第42話

文字数 3,787文字

 しばらく森の中を進んでいた俺は、小さな湖畔を発見し、そこで喉の渇きを潤すことにした。

 日の光を反射して煌めく水に気を取られていた俺は、突然、左右の草陰から飛び出した謎の集団に不意打ちを食らった。

 数人がかりで俺を地面に押し倒し、メンバーの一人——褐色肌の女性が、手に持っていた短剣の切っ先を俺に向けて、「お前は何者だ?」と酒で焼けたようなハスキーボイスで訊いてくる。

 俺の返答を待つ、ということは、内容次第で処遇を決めるのだろう。だが、この集団がどういった理念の下、活動しているのか知らないので、どのような言葉を返したらいいのかわからない。

 言葉選びに苦戦する俺をジッと睨んでいた褐色肌の女性は、「おい!」と傍にいた男に短剣を持っていない方の手を振った。

 坊主頭でゴリラのような体型のその男は、肩に下げていたバッグから透明な液体の詰まった瓶を取り出し、褐色肌の女性に手渡した。

 褐色肌の女性は親指で器用に瓶の蓋を弾き、中に詰まっていた液体を俺の頭にぶちまけた。

「冷たっ!?」

「動くなッ!」

 液体が氷水のようで、浴びた瞬間、条件反射で跳び上がった俺を、褐色肌の女性が怒鳴りつける。

 俺は「何もしない」という意味を込めて両手を上げた。

「……薬を浴びせても変化が無い。お前はモンスターではないようだな」

 褐色肌の女性が言う。今のは、人に化けたモンスターを暴く魔法の薬だろうか。

 短剣の切っ先はまだ俺の方に向けられているので、警戒は完全に解かれてはいないみたいだ。

 多分、モンスターだったら命は無かったと思う。

 この集団は、モンスター狩りを生業としているハンターだろうか。

「毎回毎回、やり方が怖いよ」

 眼鏡をかけたインテリチックな風貌の男性が褐色肌の女性の隣に来て、俺の顔を覗き込んだ。

「いきなり乱暴なことをして悪かったね。僕はマイルド。彼女はリディア」

 勝手に名前を教えるな、と言いたげに、褐色肌の女性——リディアは不満げに鼻を鳴らした。

「僕たちは〈流れ者〉を保護する〈保護団〉という団体のメンバーだ。君を捕って食うモンスターじゃあないから、安心してくれ」

「そいつが〈流れ者〉か確定する前にペラペラ教えるな!」

 リディアはマイルドの耳元で怒鳴った。

 マイルドは顔をしかめて、怒鳴られた耳の安否を確認するように優しく撫でた後、リディアに言った。

「彼が別世界の言語を——僕たちが今使っている日本語という言語で喋ったことが証拠じゃあないのかい?」

「言語だけだったら、ちょっと勉強すれば誰でも扱えるだろう。そいつが〈流れ者〉であることの証拠にはならない」

 リディアは大きくかぶりを振った。

「なら、逆の立場にたって考えてみるんだ。リディアが〈流れ者〉だったら、よく知らない世界の住人に、どうやって身分を証明するんだい?」

「そ、それは……」

 マイルドの質問から逃げるように、リディアは目を逸らした。

「なぁ、お前らさぁ……。毎回やるのか、このやりとり」

「パッと保護して、パッと帰ろうよ。ウチ、お腹空いた」

 リディアとマイルドの後ろから、大斧を担いだ長身の男性と、長い赤毛をツインテールに結った小柄の女性が出てきた。

「お前らだけが喋ってたって意味ねえだろ。そいつに喋らせた方が早く話を終わらせられる」

 大斧男は俺に顎をしゃくった。

「ウチもそう思う」

 ツインテールの女性が、うんうんと頷いた。

「……そうだね。その通りだ」

 マイルドは頷き、俺の方を向いた。

「君の話を聞かせてくれないかい? 転移した理由とか知っていたら、話が早く終わるのだが……」

 俺は、砂藤から貰った転移アイテムを使ったことは隠して、食べ物を作っている最中に謎の爆発が起こり、気がついたらここにいたという嘘の話を聞かせた。

 一番最初に転移した理由がそれだったので、ある意味、それも真実といえる。

「なるほど。恐らく、君は運悪く、この世界から別の世界へ流れた魔法のアイテムを使ってしまい、アイテムの効果でこの世界に強制転移してしまったのだろう」

「……はい」

「だとすると、おかしな点が一つある。君の服装が、この世界の冒険者が着用するものと酷似しているのはどうしてだろう?」

 その質問に、「この世界で生活したことがあるから」と回答してしまうと、話がややこしくなりそうだ。

「私は、元居た世界で、知り合いから調理器具を買ったんです。買った理由は、知り合いが語った夢のような話に興味を持ったからです」

「夢のような話?」

「異世界の話です。今いる世界から別の世界に行ける不思議な力を持った調理器具を持っている、と知り合いに言われ、試しに購入して使ってみることにしました。購入時、知り合いは調理器具とともに、私が今着ている衣服を一式、渡してきたのです。『異世界に行くならそれを着ろ』と……」

「君は知り合いに言われた通りに行動してしまった。そういうことかい?」

「はい」

「転移した経緯については理解できたけれども、気になることが一つ……。君が着ている衣服は、アスタ王が新国王に即位した同時期に、冒険者制度が廃止され、それ以降、製造されていない——つまり、古い服なんだよね。それを君に渡した人物は、一体どうやって、手に入れたのだろう? 服のほつれ具合を見る限り、最低でも三か月は着慣らされた服だと推測できる。おまけにサイズも君の体躯にピッタリじゃあないか。その服、本当に知り合いから貰ったものなのかな?」

「…………」

 このマイルドとかいう男。俺のことを注意深く観察している。

 まるで、俺の言葉に矛盾が無いか探るかのような、尋問に似た訊き方だ。

「……相手はどう思っていたのかわかりませんが、私は、その人のことを友達だと思っていました。だから、言っていることに、間違いはないと信じています」

「なるほどね……。わかったよ。それじゃあ、保護施設に行こうか」

「このチームのリーダーは私だ。私が納得していないのに勝手に決めるな」

「いいよいいよ、リディア。俺たちもついて行く」

「ウチ、お腹空いた」

 俺を保護施設とやらに連れて行くマイルドの同行者に、大斧男とツインテールの女性が立候補した。

「ブリードとモモがいれば怖いもの無しだ。リディア、彼のことは僕たちに任せて、君は他の仲間を連れてパトロールを続けてくれ」

 リディアはフンと鼻を鳴らし、「何かあったらお前が責任を取れ」と吐き捨て、仲間たちを連れて森の奥へと歩いて行った。

「……無駄に時間をかけちまって悪かったな。俺はブリード。あんたが妙なことをしない限りこっちも手を出さないから、安心して俺たちについて来てくれ」

 大斧男のブリードはそう言って、俺の肩を叩いた。

 名乗らずに、自分の空腹のことばかり気にしているツインテールの女性は、もう一人の同行者のモモだ。

 ここからは、この二人のリーダーをマイルドが担当して、三人で俺を保護施設とやらに連れて行くのだろう。

「それじゃあみんな、僕の傍に集まってくれ」

 俺は言われた通りに行動した。

 シーナに関する質問は、もう少し、この世界のことを知ってからにしよう。

「そういえば、まだ名前を聞いてなかったね」

「佐藤匠汰です」

「匠汰君。僕が合図するまで、絶対に動かないでくれ」

 マイルドは両手から眩い光を放った。

 瞬間、俺はさっきまでいた森の中ではなく、見上げるほど巨大な門の前に立っていた。

 なんだ転移魔法か、と俺はあっさり状況を把握した。

 その、落ち着いた俺の態度を怪しんだマイルドが、

「君は、驚かないんだね」

「うぉおッ!? 凄いッ! なんだこれはッ!?」

 慌てて驚いたフリをすると、マイルドは苦笑した。

「今のは転移魔法だよ。自分や傍にいる物や人を離れた場所に移動させる魔法さ」

「マジすか!? ヤバいっすね!」

「あんまり大袈裟だと、嘘っぽく見えちゃうなぁ……」

 俺はドキッとして、半笑いで固まった。

「あ、いや。その……」

「冗談だよ。行こう」

 マイルドが門に手をかざすと、扉の中央を細長い光が走り、内側へゆっくりと開き始めた。

「これも、魔法ですか?」

「そうだよ。けれど、さっき僕が使った転移魔法と違って、この扉は特殊な効果によって開閉する。転移魔法は自らの魔力を消費して使う魔法だが——対して、この扉は、他者の発する魔力の性質に反応して動作する仕組みなんだ。要するに、僕の持つ魔力が扉を開く鍵の役割を果たすってこと。扉は記憶した性質の魔力にしか反応しないから、仮に君が魔力を扉に放ったとしても、記憶されていないので開くことは無い」

「へぇ……」

 知らない技術の話を聞き、俺は素直に感心した。

 その、何気ない素振りさえも気になったのか、マイルドが俺に、

「君は、のみ込みが早いね。魔力や効果の付与に関して、初めから知識が備わっているかのような反応だ」

「い、いやいや! なんとなく頷いただけで、本当は何もわかっていません!」

 俺が無知者アピールをすると、マイルドは、「本当かな?」と言いたげに目を細めた。

「そ、それよりも……。私はこれから、どうなるのでしょうか?」

 マイルドは眼鏡をくいっとかけ直した。それが思考を切り替えるスイッチだったのかわからないが、マイルドは細めた目を元の大きさに戻し、言った。

「君を施設の職員に引き渡す。その後は、気持ちの整理がつくまで休んでから決めたらいいと思うよ」
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登場人物紹介

シーナ。本作のヒロインで、魔法使いの女の子。


モンスターと仲良く暮らせる世界を夢見ている。

アッシュ。マイペースな女性。


悪い奴ではない。

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