working.-2

文字数 1,356文字

 あっけらかんとするフユトの様子に、呼び出しに応じてしまった男の脳裏は、後悔で染まっていた。

 たった一度、初めて入ったバーで喧嘩になった際、たまたま居合わせただけの同業者でしかないが、一方は組織管轄の雇われハウンドになって間がない新参で、一方は総帥の片腕として認知された上にたくさんの噂を持つ有名人なのだ。あれから偶然、互いの仕事中に再会して、例の一件もあったから連絡先を交換してしまったのが運の尽き、としか言いようがない。

「訓練だって仕事だって、つけるでしょう、普通は」

 多額の報酬が目当てで始めたこととはいえ、男も荒事が好きだからハウンドをやっている。殺しの依頼に躊躇いはなくとも、少しのミスで自分が窮地に陥るわけにはいかないので、彼の周囲の同業者は普段から準備に抜かりがない。

 軽装のフユトと、訓練という言葉の意味の乖離に違和感を覚えたが最後、どうやら常識からして違うらしく、思わず漏れた男の問いに、

「つけたらそのぶん遅くなるだろうが」

 フユトは聞かれる理由がわからないとばかり、何でもないことのように答えた。

「怖くないんですか、一歩間違えたら撃たれるし、刺されるのに」

「そんなん織り込み済みだろ」

 フユトは事も無げに言って、

()るから()られる、当たり前だろうが」

 手にしていたサバイバルナイフを、少し離れた位置へ放った。

 それは正論だし、供給過多に陥っているハウンドの同士討ちや闇討ちが横行している中、嫌でも覚悟は決まる。だが、男は絶対に壮絶な痛みの中で死にたくはなかったし、だからこそ延命できるならと策を講じるのだ。

「本気で来いよ」

 あの日、バーで見た殺気を纏いつつ、フユトが不遜に口角を上げる。防具や武器は一切持たない丸腰、持参した得物は全て無秩序に床へと放り出し、仕込みがなければフユトの手元には残っていない。

 男は唾を飲んで喉を鳴らす。確かに相手は総帥の片腕だし、薬や毒を盛らないと勝てないような実力者でもある。ただ、新参で格下だからとこうして侮っているなら、それはそれで腹が立つ。敵わなくとも一矢報いることさえ出来ればいいと、肚を決めた。

「……ナメんじゃねぇ!」

 構えもせず、棒立ちのフユトに踊りかかる。切れ長の目がすっ、と剣呑に細められ、

「殺しに来い」

 愉しげな声で挑発する。

 護身用の小振りなナイフで喉元を狙い、躊躇せずフユトの間合いに入る。懐に迫ったところで膝を撓め、体制を低くし、膝を伸ばす反動で頸動脈を下から上に薙ぎ払う。はずが、フユトの足に側頭を狙われ、後退を余儀なくされる。あの至近距離でまともに蹴られたら、良くて昏倒、下手をすると頚椎(くび)がへし折れるかも知れない。一撃で仕留めに来たフユトにぞっとしながら、体勢を立て直したものの、足元に転がるナイフを拾ったフユトが追撃に出る。

 そこからしばらくは防戦一方で、じりじりと体力が削れていく。どうにかフユトの利き腕を取って手首を返し、ナイフを捨てさせたのも束の間、自分が手にしていたナイフも捨てなければならず、得意の銃に手を伸ばす隙すら与えてもらえない。とにかくフユトが次の得物を拾わないよう妨害しなければ、そのことだけに集中するので精一杯だ。反撃の道筋が立たない。

 肉弾戦が続いて汗が滴る。額から流れるそれが一滴でも目に入れば、終わる。


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