心臓を食む-3

文字数 1,046文字

 シュントが何を話したのか、聞いていたはずなのに、まるで覚えていなかった。フユトが自暴自棄になるタイプでないのは知っているが、この世界において縋れる唯一の存在だと刷り込んだ以上、出来れば鎖で繋いで、傍に置いておきたかった。

「──それで、」

 シュントはふとシギを振り向き、口を閉ざす。かつて陰湿な気配と底なしの虚無を湛えていた瞳が、意味ありげに、平屋から遠く見える海へと向けられていることに気づく。

 体温の通う手でシギの腕を掴み、弾みで振り向いたその唇に触れようとして、

「あとで手配させる」

 シギの冷たい手に阻まれた。

「……聞いてないくせに」

 ぼそりと、冷えた掌の中で呟くシュントに、

「双子も大変だな」

 シギは口角だけで嗤って、その手を下ろす。

「知ってるよ、エゴだってことくらいは」

 シュントはシギの腕から手を離し、

「……ただの嫉妬だってことくらいは、知ってる」

 罰が悪そうに言った。

 シギは最初からフユトに近づくつもりで、その兄に接触した。そうと悟られないよう、買うたびに壊さないよう気をつけたし、それでシュントが期待を抱くことになろうと、結果さえ手に入ればシギにはどうでも良かった。ほら、だから、非情だと言われる。手駒にも感情があり、期待し、好意を寄せ、報われないまま励み、そして全てを裏切られ、傷ついたとしても、そんなものはシギの眼中に最初からない。興味がない。

「慰めてやろうか」

 気のない言葉は幾らでも吐けた。言葉に感情を載せたことなど、こうなるまではなかったから、その意義や意味を考えたことなどない。言葉は音で、記号だ。相手を意のままに動かすためだけの(まじな)いでしかないから、それを紡ぐのに躊躇などいらない。

 俯いていたシュントが反射的に顔を上げ、シギの頬を殴ろうとする左手首を掴んで止める。ぎしり、と掌中で骨が軋む感覚を感じながら、凄まじい憎悪に燃える瞳を覗き込み、腰を抱き寄せ、最愛の男によく似た唇を塞いだ。

 出口のない澱の底で藻掻き、窒息してしまえばいい。そうなれば、こうして葛藤する苦しみなど忘れて、理想に耽溺していられるだろうに。

 激しく憎悪しながら、その相手の舌を噛み切るほどの実力行使には移らず、あまつさえ受け入れて流されてしまう哀れな生き物を薄目に見つめる。本気を出さずとも確実に暗器で仕留められる距離にいながら、それを選ばない愚かな生き物。これによく似た弟も、きっと、同じ場面で同じ選択をする。

 吸い上げた舌を解放してやると、絡んだ唾液の糸を引きながら離れたシュントは、

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