第63話

文字数 3,869文字

 爆音が連発で鳴った後、〈擬人(ソウルレス)〉たちが玉座の部屋へとなだれ込んできた。守備についていた甲虫モンスターたちは、侵攻を止めようとはしなかった。恐らく、全滅してしまったのだろう。〈擬人(ソウルレス)〉たちの標的は、まだ生きている俺とミルマルカリネに絞られたのだ。

「マズい! 女王様、早く転移を——」

 振り返った俺の目に映ったのは、誰もいない空の玉座だった。

「……って、いねぇし!?」

 合図無しに始まってしまったらしい。俺の、〈擬人(ソウルレス)〉たちとの命懸けの鬼ごっこが。

 ミルマルカリネは今頃、〈セクト島〉を出て、シーナや他の仲間たちと王都〈フレア〉に攻め入る作戦会議を始めているだろう。俺はその間、なんとしてでも生き残り、シーナが迎えに来るのを待つ。

 とはいえ、かなり厳しい状況だ。玉座の部屋に蟻の軍勢の如く〈擬人(ソウルレス)〉が殺到し、出口が完全に塞がれている。隠れられる場所も、逃げ回るスペースも無いこの部屋の中で、俺は一体、どうすればいいのだ。

 〈擬人(ソウルレス)〉たちは俺を目指して、じりじりと前進する。甲虫モンスターを襲っていた時とは打って変わってのろまだ。俺に逃げ場がないことを理解していて、焦る必要が無いと判断したのか。

 いや、違うかもしれない。〈擬人(ソウルレス)〉たちの動きは、遅いけれど、意図的に遅くしているようには見えないのだ。まるで、水中を歩いているような、全身にかかる水圧で動きがのろまになってしまっているように思える。

 ここが水中でないことは、考慮の必要のない問題だ。〈擬人(ソウルレス)〉の動きが遅くなってしまった理由は、恐らく、ミルマルカリネが使った魔法のせいだろう。彼女はこの部屋から消える前に、〈敵の接近を防ぐ結界〉を使うと言っていた。その結界の効果を受けて、〈擬人(ソウルレス)〉たちはのろまになっているのだ。

 そして、俺自身もそうだ。結界の中にいるすべてのものがスローモーションみたく遅くなっているのに、俺だけがその中で速く動ける。これもミルマルカリネが使った魔法で、今の俺は、結界の力を無視して移動できるほど身体能力が向上しているのだ。

 けれど、結局のところ、〈擬人(ソウルレス)〉たちが邪魔で部屋の外に出られないのだから意味が無い。俺はじりじりと近寄って来る〈擬人(ソウルレス)〉たちに触れられないよう、玉座をよじ登って震えることしかできないのだ。

 武器でもあれば少しでも〈擬人(ソウルレス)〉の数を減らせるのだが、無い。玉座に付いているクリスタルをもぎ取って〈擬人(ソウルレス)〉に投げつけたら、ミルマルカリネの結界の効果でふよふよと風船みたいに宙を飛んだ。終わった、と思った。

 その時だった。眩い光が玉座の部屋の中央から放たれ、すべての影をかき消した。

 俺は反射的に腕で目をかばった。何者かが魔法を使った、ということだけわかった。

「……ここにいるのは、あなただけのようだな。佐藤匠汰」

 光が消えると同時に、男の声が聞こえた。ゆっくりと腕を下ろし、玉座の部屋の中央へ目を向けると、そこには、一人の男が立っていた。数え切れないほどいた〈擬人(ソウルレス)〉たちは、跡形も無く消えている。新たに現れた、この男が消したのだろうか。

「あ、あんたは……!?」

 男の姿をはっきり目に映して、俺は絶句した。その男は、王都〈フレア〉にいるはずの〈ラディア〉の王、アスタ・バルザ・シェルベノムだったのだ。

「どうしてお前がここにいる? ……不思議か? なら、理由を教えてやろう。佐藤匠汰」

 アスタは俺の頭の中を覗き見て、こっちが知りたいことを喋り始めた。

「あなたを利用したのだ。すべて、私の思惑通りにことが進んだ」

 アスタの水晶玉のような目から、カッと光が放たれた。

 突然、俺の目に靄がかかった。手を振ってもかき消すことのできない靄の中に、シーナとミルマルカリネ、モンスターと〈革命軍〉の人々が映し出された。

「こ、これは!?」

「私が見ている景色をあなたにも見せてあげているのだ。あなたが今、見ているのは愚か者共の迷走。自分たちが罠にはまったことを知らず、突き進む愚か者共の最期をしっかりとその目で確認するんだ」

 建ち並ぶ家々や高級感のある建造物、そして、東京タワーほどもある尖塔がそびえ立つ巨城が目に入った瞬間、俺は理解した。

 俺が見せられている景色は、現在の王都〈フレア〉だ。仲間たちの戦いの様子を、空から見下ろす形で覗いている。

 シーナは〈革命軍〉の人々を先導して、武器を持った甲冑兵士たちに戦いを挑んでいた。ミルマルカリネはモンスターの手下たちに守られつつ、体から衝撃波のようなものを放ち、敵が放つ魔法をかき消している。アスタ軍は王都のあちこちに設置された投擲装置を使い、城を一直線に目指すシーナやミルマルカリネとその仲間たち目がけて、様々な属性の魔法が付与された大きな矢を雨のように撃ち降らせた。

 どちらが優勢かわからない、互角の戦いだ。アスタは戦いには参加せず、ただ見守っているだけなのだろうか。

 そもそも何故、アスタがここにいる? こっちの考えはお見通しのようだが、俺には、アスタが何を考えているのかまったくわからない。

「佐藤さん! ……って、あれ?」

 聞き覚えのある男の声が聞こえた瞬間、靄が晴れた。目に映る景色が、玉座の部屋に戻った。さっきまではアスタ一人だけだったのに、いつの間にか増えている。黒いローブを羽織った長髪の若者が、アスタから少し離れた場所に立っていた。その若者の名前は知らないが、人間専用の居住区で見た覚えがあるので、〈革命軍〉のメンバーの一人だとわかった。

「逃げろッ!」

 俺が叫ぶと同時に、アスタは振り返った。若者は、そこにいるのが〈ラディア〉の王だとわかると、顔を青くして震えた。

「あ、アスタ……!? 何故、お前がここにいる!?」
 
「それはこっちのセリフだ。何故、お前がここにいる?」

 質問の後、アスタは若者の思考を読み取った。答えを得たアスタは、頷き、言った。

「なるほど。シーナは主戦力、外すことはできない。だから代わりに、お前が佐藤匠汰を迎えに来たのか」

「え、えええッ!?」

 喋っていないのに自分が言おうとしたことを当てられた。若者にとってそれは初めての体験だったのか、尋常じゃないほど驚いていた。

「用があるのはシーナの方だ。消えろ」

 アスタが指を鳴らすと、若者は無数の光る粒子となって宙を舞った。アスタは無慈悲に若者を分解したのだ。どうでもいい相手に対して非道に接する、悪党なのだアスタは。

「さて、それじゃあ続きを見ようか」

「いや、ちょっと待て」

 アスタが魔法を使う前に、俺は質問をぶつけた。

「ここにいた〈擬人(ソウルレス)〉たちはどこへ行った? 何故、お前はここにいるんだ? シーナさんたちが罠にかかったって、どういうことだ?」

「早口言葉が好きなのか。佐藤匠汰」

 アスタは鼻で笑った。

「この島にいた〈擬人(ソウルレス)〉はすべて王都〈フレア〉に転移させた。今頃は、モンスター共や〈革命軍〉のゴミ掃除をしているだろう。……ああ、それとついでに、ここへ来たとき私の身体にくっついてきた魔力は払い落とした。ミルマルカリネが何か魔法を使ったのだろう。想像していたよりも、大したことの無いものだった」

 スルーされた、と思ったが、アスタはちゃんと答えてくれた。

 どうやら、アスタと〈擬人(ソウルレス)〉は入れ替わりのような形で転移したらしい。そして、ここに来てすぐ、アスタはミルマルカリネが張り巡らせた結界をあっさり解除した。

「質問は他にもあったな。何故、私がここにいるのか? それは、あなたを利用するためだ。シーナとの交渉でね」

「シーナさんはここには来ない。来るとしたら、王都〈フレア〉を陥落させた後だ」

「王都〈フレア〉には私がとっておきの魔法を付与した。シーナたちではなく、私の意思で、王都を終わらせるのだ」

 アスタは、王都〈フレア〉そのものを罠として使う、えげつない作戦を実行する気でいるのだろうか。

「言っただろう。佐藤匠汰。すべて、私の思惑通りにことが進んでいる、と……」

「なんだと?」

「シーナは必ずここに来る。あなたを助けに来る。そして、私の前に跪くのだ。佐藤匠汰という名のたった一人の人間のために、自我を捨てて私に屈服する」

「……全部、自己中心に進むと思うな」

 俺はアスタに接近し、正面から水晶玉のような目を睨みつけた。

「シーナさんは、お前のようなクズには絶対に手に入れられない。俺が生きていても、死んでいても、人質として利用されても、シーナさんの想いは変わらないだろう」

「私を殺して〈ラディア〉を取り戻す、か……。それができないから、薄汚いモンスター共と、薄汚い島でコソコソ身を隠していたんだ」

「アスタ、薄汚いのはお前の心だ」

「うるさい黙れッ!」

 アスタはいきなり発狂し、俺の頬を裏拳で殴った。

「なんでお前みたいなカスばかりシーナは見るんだッ! 死ねッ! 死んでしまえッ!」

 それだけでは終わらず、まるで見えない糸で引っ張っているみたいに、俺の身体を空中で振り回して、部屋の壁に数回叩きつけ、最後は地面に叩き落とした。

 そこまでやって、アスタはハッと我に返り、

「……おっとっと。危ない危ない。危うく人質を殺してしまうところだった」

 嵐のような暴力を受け、身体中の痛みに悶絶する俺を見下ろし、アスタは笑った。

「私は平和的解決を優先する。シーナの気が変われば、それですべてが丸く収まるのだ」

 アスタは魔法で俺を浮かばせ、ボロ雑巾みたいに玉座の上に放り投げた。

「あなたはそこで大人しくしていろ。今、モンスター共と〈革命軍〉の最期を見せてやる」

 俺の視界が、再び謎の靄で覆われた。
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登場人物紹介

シーナ。本作のヒロインで、魔法使いの女の子。


モンスターと仲良く暮らせる世界を夢見ている。

アッシュ。マイペースな女性。


悪い奴ではない。

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