第33話

文字数 4,279文字

 王都〈フレア〉。

 東京タワーほどもある尖塔が三又槍(トライデント)の如くそびえる乳白色の巨城を中心に、様々な建物が密集した、〈ラディア〉という異世界の心臓部。そこへ、まさか、こんな形で入ることになるとは思ってもみなかった。

 活気のある城下町を、俺は、手錠で腕を拘束された状態で進んだ。

 通りを行き交う人々の視線を四方八方から浴びせられながら歩くのは、あまり気持ちのいいものではない。

「罪人を連れて歩くのは、何度経験しても飽きることが無い」

 バイルは、王都に入ってから機嫌が良くなった。

 〈ライ村〉でシーナに謝られた時とは違った意味で感情が動いている。

 あの時は、他人から向けられた非難の目にバイルは怯えている様子だった。

 今回は、悪党を退治した英雄に対する賞賛を込めた目に、気持ちが昂っている。

 人の目を気にする奴だ、とは思っていたが、まさかここまで素直な奴だとは知らなかった。

 他人から石礫の如く浴びせられる非難の声を聞き流しながら、俺は後ろを歩くシーナとアッシュに目をやった。

 二人とも、王都に着いてから大人しくなってしまった。

 アッシュは警察に連行される犯罪者みたいに、フードを被って顔を隠している。
 
 シーナの方は、かなり、ストレスが溜まってそうだ。

 罵声を浴びせる人々や、「あれ、シンの娘じゃね?」と指差す魔法使いらしきローブ姿の者たちを落ち着きなく見回していた。 

 シーナが王都に入るのを嫌がっていたのは、魔法使い界隈の有名人だからではないだろうか。

 魔法使いの中には、シーナを認知している者が多くいるようなので、見つめる目は俺に向けられる数より上かもしれない。


 ……最悪、俺はどうなってもいいが、シーナとアッシュだけは無事に解放させてあげたい。


 仲間のことばかり考えながら、俺は歩いた。
 
 巨大な石造りの門をくぐり、螺旋状の階段を上ると、甲冑六人に守られた扉の前に出た。

 俺たちが近づくと扉は自動で開き、モダンチックな玄関ホールが現れた。

 ポツリポツリと存在する兵士のような格好の人々からは、一般人とは違うオーラのようなものが感じ取れる。

 別に、ファンタジー格闘漫画みたいに、人が発する〈気〉とやらを肌で感じているわけではないが、何かこう、相手に選んではいけない強者というか、戦ったら絶対に勝てないと思わせる謎の圧を放っているのだ。

 ここはこの世界の中心地で、この世界を統べる王の住む城だ。警備を担当している連中も、世界トップクラスの実力者のはず。

 問題事だけは絶対に起こさないようにしよう、と俺は誓いを立てた。

 俺とシーナとアッシュは、清潔感のある広間へと連れて行かれた。

 正面に黄金に輝く玉座があり、そこに、一人の年配の男が鎮座していた。

 頭には黄金の冠。左手には真っ赤な宝石が埋め込まれた杖。顎に白髭を蓄え、厚手の白いローブを身に纏ったその男こそが、この世界の王であると、俺は一目見て確信した。

「……シーナ? シーナじゃないか! どうしたんだ!?」

 シーナの名を叫びながら、一人の青年が駆け寄ってきた。

 整った顔立ちの、金髪の青年で、そいつはシーナの傍で立ち止まると、迷い無くその手を取った。

「父上! これは一体、どういうことですか!?」

 青年の視線が玉座の方に向く。

 この青年は、国王の息子だろうか。

 今の反応から察するに、シーナとなんらかの関りがある人物なのだろう。

「…………」

 シーナは何も喋らない。

 アッシュも同じくだんまりで、一言も声を発せず、俯いていた。

 この二人にとって、王都は

で思い出深い場所なのだろうか。

 二人は、俺がこれまで見たことが無い、青ざめた表情を浮かべていた。

「アスタ。下がりなさい」

 国王とおぼしき男は玉座から立ち上がり、言った。

「友人との雑談は後にしてくれ。まず、その者たちの話を聞きたい」

「しかし、父上!」

 アスタ、とはシーナを心配している青年の名前らしい。

 シーナのことが余程気になるのか、アスタは父親よりもシーナの方ばかり見ている。

「二度言わせるな。アスタ」

「……はい」

 出過ぎたマネをしてしまったことを詫びるように、アスタは父親に頭を下げ、シーナの方を何度も振り返りながら広間を出て行った。

「私は〈ラディア〉の王。カスタ・バルザ・シェルベノム」

 いきなり始まった国王の自己紹介。

 やはりというか、当然というか、玉座に居た年配の男が、この世界の王だった。

「突然、このような場所に連れて来られて不安だろう」

 厳格だが、非常に耳に優しい声で、カスタ王は

言った。

「佐藤匠太よ。もう少しだけ、私の傍に来てもらえるかな?」

「えっ!?」

 何故、俺の名前を知っているのだ。

 俺がここに来ることは、先に伝えられていたのか。

 複雑な気持ちで、俺は一歩前に進んだ。

「ありがとう」

 俺は正面にいるカスタ王から目を逸らした。

 カスタ王の目には、人の邪心を映す水晶玉のような神秘的な輝きがあり、見つめただけで俺の何もかもが知られてしまうような……。とにかく、ずっと見続けてはいけない輝きがあった。

「そう怯えるな、〈流れ者〉よ。地球という世界から、突然、〈ラディア〉まで転移し、様々な出会いと危機を経験したお前の精神を労われないほど、私は鈍感な人間ではない」

「なっ……!」

 個人情報が筒抜けになっていることに俺は驚愕した。

「あなたの心の声は聞き取りやすい。あなたは正直な人間のようだ」

「ど、どうして? 心の声ってなんですか?」

 謎が多すぎて頭がパンクしそうになった俺は、衝動的にカスタ王に質問してしまった。

 その瞬間、玉座の傍で待機していた一人の男が怒鳴り声を上げた。

「貴様ッ! 発言の許可無く喋るんじゃあないッ!」

 びくりとして、俺は声の主を見た。

 その男は、身長二メートルを超える、強面のプロレスラーのような巨漢だった。

 カスタ王が綺麗な宝石なら、この男は触れただけで爆発する危険物質だ。

 目を見ているだけで殺されそうな恐ろしいオーラを身に纏っている、ヤバい奴だった。

「怒鳴り散らすな。ゼラルド」

 ゼラルドという名の巨漢は、バウムクーヘンみたいな胴体を曲げて、「失礼いたしました」とカスタ王に頭を下げた。

 ここまでの流れで、俺は、カスタ王が

だと確信した。

 カスタ王は、逆らう者が誰一人いない、この世界の頂点なのだ。

「あの男は、ゼラルド・スラーク・ハルドゥイン。仕事熱心で良い奴なのだが、短気なのが玉に瑕だ」

「……?」

 〈ハルドゥイン〉ってことは、もしかして……。

 俺は背後にいるバイルに目をやった。

 奴はゼラルドの方を向いて、「評価を下げるようなことするな親父……」と言いたげな苦い表情を浮かべていた。

 名字も一致しているし、これで確定だろう。
 
 ゼラルドは、バイルの父親だ。

 俺が視線をカスタ王へ戻そうとした、その刹那、広間の出入口の扉が音をたてて開き、見覚えのある男が颯爽と中へ入って来た。

「お父さん!?」

「シンさん!?」

 俺とシーナは同時に声を上げた。

 久しぶりに見たシーナの父親、シン・アルシュファルレント・ディスパーダは、真っ直ぐカスタ王を見据えて、広間を進んだ。

「止まれ、貴様ッ!」

「ここがどこだかわかっているのか!?」

「うるさい」

 慌ただしく駆けて来た数人の衛兵を、シンはひと睨みで大人しくさせた。

 俺と一緒にいた時、ずっと落ち着きのある態度で接してくれたシンが、今は殺気立っていた。

「シンッ! 貴様、何をしにここへ来たッ!?」

 ゼラルドがライオンの咆哮に匹敵する怒声をシンに浴びせた。

 しかも、浴びせるだけでなく、ゼラルドはシンの傍まで行って、見ただけで人を殺せそうな眼光で思い切り睨みつけた。

 俺だったら確実に失神しているその対応に、シンは怯えることなく、逆に鋭い睨みで応えた。

退()け。あなたに用は無い」

「あぁ~!?」

「お、親父! 国王様の前だぞ!」

 バイルがすっ飛んできてゼラルドを宥める。

 シンはゼラルドとバイルのやり取りを一瞥し、遠慮の欠片も無い動作でカスタ王と相対した。

「……シン。そんなにいきり立って、どうしたんだ?」

「娘を救いに来た。こちらの要求が呑めないのであれば、あなた諸共、王都を破壊する」

「おいッ!?」

「何を言っているッ!?」

 言い合いをしていたバイルとゼラルドが、同時にシンを見て叫んだ。

「待て。先走りすぎだぞ。話し合いは、まだ始まったばかりだ」

 テロリストみたいなことを言うシンが相手でも、カスタ王は冷静だった。

「娘と話をする」

 カスタ王の許可を待たず、シンは一人で勝手に決め、シーナの傍へ行った。

 バイルとゼラルドは鬼のような形相でシンを睨んでいたが、カスタ王に「落ち着け」と言われ、二人揃って渋々持ち場へ戻った。

「シーナ、大丈夫か?」

「お父さん……」

 シーナに話しかける時のシンは、優しい父親の顔をしていた。

「お父さん、ごめん……。ちょっと、面倒なことになっちゃって……」

「気にするな。シーナは悪くない。悪いのは……」

 シンの目がこっちに向き、俺はドキッとした。

「佐藤匠太。あなたには後で話がある」

「……はい」

 説教される。シーナを面倒事に巻き込んでしまった原因は俺にあるから。

 いや、説教で済んだら良い方だ。シンの怒りが爆発したら、俺は確実に死ぬ。

「違うよ、お父さん。お兄さんは悪くない。悪いのは、運だよ。運が悪かったから、面倒なことになったってだけ」

「……〈バスルーン湿原〉に入ったんだろう? その話を聞いた時、俺はシーナのことが心配で堪らなくなった」

「誰から聞いたの?」

「ヒュドラという名の、黒いスライムだ」

 バイルに蹴り飛ばされた後、ヒュドラは再生して、シンに会うため、あの村へ行ったみたいだ。

 今回も、また、俺たちを助けるために頑張ったのだろう。

「シンさん。ヒュドラは——」

「黙れ」

「すみません」

 口を利きたくないほど嫌われている俺の代わりに、シーナが訊ねた。

「ヒュドラはいつ来たの?」

「ついさっきだ。話は全部、聞かせてもらった」

 ついさっき会って、もうここに来るのはおかしい。

 シーナの居場所を魔法で探知して、転移してきたのだろうか。

「ヒュドラに、何もしていないよね……?」

「村のみんなは泥棒スライムと非難していたが、話を聞かせてくれた礼として、無傷で見逃した」

 その言葉に、俺とシーナは揃って安堵の息を吐いた。

「そろそろ、いいかな?」

 カスタ王に訊かれて、シンは頷く。

「シーナ。何があっても、俺が必ず守るからな」

 口早に言って、シンはシーナの傍から離れた。
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登場人物紹介

シーナ。本作のヒロインで、魔法使いの女の子。


モンスターと仲良く暮らせる世界を夢見ている。

アッシュ。マイペースな女性。


悪い奴ではない。

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