第35話

文字数 3,487文字

「話し合いは終わった。その者たちを解放しなさい」

 カスタ王に反論する者は誰もいなかった。

 俺、シーナ、アッシュの三人は、バイルに城の外へと連れて行かれ、「二度と来るな」という捨て台詞とともに突き放された。

「よかったね」

 シーナの言葉に、俺とアッシュは溜息で応えた。

「一時はどうなることかと思いましたが、今回だけは見逃して貰えたようですね」

「まぁな……」

 アッシュは何かを探るように、俺とシーナの顔をチラ見していた。

「どうした?」

「い、いや……」

「カスタ王。良い人だったね」

 アッシュの仕草が気にならないのか、シーナが自分の話を割り込ませる。

「『あなたは立派な王になれるかもしれない』って褒められた。カスタ王が言うんだから、間違いないよね」

 それは、いつの話をしているのだろうか。

 カスタ王は俺と仮想空間にいたはずだ。シーナと会話する時間は無かったと思うが……。

「シーナさん。私が仮想空間に移動した後、広間はどうなっていたのですか?」

「仮想空間? 私はカスタ王と、〈ラディア〉で一番高い〈キッポ山〉の頂上で話をしていたからわからない」

 頭の中がこんがらがってきた。

 シーナが嘘を言っているようには思えないし、俺が仮想空間に行ったのも事実だ。

 俺とシーナは、同じ時間にカスタ王とそれぞれ違う場所で対話していた、というのか。

 だがそれは、カスタ王が二人いないと起こりえないことだ。

「アタシも、カスタ王と話した。アタシが生まれた家で……」

 俺とシーナは「えっ?」と同時にアッシュを見た。

「アタシは『やりたいようにしたらいい』って言われた。ただし、『仲間にちゃんと説明しなさい』って、言われた……」

 意味がわからな過ぎて、思考を放棄しそうになってきた。

 俺、シーナ、アッシュは、三人同時にカスタ王と会話していたのだろうか。

 時間を巻き戻さない限り、そんなことは不可能だ。

「〈ラディア〉を統べる王のなせる業だな」 

 背後からシンに話しかけられて、俺とシーナとアッシュはビクッとした。

「お父さん。いつからそこにいたの?」

「さっきからいたぞ」

 シンは、何が起こったのかわかっているみたいだった。

 理解に悩む俺たち三人に、シンが説明してくれた。

「カスタ王は瞬きの間に、いくつもの現象を発生させられる。ただし、それらは全て、思考の中で行われるため、現実世界に影響は及ばない」

 ちょっと何言ってるのかわからない。

 魔法に詳しいシーナも、シンの説明が理解できなかった様子だった。

「要するに、思考だけを別の世界に転移させられる魔法を使える、ということだ」

「思考だけ……?」

 カスタ王が自分の意識を分割できるのならば、俺とシーナとアッシュ、三人と同時に思考だけでやりとりすることが可能だ。

「カスタ王は、〈ラディア〉の王と呼ばれる前、〈次元の支配者〉という異名で恐れられていた放浪者だった。彼は別次元を生み出す能力に長けており、相手の意識のみを自らが作り出した空想の中に閉じ込めることができた。カスタ王の作り出した世界の中では、カスタ王以外の力は働かない——まさに、無敵の魔法使いだ」

「お父さんにも、カスタ王みたいなことができる?」

 シーナの質問に、シンはかぶりを振った。

「無理だな。だが、俺だったら、魔法を発動する前にカスタ王を瞬殺する」

 城の誰かに聞かれたら脅迫行為で処されるかもしれない物騒なことをシンは口にした。

 シーナの負けん気の強さは、父親譲りだったのだとはっきりわかった。

「よく、わかりませんが……。カスタ王は自分だけが支配する世界に、複数人を同時に閉じ込めることができる、と……」

「どれだけの数かは不明だが、発動の条件は

。それだけは確かだ」

 相手の心が読める、と本人が語っていたので、カスタ王は生まれつき他とは違う才能を持って生まれた人間なのだろう。

 魔法すら使えない俺には、魔法の効果はわかっても、発動の仕組みまでは理解することができなかった。

「それよりも、佐藤匠汰」

 シンに肩を掴まれて、俺は「あっ」と声を上げた。

 何故、シンがここにいるのか。

 カスタ王のことばかり考えていたせいで、そこまで頭が回らなかった。

 シンは、〈バスルーン湿原〉に娘のシーナを連れて行った俺に対して怒っている。

 その罰を与えるため、ここに来たのだと察した瞬間、俺の心臓の鼓動が徐々に速くなっていった。

「シンさん。本当に、申し訳ありませんでした。二度と〈危険区域〉に入らないと誓いますので、どうか、命だけは助けてください……」

 命乞いをする俺を見下ろして、シンは鼻で笑った。

「シーナと出会う前だったら、俺はあなたを消滅させていた。しかし、今は……」

 シンの目がシーナに向く。

 シーナは両の拳を握りしめて、辛そうな顔で俺を見ていた。

「あなたに何かしたら、シーナが悲しむ。シーナのために、あなたの愚行を許してやろう」

「……ありがとうございます」

「次は無いぞ」

 シンの視線が外れたことに、俺は安堵した。

「シーナにも、言っておきたいことがある」

 自分も叱られる、と思ったのか、シーナは身を固くした。

「魔法の修行時代、俺は気の合う仲間を連れて、経験値稼ぎを目的に〈バスルーン湿原〉の横断を行ったことがある」

「お父さんも入ったことあるんだ」

「ああ。そして、横断に成功したのは、俺一人だけだった」

「……え?」

 シーナの表情が凍りついた。

「一緒にいた仲間たちは、休むことなく襲いかかって来るモンスターたちに対応し切れず、ある者は精神を壊し、ある者は騙され、命を落とした。もっと早く、シーナにこの話を聞かせておけばよかったと今になって後悔している」

 シンの話を聞いて、俺は、とんでもないところへシーナを連れて行ってしまったと後悔した。

 横断を途中で断念していなかったら、シーナも、シンの仲間たちみたいに命を落としていた可能性が高い。

「実際に入ってみて、わかっただろう。あそこは、今のシーナのレベルでは横断できない。今回は片足を突っ込んだだけで済んだが、〈バスルーン湿原〉は奥へ進むほどモンスターが凶悪になってくるんだ」

「……うん。お父さんが許可するまで、二度と入らない」



 念を押し、シンは俺たちの前から一瞬で姿を消した。

 シーナの使っていた転移魔法のレベルが低いと思わせるほどの、一切の余韻の無い完璧な移動だった。

 実力の差を思い知ったシーナは、悔し気な表情を浮かべていた。

「あ、あの……」

 アッシュが恐る恐る手を上げて発言する。

「アタシからも、二人に言っておきたいことがある」

 他人の視線が気になるのか、アッシュはなかなか続きを話してくれない。

 俺はシーナに頼んで、ひと気のない森の中に移動させてもらった。

 父親の転移魔法を間近で見て、やる気スイッチが入ったのか知らないが、シーナの使った転移魔法は、これまで見た中で一番早く——とんでもなく雑だった。

 俺とアッシュは転移が成功した瞬間、サンドウィッチみたいに重なって地面に叩きつけられた。

 使った本人も草むらに落ちて葉っぱまみれになっていたが、俺とアッシュほどダメージは受けていないようで、平然と立ち上がっていた。

「それで、話ってなんだ?」

 痛む腰をさすりながら立ち上がり、俺はアッシュに訊いた。

「ああ、えっと……。あのさ……」

 口ごもっているのは、転移の衝撃で身体を痛めたのが理由ではなさそうだ。

 俺とシーナが辛抱強く待っていると、ようやく、アッシュは話してくれた。

「カスタ王と話して……。その、仮想空間だっけ? なんかよくわからないけれど、アタシの場合は、自分ん()だったんだよね。カスタ王には、アタシの頭の中が全部見えているみたいで、アタシが嘘をつきまくっても、『本心を聞きたい』って、逃がしてくれなかったんだ。それで、本当のことを話した……。そしたら、『今の仲間と旅を続けたいなら、そのことをちゃんと話しなさい』って言われた。話すことを条件に、仮想空間とやらから出してもらった」

 俺とシーナは黙って聞いていた。

 別に、何を言われても、俺は——恐らくシーナも、アッシュを嫌いにならない。

 アッシュは非常に言いたくなさそうな苦い表情のまま、ポツリポツリと告白した。

「アタシ、実は……。アシュリーってのは、偽名なんだよね……。アタシの本名は、アイルだ。アイル・スラーク・ハルドゥイン……」

 俺とシーナは「えっ?」と顔を上げた。

「そう……。二人もよく知っている名だな……。カスタ王の傍にいたゼラルドはアタシの父親で、バイルは……弟なんだ」
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登場人物紹介

シーナ。本作のヒロインで、魔法使いの女の子。


モンスターと仲良く暮らせる世界を夢見ている。

アッシュ。マイペースな女性。


悪い奴ではない。

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