喰らふ-4

文字数 1,174文字

 フユトが顔色を失う。

「同情を引きたい卑怯者のお前に、どれだけお膳立てしてやればいい」

 瞳を覗き込むシギはいつも通りの真顔で、そこには何の色も見いだせない。

 

、と、腑に落ちた。互いに束縛して飼い殺している、と思っていたのはフユトだけで、シギはとっくに飽いていたのだ。生産性はない上に手間を掛けさせる面倒な男より、生産性があって従順で可愛げのある女と交際していたほうが、シギにとっては利点ばかりだから。

「……フユト、」

 シギの目がふと、驚きを孕んで見張られた。名を呼んで、優しく頬に触れ、拭おうとする手を叩き落として、

「まだるっこしいんだよ、お前は!」

 感情の赴くままに叫んだ。

「利用したいなら利用すればいい、そのつもりしかないって言えよ、期待させて振り回すなよ、お前なんかより俺の方が迷惑してんだよ!」

 シギの瞳が冷めきっていくのを感じながら、直視は出来ず、フユトは目を閉じる。

「利用価値がなくなったんなら、そう言って捨てろよ、お前には飽きたから消えろって言えよ、ただの子飼いが思い上がるなって、勝手に勘違いして図に乗るなって、」

 息が乱れていた。子ども時分から変わらず、こういうときに泣き虫な自分を呪いながら、

「言えよ!」

 フユトは吼えるように言った。

「──そうだな」

 解放された腕で泣き顔を隠すフユトに、シギがぽつりと零した。フユトの喚きに対しての肯定だろうが、感情を持たない呟きは空間を無意味に揺蕩い、

「失せろ」

 静かに立ち退くシギの動作と、続く言葉に着地する。

 違うのに、と、幼い子どもが言うのを、フユトは聞いた。幻聴だとわかっていた。

 違うのに、本当は確かめたいだけなのに。あの夜、一緒にいたのは誰だったのかと聞いて、仮初の嘘でいいから安心させて欲しかったのに、フユトはもう、薄っぺらい嘘なんかで満足できなかった。シギを簡単には手放せない。諦められない。

 薄汚い自分のことは棚に上げているのに。

 シギに背を向けた。少しの間、気持ちを落ち着けてから、部屋を出ていく。シギは止めなかったし、フユトも振り向かなかった。だってあれが、シギの本音だから。嘘も打算もない、真っさらな本音だから。

 何もかもを失った時、それまでの(しがらみ)や恐怖や不安から、人は吹っ切れてしまえたとして。絶対に失いたくない、唯一が残されたとき、もうこれ以上、何も奪われたくないと思うのは、間違っているだろうか。

 嘘を信じてしまうのも、嘘を嘘だと知ってしまうのも、嫌なのだ。疲れて倦んでしまったから、ささくれを剥くような鋭い痛みは、もう感じたくない。そこから逃げるのは間違いだろうか。どうせ傷つくなら、いっそのこと、喪失してしまった方が痛みは少ない。

 今夜も、霧雨が舞っていた。不思議と、あの夜ほど寒くはなかった。フユトはずっと凍えていた。体の芯から、ずっと、ずっと。
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