punishment-3

文字数 1,086文字

「何でここに……!」

 焦った様子のフユトの声がして、アゲハがそっと伺うと、こちらを見ていた【蛇】と目が合って、一気に全身の血の気が引いた。一番バレてはいけない相手に、浮気現場を抑えられた以上、言い訳など通用しない。

「前に警告したはずだ、二度目はない」

 シギは一瞬で消沈したフユトにか、アゲハにか告げて、

「あぁ、それとも──」

 余裕すらある声で、悠然と嗤う。

「自滅したかったのか」

 フユトもアゲハも、息を呑むしかなかった。どう答えたところで、現場を見られた今、取り繕う言葉も謝罪も無意味だ。こんなの許されるはずがない。

「──……お前が悪いんだろうが」

 アゲハが俯いて立ち尽くす中、フユトが毒づく。この状況でまだ酔いが醒めていないのかと疑いたくなるが、フユトに相対するシギは堪えていないようで、そっと目を細めた。

「お前の答えはわかった」

 そうして、愕然とするアゲハに、浴室に行っているよう目配せで指示する。

 指示されるまま、アゲハが浴室に籠った途端だった。フユトの罵声がドア越しにくぐもって聞こえ、思わず身を固くする。対するシギは意に介した様子もないほど淡白に、何事かを答えた。

 アゲハは浴室の壁に凭れ、そのままズルズルと座り込む。両膝を抱えてきつく目を瞑り、項垂れるように顔を埋めた。こうなることはわかっていたのに、こうなってしまったら終わりなのに。

 浅く息をするフユトに、ギラついた瞳に、放出を求めて張り詰める熱源に、僅かでもときめいてしまっただなんて、口が裂けても言えない。

 少しだけ眠ってしまったのか、誰かに肩を叩かれて目を覚ます。悪かったな、と目で詫びるシギの向こう、普段は見たこともないほど不貞腐れてむくれた横顔を見つけ、どことなく居心地の悪い思いで部屋を出た。

 どうしてこんなに、報われない思いを抱えてしまうのだろう。決して叶わないと知っているのに、効率の悪いこと甚だしい。

「あの莫迦には言い聞かせた」

 シギが言って、アゲハは今まで、自分がぼんやりしていたことに気づく。閉店後の店内、アゲハの雇用主はフユトのボトルから勝手に拝借したバーボンを飲みつつ、

「巻き込んで悪かったな」

 アゲハを責めることなく、静かに詫びた。

「……いえ、」

 本当は責めてもらった方が、アゲハの気持ちも変わったかも知れない。落ち込んだ声で答えながら、アゲハは思う。だって実感してしまったのだ。アゲハの初恋は確かに【蛇】だったし、それは今も変わらない。ただそれは、一方的に抱くカリスマへの憧憬であり、恋とは微妙に違う。ねじ伏せられるのが当たり前の状況と、求められてそうなるのでは決定的に違う。
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