Dope

文字数 1,075文字

 肺胞に満ちた酸素ごと貪るような深い口付けに、脳髄が痺れ、中心からドロドロに融けていく。角度と深さを変える咬合に、しがみつくことしか出来ない。腰から脊髄を駆け上がる壮絶な予感に瞼を震わせ、脳幹の深部で散った白い火花に恍惚の吐息が鼻から抜ける。

 ようやく解放された舌には、まだ、甘い余韻が残っていた。自然と浅くなっていた呼吸を取り戻すよう、息が乱れる。

 我知らず、蕩け始めた表情のフユトを間近で見つめて、額を寄せ合うシギの眼に灯るのは、獰猛な気配と捕食の意志だ。骨の髄まで余さず、胃袋に収めきる所存の、支配者の色。

「さっきからこればっかり……」

 シギの頑丈な肩を押し返すつもりも余力もなく、手を添えるだけのフユトは、視線を合わさないままで言った。このところ、シギとはいつも、キスだけで何回か追い詰められてから、行為が先に進むようになっている。

 深いキスは嫌いではなかった。恐らくは至近距離で薄目を開け、フユトの様子を具に観察しながら、攻め手の緩急を決めているシギの手管に、飽きるどころか染まっていく。フユトから求めずにはいられないよう仕込まれていることは、何となく勘づいているものの、獲物に抗う術はない。

「五回イけたらやめてやる」

 耳朶を食むシギが嘯いて、

「数えてられるか、馬鹿……」

 目元を赤く染め、フユトが掠れた声で抗議した。

「忘れずに数えてろ」

 理不尽な要求に背筋が震えた。最近は耳元の囁きにも弱くなった。

 甘く脳を掻き混ぜながら、神経を爛れさせる猛毒を射ち込む、シギの低い声にさえ溺れてしまう。厚みのある肩口に唇を押し付けて声を殺し、

「……むり……」

 生理的に潤む視界で駄々を捏ねれば、やわやわと首筋を甘噛みされるから、尖った犬歯の感触に背筋が慄いて震え、声が漏れる。

 どうしようもなく発熱しているのに、シギの腕はそこまで辿り着かない。壁とフユトを縫い止めて檻に閉じ込めるようにするだけで、触れたり撫でたりはしてくれない。口腔に溢れる唾液や滲む汗、そして恐らく体液と一緒に、溶けた理性も失われていく。だから恥も体裁も外聞も捨ておいて、強請るように腰を擦り寄せる。

 鎖で繋がれなくとも、檻に捕縛せずとも逃げ出しはしないのに、この男はそれでも厳重に、鍵付きの首輪を欲しがるのだ。その重い執着が、粘つく嫉妬が、フユトには心地いい。

「……悦い顔だな」

 浅く、速くなる呼吸と、火照り出す体温を持て余すフユトの頬に、シギが指を這わせるから、その手を取って指先を含む。口淫を思わせる仕草で舌を絡め、喉で刺激するように吸い上げると、余裕を失い始めた声で告げた。
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