その男、-2

文字数 1,247文字

 中央都市、ターミナル駅にほど近い立地の富裕層向けリゾートホテル、その最上階ワンフロアのインペリアルスイート。一人で使うには贅沢すぎて落ち着かないが、家具や寝具は一級品ばかりなので、結局、ほぼ自宅のようになってしまっている。最高級なだけあって、セキュリティは万全。ホテルスタッフと精鋭揃いの警備スタッフを皆殺しにできさえすれば、どうにかして、専用エレベーターのカードキーを手に入れられる。かも知れない。というところも、気に入っているポイントではある。

 このホテルも、最上階インペリアルスイートも、財閥の統領で大組織の総帥、両腕の入れ墨から【蛇】と通称される情報屋、その人の持ち物で、それが万全のセキュリティ最大の保障であり、そのお陰で寿命は確実に延びた。

 ハウンドやハイエナといった職業は、組織に属している以上、表立っては同士討ち厳禁ということになっている。なってはいても、やはり同業だと個人依頼なら内容やターゲットが被ることもあるし、連携すれば些細なミスから喧嘩にもなるし、組織自体で同業が飽和状態なのもあって、不意討ち闇討ちは当たり前だ。取れば盗られるが摂理なので、自宅にいようが人混みにいようが、死ぬ時は死ぬ。そんな緊張感に満ち満ちた日常を、よく何年も続けていたと、ここに出入りするようになって実感している。

 仕事で血と汗に濡れた体を熱めのシャワーで流し、大の男が足を伸ばせるだけのバスタブに浸かって温まり、果てはキングサイズのベッド、最高級のマットとシーツで惰眠を貪る幸福も、ある種の悪運がなければ知らなかった。

 悪運──なんだろう。若しくは腐れ縁か。恋だとか愛だとかの始まりは確かに一方的だが、ここまで偏執されると絆される部分はある。

 淡白そうな言動に反して、【蛇】はその通称通り、なかなかどうして執念深く、また嫉妬深いのだ。

 そこまで考えて、フユトは首を振った。我ながら阿呆らしい。

 大理石張りの浴室、ジャグジー付きのバスタブで適温の湯に浸かりながら、深く考えることではない。

 シャワーと発汗で濡れた髪を適当に掻き乱し、とりあえず寝室に戻ることにした。

 最高級ホテルの持ち主であり、インペリアルスイートを執務室兼住まいとしている男とは、しばらく会っていない。今は国外にいるそうだが、本人から連絡がない限りは聞かないし、実際はどこにいようと興味がない。

 一応、この部屋に出入りする許可は得ているし、専用カードキーは顔パスで受け取れる。だから月のほとんどを過ごしているものの、あの男に会いたいから来るのかと問われれば、はっきりと否定できるくらいには、好意などない。

 と、思う。

 濡れた髪をバスタオルで拭い、タオルは脱衣場に放って、浴室にほど近い主寝室のベッドに横たわる。この部屋だけは持ち主の要望で窓がなく、常に暗いからよく眠れる。体重を受け止めて支えるマットも、包まると滑らかで肌に馴染むシーツも、頭を載せると柔らかな反発がある枕も、どれも最初から違和感がなくて、すぐに眠りを誘った。

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