崩壊する箱庭で-3

文字数 1,175文字

 朝には戻って来るね。そう言って出て行った兄が戻って来なかったことは、ただの一度もなかった。なかったけれど、それは単に運が良かっただけのことだと、フユトは知っている。

 廃墟群で生きる孤児たちのうち、半分以上は病気や事故、飢えで死に、一割は行方知れずになり、一割は大人になるまで生き延びる。それらを引いた残りの孤児たちは、ハイエナの餌食になるか殺されるかで死んでいることを、フユトはこの目で見ながら生きてきた。生きる上で必要な選択を一つ、それも、あと五分だけ寝るというような、些細な選択ですら間違うと、孤児たちを待ち受けているのは死なのだ。だから必死だったし、だから──。

 だから。

「……まだいたのか」

 シティホテルの一件と同様に、フユトが来ていることは連絡を受けたらしい。部屋に帰ってきたシギは驚いた様子もなく、単に感想として呟く。

「仕事を飛ばした件でも詫びに来たのか」

 情報屋の仕事以外では羽織っている上着を脱いで、両腕の墨彫りを露わにしたシギが、フユトの後ろを通って、窓際の執務机に向かいながら尋ねるのに、フユトはようやく抱えた膝から顔を上げ、

「──脱ける。」

 かさついた声で短く告げた。

「街も出るから、シュントの居場所だけ聞きに来た」

 そうしてシギを振り向いて、

「いろいろ、迷惑かけてごめん」

 素直に詫びた。

 シギの目を見ることは出来なかった。そこにどんな色が浮かぶのか、知ってしまうのが怖かったし、知る必要もないと思った。もう無関係の他人なのだから。

「許さない」

 フユトの言葉を半ば打ち消すように、シギが言った。その強い口調に驚いてシギを見れば、その顔に浮かぶ表情は、やはりなかった。ただ、獲物を狙う捕食者のような、獰猛な気配が瞳の奥にある。

「脱けるのも街を出るのも、許可しない」

 言い方は淡白だったが、言葉には強い圧があった。それまでしおらしかったフユトもさすがにカッとして、

「まだ利用価値のある駒だから、かよ」

 けれど、静かに尋ねた。

「お前に選択権はないからだ」

 シギの言葉も尤もだ。フユトはシギの手駒で、実力は折り紙つきの精鋭。そしてシギはフユトらハウンドやハイエナたちを束ねる組織の総帥で、全権限を握っている。それは、生殺与奪も含む、という意味で。

「だったら殺してでも止めてみろよ」

 フユトも剣呑な気配を纏って答える。衝動性の高さは組織のハウンド随一だけあって、総帥にも臆さない。

「……自分勝手なのはお前だろ……」

 小声で言って、踵を返し、部屋を出るドアへと向かう。

 こうなるだろうことはわかっていたし、軍隊が優秀な兵士を手放さないのと同様に、総帥自らが躾けて仕込んだ愛犬(ハウンド)を簡単に外へ出すことなど有り得ない。引き止めて欲しくて顔を合わせたわけではなかったし、シュントの居場所を聞きたいのも確かだが、やはり来なければ良かったと後悔する。
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