working.

文字数 1,148文字

 何事もなければ、朝は九時頃に起き出し、目覚ましの珈琲を濃いめに淹れる。それをブラックで飲みながら、端末に入った電信連絡を確認しつつ、外の天気を見て、これからのスケジューリングを考える。雨が降っていれば愛銃のメンテナンスなどの雑務をするのが日課だが、今日は薄曇りで暑すぎないようなので、トレーニングウェアにサウナスーツを着込み、両足首に五キロずつ、鉛の入ったウェイトをつけ、体調を見ながら最低十キロは走ると、昼には汗だくになる。

 同じルーティンを組む男をよく知っているが、あれの体力は底なしで化け物級──だと思っている──なので、足首につけるウェイトは片足十キロだし、ランニングも時間さえあれば三十キロはこなすから、なるほど、あの持久力がつくのだろうことは予測がつく。

 汗が乾く前にシャワーで一旦リセットして、携帯栄養食か軽食を胃に入れると、もう午後だ。この日は仕事でもプライベートでもない予定を入れていたので、少し早めにリゾートホテルを出た。

 呼び出しに応じて現れたのは、過日、ある一件で顔見知りになったばかりの、まだ駆け出しの同業者だった。甘い雰囲気の顔立ちが曇り、纏う空気も重い。

「あの……フユト、さん」

 シティホテル地下の訓練場、限られた人間しか出入りできないここは、防弾防音設備もしっかりした、言わば二人だけの密室である。男はおずおずとフユトに、

「これって……」

 縋るように尋ねた。

 これから訓練をする、とは聞いていたが、フユトは防具もつけない丸腰だし、何より腕を露出した軽装だ。これはもはや、過日の

への報復なのではないかと怖気る男の目の前で、フユトは両足を伸ばすストレッチを終えると、

「実戦式の訓練。お前、得物は?」

 人に名前を尋ねるのと同じ気軽さで言うので、男はますます震えが止まらない。

「護身用ならナイフですけど、」

「仕事では何使うの」

「まぁ、無難に小銃を……」

「何だ、同じか」

 フユトの気さくな問いかけに答えはするものの、気が気ではなかった。実戦式の訓練と言ったって、フユトの装備が皆無なので、本気でかかるつもりはないのかも知れないし、或いは今日、ここで、誰にも知られず葬られるのかも知れない。

「持ってきてるなら実弾使えよ」

 言いながら、身軽なフユトが、唯一持ってきていた荷物から、鈍色に光る拳銃一丁、バタフライナイフからサバイバルナイフに至るまでの大小様々な刃物を十本、刃渡りのある長ドス一本を取り出す。それらを適当に足元に広げていくから、男はその時点でついていけない。

「あ、あの」

「あ?」

 準備に勤しむフユトが怪訝に振り向いて、男は改めて尋ねる。

「訓練……ですよね、防刃とか防弾とか、着ないんスか」

 フユトは考えるように首を傾げて、

「実戦つったろ、そんなもんいるかよ」
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