよ!」

「なんで刺さらなかった!?」

「こっちが聞きてーよ!」

 アッシュは精神的ダメージを、俺は肉体的ダメージを負った。
 

 ……痛いけれど、何故、俺は生きているのだろう?


 俺に剣をぶっ壊すほどの肉体強度は無いはずなのに、俺の背中に当たった瞬間、アッシュの武器が砕けた。
 
『ビースト系のモンスターの鋭い牙を通さないドラゴン族の皮で作られたジャケットだ。ドラゴン族のモンスターは魔法耐性を持っていて、ジャケットにもその効果が付けられている。物理攻撃だけでなく、魔法も効きにくいから、ただの人間のあなたにぴったりの服だろう』

 唐突に、シンの言葉が俺の頭の中にフラッシュバックした。

 もしも、

が答えだとしたら、今の俺には物理耐性があると考えて間違いない。

 鋼の剣が刺さらない防御力が、このジャケットのおかげで、今の俺にはあるのだ。

「そのジャケットか……! クソッ、一体どこで手に入れやがったんだ!」

 アッシュもレイピアを壊された理由に気がついたみたいだった。

 武器を失って諦めてくれる……なんて、そんな都合のいい展開にはならず、アッシュは拳を握ってカンフーみたいな構えをとり、「なら、素手で仕留める!」と再び俺の方に突っ込んで来た。

「うわッ!? やめろ死にたくないッ!」

 アッシュのパンチに合わせてクルッと半身になる。アッシュの拳は、高級ジャケットの上から俺の脇腹に直撃した。

「ぐっはァッ!? 俺の脇腹がァッ!?」

「うぎゃあッ!? アタシの拳がァァッ!?」

 俺はヒーヒー言いながら右手で左脇腹を擦り、アッシュは血だらけになった右拳を凝視して「ウオォオオオオオッ!」と叫んでいる。

「おい、このバカッ! 痛ぇからジャケットでガードすんなッ!」

「バカヤロー! こっちの方が痛ぇよ!」

「ガードは卑怯だッ!」

「お前に卑怯とか言われたくねーんだよ!」

「お前のそれ、盗品だろ!? 盗んだ物を使うとか、卑怯だと思わないのか!?」

「お前がそれ言う!?」

 俺たちが言い合いをしていると、突然、パチッとシーナの目が開いた。

 シーナはむくりと上半身を起こし、俺とアッシュを交互に見て、「何やってんの?」と首を傾げた。

 俺は飛びつくようにシーナの傍へ駆け寄り、アッシュを指差して必死の形相で叫んだ。

「シーナさん、敵襲ですッ! 盗賊が私たちの服を奪い取ろうと襲って来ていますッ!」

「え、服を? ふざけんな変態」

 シーナの掌から砲丸みたいな大きさと形の、バチバチと電気を迸らせる青白く光る球体が放たれ、それは目にも止まらぬ速さでアッシュの胴体に直撃し、そのまま彼女の身体を五メートルほど先の川まで吹っ飛ばした後、平石みたいに水面で身体を二転、三転させた。

 アッシュはシーナが放った球体の衝撃で失神してしまったのか、油にぶち込んだドーナツみたいにプカプカと水面に浮いた。

 多分、シーナが放ったのは電気に似たエネルギーの塊だったのだろう。それをまともに食らったアッシュは、着ていた衣服がボロボロに焼け散り、奇跡的に残ったパンツ一枚という情けない姿になっていた。

「……で、あいつなんなの?」

 まだ少し眠そうな顔をこちらに向けて訊いてきたシーナに、俺はアッシュに出会って襲われるまでの経緯を説明した。
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登場人物紹介

シーナ。本作のヒロインで、魔法使いの女の子。


モンスターと仲良く暮らせる世界を夢見ている。

アッシュ。マイペースな女性。


悪い奴ではない。

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