ラグナロク-3
文字数 1,227文字
深く項垂れた。
呼吸が落ち着くのを待って、シュントは口元に溢れた唾液を手で拭うと、膝立ちになって項垂れたままのフユトを振り向く。目元を覆う両手の意味に気づいても、先程を思えば素直に近づいていいものか、わからない。
「……泣いてるの?」
けれども、その痩せ細った肩がか細く震えているのを見て、シュントは小首を傾げる。
「わかってるよ、俺のためだって、わかってるけど、でも、こんなの、」
あの破壊衝動に呑まれたフユトはどこにも居らず、涙を堪えようとしながら叶わずにしゃくり上げる、いつもの弟がそこにいた。
くぐもる嗚咽に、姿勢の維持すら難しくなっているフユトの様子に、
「心配かけてごめんね」
その頭を優しく抱いて、シュントはそっと、背中を撫でた。
「……もう危ないことはしないから」
声を上げて泣く弟が、その体にしがみつくのを受け入れる。
この時、二人は、交わした約束が再び破られる未来も、双子の兄弟というだけの間柄でなくなる未来も、知らなかった。知らなかったから互いだけを信じ、純粋に思い合っていたし、進む道が決定的に違ってしまうなんて、夢にも思わなかった。
十四歳の夏が終わりに近づいていた。
場末のモーテルよりは清潔感のあるホテルの一室に篭って二日目、そういう場所ならではの風呂の明かりで、浴室は妖しく光っている。白から黄色へ、黄色から黄緑へ。目まぐるしく変わっていくカラフルなライトが眩しい。
「──ふふ、」
不意に足の間のシュントが笑って、フユトは瞬いた。
「急にどうしたの」
問いかけると、
「んーん」
シュントは濡れた髪から水を滴らせながら首を振る。
同じシチュエーションになった昨日と今日で、二人の関係は変わってしまった。何年か前の出来事のように、いつになく不安に駆られた弟は、あの頃のような暴力には訴えなかったものの、一線を超える選択をした。そしてシュントも、そんな弟を宥め、安心させてやりたいがために、その選択を受け入れた。
「急に笑うなよ……」
「心配してくれてる?」
一晩中と言わず、二人で吐き出せるだけ吐き出したあと、一緒に湯船に浸かっている。そんな状況が気恥ずかしくもあり、居心地良くもあり、シュントはとても充足した気分だった。だから不意に、そう言えばそんなこともあったと、また繰り返しているじゃないかと感慨に耽っていたのだが、フユトのほうは気が気ではないらしい。
「フユトとすることを悪く言うんじゃなくて、俺は仕事で慣れてるから、心配しなくていいんだよ」
弟よりは僅かに小柄な体が、その背を凭せかけて来るのを抱き止めて、けれど、フユトはそう思えず、その腕に力を込めてしまう。
「でも、俺とシュントは……」
「同じお腹の中で育っても、生まれたあとは他人だよ、俺とフユトで一人の人間なわけじゃないんだから」
背中から抱き竦められながら、シュントはフユトの両掌に自分の両手を重ね、
「今は俺とフユトしかいないんだし、気にしなくていいの」
指を絡めて繋いだ。
呼吸が落ち着くのを待って、シュントは口元に溢れた唾液を手で拭うと、膝立ちになって項垂れたままのフユトを振り向く。目元を覆う両手の意味に気づいても、先程を思えば素直に近づいていいものか、わからない。
「……泣いてるの?」
けれども、その痩せ細った肩がか細く震えているのを見て、シュントは小首を傾げる。
「わかってるよ、俺のためだって、わかってるけど、でも、こんなの、」
あの破壊衝動に呑まれたフユトはどこにも居らず、涙を堪えようとしながら叶わずにしゃくり上げる、いつもの弟がそこにいた。
くぐもる嗚咽に、姿勢の維持すら難しくなっているフユトの様子に、
「心配かけてごめんね」
その頭を優しく抱いて、シュントはそっと、背中を撫でた。
「……もう危ないことはしないから」
声を上げて泣く弟が、その体にしがみつくのを受け入れる。
この時、二人は、交わした約束が再び破られる未来も、双子の兄弟というだけの間柄でなくなる未来も、知らなかった。知らなかったから互いだけを信じ、純粋に思い合っていたし、進む道が決定的に違ってしまうなんて、夢にも思わなかった。
十四歳の夏が終わりに近づいていた。
場末のモーテルよりは清潔感のあるホテルの一室に篭って二日目、そういう場所ならではの風呂の明かりで、浴室は妖しく光っている。白から黄色へ、黄色から黄緑へ。目まぐるしく変わっていくカラフルなライトが眩しい。
「──ふふ、」
不意に足の間のシュントが笑って、フユトは瞬いた。
「急にどうしたの」
問いかけると、
「んーん」
シュントは濡れた髪から水を滴らせながら首を振る。
同じシチュエーションになった昨日と今日で、二人の関係は変わってしまった。何年か前の出来事のように、いつになく不安に駆られた弟は、あの頃のような暴力には訴えなかったものの、一線を超える選択をした。そしてシュントも、そんな弟を宥め、安心させてやりたいがために、その選択を受け入れた。
「急に笑うなよ……」
「心配してくれてる?」
一晩中と言わず、二人で吐き出せるだけ吐き出したあと、一緒に湯船に浸かっている。そんな状況が気恥ずかしくもあり、居心地良くもあり、シュントはとても充足した気分だった。だから不意に、そう言えばそんなこともあったと、また繰り返しているじゃないかと感慨に耽っていたのだが、フユトのほうは気が気ではないらしい。
「フユトとすることを悪く言うんじゃなくて、俺は仕事で慣れてるから、心配しなくていいんだよ」
弟よりは僅かに小柄な体が、その背を凭せかけて来るのを抱き止めて、けれど、フユトはそう思えず、その腕に力を込めてしまう。
「でも、俺とシュントは……」
「同じお腹の中で育っても、生まれたあとは他人だよ、俺とフユトで一人の人間なわけじゃないんだから」
背中から抱き竦められながら、シュントはフユトの両掌に自分の両手を重ね、
「今は俺とフユトしかいないんだし、気にしなくていいの」
指を絡めて繋いだ。
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