第55話

文字数 3,299文字

の特性は知っている。使い道は山ほどあるので、殺さずに捕らえておくことにする」

 ヒュドラはここではない別の場所に、アスタの魔法で生きたまま移動させられたみたいだ。

「ヒュドラさんをどこへ消した?」

「逃げられない檻の中だ」

 拷問されてなければいいが……。

「アレの心配より、自分の心配をするべきだ。佐藤匠汰」

 確かに、それは間違いない。今、俺の目の前にいる男は、この世界最強の魔法使いだ。

 しかし、何故、アスタのような大物が俺に——それも、わざわざシーナの姿になって現れたのだろう。

「答えよう。佐藤匠汰」

 心の中身を覗き見ることができるアスタは、口頭で伝えなくても、話を知りたい方向へ進めてくれた。

「私がここへ来た理由は、あなたを私の城へ招くためだ」

「城?」

「十年前、あなたが父と対談した、あの城だ。今、あの場所は〈ラディア〉で最も安全な聖域となっている。この私がいるからな」

「何故、俺なんだ?」

「あなたがシーナの想い人だからだ」

 どういうことだ、と俺は眉間にシワを寄せた。

「あなたはシーナに好かれている。そしてあなたも、シーナのことを好いている。互いに互いを欲する男女の存在が、戦争を終結させるカギとなるのだ」

 俺は指先でこめかみを掻いた。

「その……。もっとわかりやすく言ってくれないか?」

「わかった」

 根は素直な奴なのだろう。そういうところも父親と似ている。

「私の仲間になれ。佐藤匠汰」

「……え?」

 勧誘。それが、アスタの目的。

 だが、やはり、何故その相手に俺が選ばれたのかがわからない。

「シーナ率いる〈革命軍〉は、現在、私との全面戦争の準備を進めている。〈危険区域〉の女王と結託し、危険度の高いモンスター共を束ね、全戦力でもって王都〈ラディア〉に攻め入る気だ」

 ヒュドラの言っていたことは本当だったようだ。

 シーナはミルマルカリネと手を組み、戦力の補強を行っていた。

「戦争が始まれば、多くの命が失われる。〈革命軍〉のモンスター共と人間共はゴミ掃除をするようなものなので、どれだけ殺しても心は痛まないが、シーナだけは別だ。あなたがシーナを想う気持ちと同じくらい、私が、シーナに向ける情は大きい」

「なら、あんたがとっとと玉座から降りればいいだろ。それで戦争は終わる」

「言ったはずだ。佐藤匠汰」

 アスタはキリッと表情を引き締めた。

「今の〈ラディア〉こそが、真のあるべき姿だ。何者にも変えさせないために、私は、敵対するものすべてと戦わなくてはいけない」

 政治がまともなら良い王様になれたかもしれないが、もう遅い。

 アスタは今の〈ラディア〉を、どんな手を使ってでも変えたくないらしい。

「シーナとは幼少の頃から付き合いがある。私も、あなたと同じく、シーナを愛する人間の一人なのだ」

「シーナさんから、あんたについて何一つ聞いていないが?」

「彼女は色恋事には鈍感なんだ。私が何度告白をしても、友達以上の関係には発展しなかった」

 シーナが色恋事に鈍感なんて、そんなはずはない。そうでなければ、十年前に、俺に対して

はとらないだろう。

「こう言ってはなんだが……。あんた、シーナに嫌われていたんだよ」

「えっ!? そうなのか!?」

 アスタは衝撃を受けて固まった。

 コイツの方が色恋事に鈍感そうだ、と俺は思った。

「た、確かに……。あなたの記憶に残っているシーナは、私にしてくれなかったことをしている。だが何故、私はシーナに嫌われて——いや、そんなことはない!」

 アスタは必死で立ち直ろうとしていた。

 出会ったばかりの印象は冷徹なサイコ野郎だったが、国を治めるにしても(内容は酷いが)しっかり信念を持っているし、民の安全を考えているし……。なんだかんだで、コイツも一人の人間なのだ。人間誰もが持っている心が、コイツの中にもちゃんと存在している。

「ま、まぁ、その件に関してはシーナと今度しっかり話し合えばいい……。それよりも、佐藤匠汰」

「なんだよ」

「私の仲間になるんだ」

「なんでだよ」

「あなたが私の側に加われば、シーナは迂闊に手を出せなくなる」

「要するに、人質になれってことか?」

「交渉のための、一時的なものだ。シーナと殺し合わず、話し合いで解決するのが私の望みなのだ」

「最初、なんでシーナの姿に化けて来たんだ?」

「魔法をかけたかった。君を完全に、意のままに操る操作魔法だ。しかし、術にかけるためには対象の同意が必要だ。そのために、あなたがイエスと答えやすいシーナの姿を借りた」

 俺は溜息を吐いた。

 そういう、ズルいというか、イカサマみたいなことを考えるから、真っ直ぐな性格のシーナに嫌われたのではないだろうか。

「そうなのか?」

「何が?」

「シーナは真っ直ぐな性格の持ち主なのか?」

 シーナのことを何もわかっていないのか。或いは、シーナが何も教えなかったのか。

 多分だが、アスタは出会った時から、シーナに嫌われていたのだと思う。カスタ王の特殊能力を継承していてもなお、アスタはシーナの心を読み解き、本当に欲しいものを与えることができなかったのだ。

「やる前から決めつけるようで悪いが、シーナさんの説得は不可能だ。あんたとシーナさんとでは、物事の価値基準が違うから……」

 シーナがアスタを敵視するのも当然だ。アスタは生態系ピラミッドの頂点に人を置きたいエゴイスト。モンスターとの共存を求めるシーナと話し合いで解決なんてできるわけがない。

「いや、できる。シーナなら、わかってくれると信じている」

 アスタは頑固として考えを変えない。

 平和的解決には賛成だが、それも、もう遅い。アスタは既に、取り返しのつかない過ちをいくつも犯しているのだ。

「あんた、なんでシーナさんから大切なものを奪ったんだ? シンさんを殺したら、シーナさんがどんな気持ちになるのか想像できなかったのか?」

「シン……。ディスパーダか……」

 アスタは、最初に見せた時と同じ、感情の無い表情を浮かべた。

「奴もモンスター共と同様、醜く、野蛮で、愚かな存在だ。いない方が、この世界にとって都合が良い」

、だろ? シーナさんを手に入れるために、邪魔だったから殺したんじゃあないのか?」

「違う。私が手に入れたかったのは平和な世界だ。私の世界を否定するあの男を、残していいわけがないだろう」

「父親も、あんたに賛成派か? カスタ王も、シンを殺すことに同意したのか?」

「いや。だから



 それは初耳だ。シンとの戦争時、カスタ王はアスタの味方についていたと思っていたのに。

「十年前、君が父と対談した日の夜。父は私に、王位継承戦を辞退するよう命じた。私は、王になるべき人間ではない、と実の父親から否定されたのだ」

 カスタ王は間違っていない。父親は息子の心の中を——起こりえる最悪の未来を読み取っていたのだ。

「それで、殺したのか?」

「そうだ。今になって思えば、それがすべての始まりだった。父殺しの汚名を着せられた私は、当時の王の候補者や、カスタ王の味方をする者たちから命を狙われた。一対大勢の——数字のイカレた戦争だった」

 国を敵に回したのと同意味の戦いで生き残るとは、当時からアスタの力は常軌を逸していたらしい。

「敵対する者たちを一人、また一人と殺すたびに、私こそが王に相応しいと認める者が増えていった」

 それは、認めたのではなく、降伏だ。圧倒的力の差に屈服した者たちを、アスタは仲間だと勘違いしている。

「捉え方は人それぞれだ。しかし、私の力は本物だ。戦いがひと段落ついた頃、私は、〈ラディア〉の新しい王となっていた。大勢が私の側につき、残された少数は今も、私を力で玉座から引きずり落とすという叶わない夢を抱きながら、小動物のようにコソコソ暮らしている」

「……シーナさんも、あんたの中では小動物なのか?」

「シーナだけは違う。私の想いを聞き入れてくれる。そう、信じている」

 何もかも、自分の都合の良いようにしか考えられない男なのだ。

 しかし、自分で言っていたように、実力だけは本物だ。カスタ王やシン、王の候補者たちが束になっても敵わないなんて、異常すぎる。
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登場人物紹介

シーナ。本作のヒロインで、魔法使いの女の子。


モンスターと仲良く暮らせる世界を夢見ている。

アッシュ。マイペースな女性。


悪い奴ではない。

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