第59話

文字数 3,026文字

 シーナに案内されて、俺は人間専用の居住区に入った。

「やぁ。あんたが噂の佐藤さんだね」

「あんた細いなぁ。ちゃんとメシ食ってるのか?」

 シーナの下に集った〈革命軍〉の人々が、代わる代わる俺に挨拶してきた。皆、会って話をするのは初めてのはずだが、俺がいつ〈ラディア〉に来て、何を目的に行動していたのか知っていた。

「あんたのことは、シーナから色々聞いている」

 俺のことは、シーナの口から伝わっているらしい。〈異世界でパンブームを起こしたい〉という目的を持ってシーナやアッシュ、ヒュドラと旅をしていたことも皆知っていた。

 だが、その後のこと……。俺が日本から〈ラディア〉に帰還した後の話は、当然だが、誰も知らない。シーナも知らない話だ。

 自分が、アスタではなく、ここにいる者たちの味方であることを理解してもらうために俺は聞かせた。俺がここへ来るまで何をしていたのか。どうやってここに辿り着いたのか。すべて語った。

「マイルド、リディア……。しばらく連絡が無いのは、そういうことだったんだ」

 〈革命軍〉のスパイとして潜入していた者たちの死を、シーナや仲間たちは悲しんだ。

 戦いが終わったら、〈ラディア〉のために命を懸けた仲間たちの墓をたてよう。誰かがそう言った。

「シーナ。一体、俺たちはいつまでここで蟻みたいな生活を送るんだ?」

「女王も味方につけたんだ。早く、アスタの野郎に一発ぶちかましてやろうぜ」

 〈革命軍〉の人々は口々にリーダーに詰め寄った。みんな血気盛んで、アスタとの戦争に闘志を燃やしている。

 或いは、俺が語った仲間の訃報で、アスタに対する怒りが沸き上がってきたのかもしれない。

「それは、ミルが決めることだよ」

 シーナの返答に、仲間たちは一斉に溜息を吐いた。

 何か考えがあるのだろう。そう思っている俺と違い、他のみんなは、シーナがアスタにビビッているのだと残念がっていた。

「女王も、まさか、アスタにビビッているわけじゃあないだろうな?」

「女王の配下が強いことは知っている。どいつもこいつも、冒険者制度が廃止される前、集会所の高レベル討伐依頼書に載っていた顔ばかりだ。けれど、女王はどうなんだ? 奴の強さを知っている者はここにはいない。唯一知っているカスタ王は、もう、この世にはいないしな……」

 行動が遅いミルマルカリネに、仲間たちは不信感を抱いていた。奴は本当に噂通りの実力者なのか、と。

 俺は、シーナの強さを知っている。だから、シーナが強いと認めたモンスターは、全部強いと言い切れる。

 だが、人間の中には実際に目で見ないと認められない者も多く存在する。そういった者たちは、口での説得が難しい。

「だったら……」

 シーナは冗談とは思えない口調で言った。

「ミルと戦ってみたら? もしも勝てたら、アスタにも勝てる実力者だって証明できるよ」

 ここで手を挙げて、「よし。わかった」と動き出せる者は一人もいなかった。

 

ビビッているのか、シーナは仲間たちに知らしめたのだ。

「……でも、まぁ、みんなの気持ちはわかるよ。だから明日、みんなの代わりに伝えてくるよ。『ビビッてないで早くしろ』ってね」

 仲間たちは何も言わなかった。でも、不満が出ないところを見るに、全員が納得したのだろう。

 人々を統括するためには、強さだけでなく、威厳も必要だ。俺がいない間に、シーナは多くを引っ張っていくほどの威厳を身につけていた。

「じゃあ、ご飯にしようか」

 仲間たちはテキパキと食事の準備を始めた。何人かのグループに分かれて、テーブルや椅子を運んだり、調理器具や食器を運んだり、それこそ誰かが言った蟻のようだった。

「お兄さん」

 棒立ちしていた俺の肩を、シーナが叩いた。

「お兄さんは私にとって大事な人。私と同じ立ち位置にいていいよ」

「そう、言われましても……」

 動き回る人々をただ眺める。それは、本当に正しいのか。

 シーナはここにいる人たちの上に立つ存在だ。リーダーとして、司令塔として、立派に役割をこなしている。

 だが、俺はただの人だ。ここにいる誰よりも、能力が低いことを自覚している。

 魔法を使えない。戦えない。そんな奴がただ突っ立って、出来上がった食事に口をつけるなんて許されない。客観的に見ても、腹がたつことだ。

 俺はシーナの傍から離れて、運び込まれた調理台の前に立った。そして、不思議そうにこちらを見る一人の女性に、「何かできることはないですか?」と訊いた。

「できることって……。逆に、何ができるの?」

「調理器具の扱いは得意です。何を作るのか教えてくれたら、みんなに合わせて動きます」 

「じゃあ、パンって食べ物を作ってくれよ。シーナが言っていたぜ。あんた、異世界の食い物を作れるんだよな?」

 一人の男が放った言葉に、何人かが頷いた。

 材料があれば作れるが、用意された食材は木の実と虫の死骸だけだった。これではパン生地すらまともに作れない。

 だが、偉そうに出て来て、「そんなものは作れません」などと言うのは、パン職人のプライドが許さない。たとえ出来上がったものがパンでなくても、出て来たからには証明しなければならないのだ。

 俺は全ての食材の味を確かめ、そして、虫の肉を使ったカロリーブロックの製造レシピを閃いた。

「……あいつ、何やってんだ?」

「虫をクリーム状にすり潰しているぞ……」

 あちこちから必要なものを持って来て、勝手に何か作り始めた俺を、周囲の人々は怪訝そうに見つめていた。

 ほどなくして、俺はカロリーブロックを完成させた。練った虫の肉を長方形に固めて焼いたものに、特製の木の実シロップをかけた、焼き菓子に近い食べものだ。付け合わせとして虫の破片スープを作り、テーブルの上に並べた。

「最初に言っておきます。これはパンではありません。本物のパンはいつか必ず、皆様にご馳走しますので、今回はコレで勘弁してください」

 深々と頭を下げた俺を見て、シーナを除く、〈革命軍〉のメンバー全員がポカンとする。

「それも多分、異世界の食べ物だよ」

 シーナがそう言うと、みんなの視線がカロリーブロックに向いた。

「お兄さんが作ったものは全部美味しいよ。みんなで食べよう」

 見知らぬ食べ物に手を出すことを躊躇っていた人々は、シーナに説得されて、危険物を触るような手つきでカロリーブロックを口に運んだ。

 そして、あちこちから感嘆の声が上がった。

「これ、甘くて美味しい!」

「虫って、見た目が気持ち悪くて、ネバネバしてて食べ難かったけれど、こういう風に加工したら美味しく食べられるね!」

「佐藤さん、あんたやるじゃねえか!」

 自分の作った食べ物が、ここにいる人々の口に合ったことに俺は安堵した。

 シーナも満足そうにカロリーブロックを噛み砕いていた。

 皆の食事を眺めていたら腹の虫が鳴り始めたので、俺も開いている席につき、カロリーブロックを手に取った。

 防腐剤の代わりになるものが無かったので賞味期限は短いが、皆の食欲を見る限り、余りは無さそうだ。

 また作ってくれよ、という仲間の声を聞き、俺は嬉しくなった。

「……ところで、ここに集められた食材を使って、最初は何を作ろうとしていたのですか?」

 カロリーブロックを食べ終えた後、気になったことを隣にいた男性に訊いてみた。

「作るも何も、そのまま食べるんだよ」

 明日も俺が調理を担当しよう。皆は慣れているみたいだが、虫をそのまま口に入れるなんて、俺には無理だ。
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登場人物紹介

シーナ。本作のヒロインで、魔法使いの女の子。


モンスターと仲良く暮らせる世界を夢見ている。

アッシュ。マイペースな女性。


悪い奴ではない。

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